育児と介護を同時進行せざるを得ない、「ダブルケア」が今や社会問題となっています。ダブルケアの研究者は、このダブルケア問題は、近い将来大きな困難をもたらすと指摘します。

※本稿は、相馬直子,山下順子『ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。

自宅でソファで昼寝をする
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ダブルケアを困難にする社会構造

ダブルケアは、日本の社会構造の変化によって家族のあり方が変わり、同時に家族をとりまく環境も変わったことで表出してきました。それに加えて、人々を支えるための制度が想定する「家族」の姿と、実際の家族の姿にギャップがあることが、ダブルケアをより難しい問題にしています。そのギャップとはどのような点なのか、整理してみましょう。

まず、高齢化と晩婚・晩産化により、幼児の子育てをしながら親の介護をするという状況が特別なものではなくなりました。これは、1980年代までの日本では想定されにくかったことです。

次に、兄弟姉妹数が減り、親族ネットワークが縮小しています。おまけに個人主義が浸透し、隣近所の関係も希薄になりつつあります。核家族の増加も相まって、ちょっと子どもを見ていてもらったり、父母の世話を頼めるようなご近所さんや、親族との付き合いも少なくなりました。

労働環境の変化がもたらした「貧困」の連鎖

さらに、労働市場における非正規雇用が広がったことにより、家計を支える世代が、不安定な就業状況のなかで働きつづけなければならなくなりました。これは、ダブルケアラー自身が不安定な経済状態に置かれることを意味します。介護や子育てにはお金がかかりますから、なおのこと働かなければやっていけません。しかし、非正規の立場では勤務形態の融通がききにくく、子育てと介護の両立は非常に困難です。子育てや介護をしながら働くことが当たり前の社会でないために、ダブルケアによって仕事を減らしたり、辞めざるをえなかったりと、働く機会や時間を奪われている現実があります。これは、ダブルケア家庭の貧困にもつながっています。

育児離職、介護離職といわれるもので、ふたを開ければ「ダブルケア離職」とでもいうべき実態が、かなりあるのではないかと思われます。

中年の子どもを扶養しながら老親を介護する団塊世代も

労働市場の不安定化が、子育ての長期化を招き、それがダブルケアにつながっている側面もあります。どういうことかというと、働く世代の非正規化や失業によって、親の年金を頼りに暮らさざるをえない中年の娘・息子が増え、親の扶養期間、すなわち子育て期間が長期化するのです。

このような事情から、高齢の親の介護をしつつ、成人した娘・息子の暮らしを年金で支える、団塊世代ダブルケアラーも増えています。

このように、ダブルケアの問題は、人口学的変化(晩婚化や晩産化)、労働市場の変化(雇用の不安定化・非正規化)に、社会福祉制度が対応できていないために起こっているといえるのです。

誰が介護をするのかという「新しい」問題も

さらに、「誰が介護を担うべきか」という役割意識の変化も、ダブルケアにたずさわる方の精神的負担につながっています。なぜなら他の家族ではなく、なぜ自分が介護も育児もしているのかという気持ちが生じやすくなっているからです。1990年代までは「介護は嫁の役割」という意識が世間に強くありました。嫁が介護をして当然とされ、嫁である女性(とくに長男の嫁)も義理親の介護を自分の役割として受け入れ、介護をすることが多くありました。実際、1997年の調査で「寝たきり高齢者の主たる介護者」は、嫁がいちばん多く、4割弱を占めます(平成10年版厚生白書)。

ところが、20年後の2017年には、主たる介護者は、多い順から配偶者、子(娘、息子)、事業者(訪問ヘルパーや施設職員)、そして最後に嫁となっています(平成30年版厚生労働白書)。

このように、世帯構造の変化(独身世帯や高齢者世帯の増加と、3世代同居の減少)や介護保険法の施行によって、誰が介護をするかが自明ではなくなり、家族のメンバー間で交渉がおこなわれるようになりました。その結果、「姉がいるのになぜ自分が介護するのか」「同居している兄がせず、なぜ自分が遠距離で介護しているのか」など、葛藤を抱えることになったのです。

ケアのイメージ
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ダブルケアを支えられない日本の社会福祉制度の欠点

さて、社会構造と社会規範(社会の大多数に共有されている「~すべき」という考え)の変化を確認しましたが、現在の社会福祉制度が、時代の変化に対応していないのは、なぜでしょうか。

もともと日本の福祉制度は、男性稼ぎ主型の家族主義を念頭において設計されました。そこで前提とされている家族の形は、外で働き、収入を得る人(たいていは男性)と、家庭で家事、育児、介護といったケアを無償で提供する人(たいていは女性)の両方がいる家族です。

この家族では、家庭を守る人(たいていは女性)が家族に介護、育児を提供するのは「当たり前」で、何らかの事情(経済的困難など)によって、家族がそれをできないと判断された場合だけ、行政が「代わりに」サービスを提供するという考えが基本にあります。

この考え方の欠点は、外で稼いでくる人と、家庭でケアをする人が同一人物であることを想定していないことです。また、家庭でケアに専念できる人がいない場合も想定していません。したがって、働きに出ることと、家庭でケアをすることを両立させようとすると、困難が生じるのです。戦後、日本の社会福祉制度は、高齢者、障害者、児童と、対象別に発展してきました。それぞれの制度は、私たちの生活にとって欠かせないものとなっていますが、ダブルケアラーにとっては、高齢者福祉の窓口と児童福祉の窓口が別々なのは、非常に非効率で多くの時間と体力がいるなどの問題があります。

今必要とされているのは、育児と介護を同時にサポートするようなサービスであり、それを提供できる制度だといえます。

「2025年問題」「2050年問題」という恐るべき未来

このダブルケア問題がさらに進行すると、どんな未来が待っているのでしょうか。

相馬直子,山下順子『ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア』(ポプラ新書)
相馬直子,山下順子『ひとりでやらない 育児・介護のダブルケア』(ポプラ新書)

まず考えられるのは、「2025年ダブルケア問題」です。すでに70代を迎えた、いわゆる第一次ベビーブーマー(団塊世代)は、1947年から1949年(昭和22~24年)生まれの世代で、約270万人ずついます。この世代の介護を担うのが、第二次ベビーブーマー(団塊ジュニア世代)なわけです。団塊ジュニア世代が第1子を出産したときの母親の平均年齢は30歳前後であること、またこの世代で35歳以上の出産が増加したことを考えると、2025年に50代前半となる団塊ジュニア世代は、10代の子育てをしながら、団塊世代の親の介護を担う可能性があります。これが「2025年ダブルケア問題」です。

さらにその後は、「2050年ダブルケア問題」が控えています。団塊ジュニア世代は、1971年から1974年(昭和46~49年)生まれで、約210万人ずついます。結局、第三次ベビーブームは起こらず、出生率は1・5前後のままでした。団塊ジュニア世代が75歳以上の後期高齢期となるのが2050年前後だとすると、兄弟姉妹数がより少ない「未来世代」が、仕事や育児をしながら介護を担うことになります。これが「2050年ダブルケア問題」なのです。