コロナ禍で急速に普及が進んだように見えるリモートワークですが、すきあらば元に戻そうとする昭和体質の企業が多いのもまた事実。こうした企業に根強い「リモートワークは『ワケアリ社員』のための制度」という認識は、なぜ誤解と言えるのか、ニッセイ基礎研究所の天野馨南子さんが、調査データを基に解説します。
混雑した東京の駅(2012年10月)
写真=iStock.com/Anson_iStock
※写真はイメージです

日本の病院を視察したオランダ人医師の驚き

知人が経営する病院に数年前、オランダの医師が視察に来たそうです。その時、その医師らは、日本の病院で風邪の診察が非常に多いことに驚きの声をあげたといいます。

「オランダでは、医師は風邪の診察をしない。1週間静養することが治療だからだ。日本ではなぜ、こんなにたくさんの無駄な治療をするのか?」

これに対し、視察を受け入れた病院の経営陣は「日本の労働者は、そんなに長く会社を休むことができないからだ」と回答。オランダの医師はそれに納得するどころか、さらにあきれてこう言ったそうです。

「風邪は感染症だ。感染症の患者が、対処療法を受けて症状だけ抑え、完治もしないうちにうろうろ外出すれば、まわりの人たちが感染にさらされるリスクが高まる。風邪の労働者に1週間の静養をさせないのは、会社が社内の感染症を拡大させているのと同じことではないか」

この話を聞き、日本の労働環境のお粗末さに、恥ずかしい気持ちになったのを今も覚えています。

日本の企業は、「社員の健康は二の次」なのか

「多少体調が悪くても、頑張って出社すべし」というのは、コロナ前の日本では当たり前の企業文化でした。「感染症の拡大リスクを抑制することや、労働者の健康の回復を早めることよりも、とにかく会社に出社することの方が重要」という企業文化は、残念ながらいまだに存在しています。

私が新卒で就職した四半世紀前、友人の総合職女性が男性の所属長から「俺は女の総合職は嫌いだ」と配属早々の面談で言われた、と悲しんでいました。「どうしてですか?」という彼女の問いに対し、その所属長は「日曜日に38度の熱を出していても、『はってでも会社に出て来い!』って、女には言えないだろ?」と回答したそうです。

さすがに令和の現在、こんな所属長がいたら大問題に発展するでしょうが、四半世紀前の日本には、労働者の健康やプライベートを度外視した滅私奉公を「出世の条件」と考えるような風潮があったことは確かです。

アメリカやフランスの6割しか成果が出せない日本

しかし、それだけ会社にいる時間を重視する日本の働き方ですが、国際的に認められるほどの経済効果が出ているのかは疑問です。コロナ前からリモートワークが進んでおり、労働人口の5割がリモートワーク可能な仕事に就いていたアメリカや、行政がeWORK(EUにおけるリモートワークの意味)を推進しているEUに比べて、日本の時間当たり労働生産性はかなり劣っているのです(図表1)。

【図表】年間総労働時間と労働生産性の相関
出典:神ノ田昌博「労働時間と労働生産性」. 独立行政法人労働者健康安全機構「産業保健21」2018年10月 94号より

アメリカの労働時間当たりの名目GDPは68.3、フランスは67.6、日本は43.0ですので、時間当たりでみると、日本はアメリカの63%、フランスの64%の成果しかあげられていない計算になります。

このような状況を見ると、何が何でも会社に来ることを重視するよりも、労働時間を短くするための工夫をして、短時間で成果をあげる雇用管理に切り替えるべきではないか、と疑問が生じます。

「すべての社員のための制度」ではなかった

コロナ以前の日本企業では、オフィスに出社し、長時間勤務することが前提でした。都市部ではこれに、混雑した電車に乗る長い通勤も加わります。例えば東京都や神奈川県では、平均通勤時間が片道50分程度にもなります。

こうした出社前提、長時間前提の働き方のできない、子育てや介護で時間的制約がある労働者、高齢者や健康状態が良くない労働者などは、これまで、日本のスタンダードな労働状況にはなじまない、「事情のある労働者」扱いをされてきました。そしてリモートワーク(特に在宅勤務)は、こうした「ワケアリ」社員のための制度と位置づけられてきたのです。

ある大企業では、ダイバーシティ推進を目的に、人事部主導で在宅勤務の制度を整備しました。しかし、制度上は誰でも利用できるとしたにもかかわらず、利用者は育児や介護をしている社員、健康問題のある社員に集中していました。雇用者だけでなく利用者側のメンタリティとしても、事情がある社員のための在宅勤務のイメージが根強かったことがうかがえます。

「コロナで一気に10年分進んだ」リモートワーク

しかしこの半年間で、感染者数の多い東京都の企業などを中心に、一気にリモートワークの体制が推進・整備されました(図表2)。

出典:NIRA総合研究開発機構「第2回テレワークに関する就業者実態調査(速報)」2020年6月より
出典:NIRA総合研究開発機構「第2回テレワークに関する就業者実態調査(速報)」2020年6月より

この図表からは、もともとリモートワークが進んでいた情報サービス・通信情報業で大きく伸びたほか、ほかの業界でも導入が進んだことが見てとれます。

情報系産業に限らず、製造業などでも、リモートワークを進めてオフィスの席の数を従業員数以下に減らす企業が出てきています。また、損害保険各社はオンラインの利便性を活かし、新卒学生採用やインターンのオンラインリクルート強化に乗り出しています。リモートを“攻め”に活用する業界が出始めているのです。日本生産性本部の調査では、コロナ収束後においてもリモートワークを利用する意向の労働者が、この5月以降常に6割を超えているという状況です(図表3)。

【図表】コロナ禍収束後のテレワーク利用意向
出典:日本生産性本部「第3回働く人の意識に関する調査 調査結果レポート」より

緊急事態宣言が発令された2020年4月からすでに半年以上が経過していますが、11月以降再び感染者数が急増し、東京都の感染拡大警戒レベルが最大限に引き上げられるなど、予断を許さない状況はいまだ変わりません。

10月調査は11月以降のコロナ第3波直前の調査のため、7月よりも労働者の意識の緩みがやや反映された調査結果とはなっていますが、コロナ第3波の厳しい状況から考えて、コロナ収束後のリモートワーク利用意向の増加傾向や、企業のリモートワーク体制の強化傾向は今後も続くと思われます。

先日、参加者の半数がオンライン、残り半数が会場という講演会を行ったのですが、そこで、ある一部上場大企業の人事担当者の方が「日本のリモートワーク整備は、コロナで一気に10年分進んだと思います」と笑顔で話して下さいました。

誰のための制度なのか

一方、緊急事態宣言中はやむなくリモートワーク主体の労働体制に移行したものの、宣言が解除された後は、コロナ前の働き方に戻した企業も少なからずあるようです。そういった企業にとっては、リモートワークは相変わらず「“ワケアリ社員”向けの制度」であり、緊急事態宣言のような非常時限定の特別な制度なのでしょう。

しかし、今年(2020年)2月にニッセイ基礎研究所が実施した大規模調査の結果からは、「在宅勤務を“ワケアリ社員”だけのための制度とするには、あまりにももったいない」という分析結果が示されたので、紹介したいと思います。

この調査は、全国の18~64歳の男女被用者(一般的に言う「社員」)を対象としたWebアンケートです。回答期間は、日本でコロナ感染者が急増する前の2020年2月28日から3月25日の約1カ月で、回答数は5594件と、国が実施する大規模調査レベルのものになりました。また調査対象者も、全国11地区の性・年齢別の分布を2015年の国勢調査の分布に合わせて調整しています。回答者の性別や年齢の分布が、国民全体の分布に近くなるように設計したので、調査集団にバイアスがかかりにくくなっています。

ここでは、「幸福度」という比較的新しい尺度指標を用いて労働者を分析しています。こういった調査はまだ少なく、「人間の幸福感」を指標として労働・雇用を考えるための、貴重で非常に興味深い結果が示されました。

在宅勤務は「幸福度」が低い?

回答者の幸福度と片道通勤時間の関係を示したのが以下のグラフです(図表4)。幸福度は、回答者本人に「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点として選択してもらい測定しています。

片道通勤時間と幸福度
出典:岩﨑敬子「通勤時間と幸福度の関係―在宅勤務拡大で幸福度は高まるか?―」 ニッセイ基礎研究所2020年7月「基礎研レポート」より

このグラフでは、在宅勤務者と片道通勤時間90分以上の人が、他の通勤時間の人よりも幸福度が低いという傾向が示されています。(ただし、このグラフはY軸の下限を5.8で切っていますので、実際の幸福度の差はこのグラフの見た目ほどに大きくはなく、6点から7点の間にすべて収まっていることに注意してください)。

一見、在宅勤務の労働者のほうが、通勤している人よりも幸福度が低いように見えます。

しかし、在宅勤務をしている人について他の属性(特徴)を調べたところ、「通勤している労働者に比べて健康状態が悪い」という傾向があったのです。

この手の分析で大切なのは「みせかけの関係性ではないか」という視点をもつことです。単純に幸福度と通勤時間だけの2つの関係性を見て判断すると、「在宅勤務は不幸だ」という結論にたどり着いてしまいますが、「在宅勤務で幸福度が低い人は、在宅勤務のせいではなく、健康状態が悪いせいで幸福度が低いのではないか」という仮説が立ちました。

そこで、通勤時間と幸福度の両方に影響を及ぼす可能性がある「健康状態」「通勤手段」「年収」「性別」「年齢」「婚姻状況」の項目をコントロール(通勤時間と幸福度の関係に影響を及ぼさないように統計的に処理)したうえで、「線形回帰モデル」というモデルを使って幸福度と通勤時間の関係を分析しました(図表5)。

【図表】幸福度と通勤時間に影響する他の要因をコントロールした場合の関係
出典:岩﨑 敬子.「通勤時間と幸福度の関係―在宅勤務拡大で幸福度は高まるか?―」.㈱ニッセイ基礎研究所2020年7月「基礎研レポート」より

グラフでは、「在宅勤務」と、「片道の通勤時間が10分以内の人」の幸福度には「大きな違いがみられない」ことが示されています。そして「在宅勤務ではない人については、通勤時間が長くなるにつれて、幸福度が低くなる傾向がある」ことがわかりました。

つまり、「在宅勤務は(先ほどコントロールした)『健康状態』『通勤手段』『年収』『性別』『年齢』『婚姻状況』に関係なく労働者の幸福につながる、オールマイティにホワイトな制度」であるということをこの結果は示しています。

若者が「マイノリティ化」している日本

この分析結果は、日本のように、出社にこだわった、心にも体にも優しくない働き方を堅持することにどんな意味があるのかという疑問を私たちに突きつけます。

筆者は人口動態の専門家ですが、日本の人口は極端に高齢者が多く、若年層が「マイノリティ化」しているという危険な構造を示しています。

日本の乳幼児人口は、もはや団塊世代(70代前半人口)の約3分の1、団塊ジュニア世代(アラフィフ人口)の2分の1未満、というシビアな状況です。

社会保障費のかかる高齢者に比べて、社会保障費の財源となる労働人口が極端に少なくなっていく人口構造のため、現在中年以上の男女は、「老後は若い人に頑張って支えてもらいましょう」といえる状況には全くないのです。自分の老後は自分で守るしかありません。

長く健康に働ける環境を維持することは、国家的な課題だといえるでしょう。コロナはある意味、人口が消えゆく日本に、「最後の改革」を迫っているのかもしれません。