企業で活躍する女性は増えているのに、政界ではまだまだ男性が圧倒的多数派。日本にはなぜ女性政治家が少ないのか──。2020年10月に無所属新人としてつくば市議に当選した川久保皆実みなみさんと、政治におけるジェンダー研究の第一人者である申琪榮しんきよん教授が、女性の政治参画を阻む壁について考えます。
つくば市議会議員の川久保皆実さん
写真提供=本人
つくば市議会議員の川久保皆実さん

女性議員を選ぶとお得なワケ

【申】日本では、女性議員はまだまだ少ないのが現状です。しかし、海外でも国内でも、女性議員は市民の声を聞いて課題を解決する「ケースワーク」が得意かつ好きであるという調査結果が出ているんです。つまり、地域を変えたいと思っている市民にとっては、女性議員を選んだほうが得ということですよね。

【川久保】確かに、私もケースワークは大好きです。これまで弁護士や経営者として働くなかで、さまざまな問題を自分の発想力や人脈をフルに使って解決していくことに仕事の醍醐味を感じてきました。その醍醐味を、今度は市議として経験できるのが楽しみで仕方がありません。

【申】以前、地方議員の女性たちにアンケートをとったところ、皆「仕事にやりがいを感じている」という項目の点数が圧倒的に高くて驚きました。どんなに大変でも、議員の仕事が好きだしやりがいも大きいとはっきり答えているんです。

女性候補者の足を引っ張る「票ハラ」問題

【申】ただ、議員になってからはやりがいを持って活動できている方も、立候補から当選するまでの過程ではさまざまなハードルがあったようで……。例えば、立候補を表明すると「選挙の勝ち方を教えてやる」というおじさんたちが寄ってきて、それが苦痛だったという話もよく聞きます。

お茶の水女子大学の申琪榮教授
お茶の水女子大学の申琪榮教授

【川久保】ありがちな話ですよね(笑)。私は立候補を決めた時から、自分の選挙運動の手綱を他人に握らせてはいけないと強く思っていました。なので、(A)仕事と育児を犠牲にしない(B)他人のお金に頼らない(C)既存のやり方にとらわれない、という3つの方針を活動当初に宣言し、周囲の方から「そのやり方では当選できないのでは」と言われても、一貫して方針を曲げませんでした。

私は、従来型の選挙運動とは違う「一般の人にもできるやり方」をしたかったので、そこだけは曲げないぞと。ここを曲げるぐらいなら落選してもいいと思っていました。

【申】とはいえ、子育て支援制度を改善するという志を持って立候補されたのですから、それを果たすためには是が非でも当選する必要がありますよね。「票を持っている有力者に紹介するよ」と言われたら、やっぱり悩みませんか?

選挙活動(ゴミ拾い)中の川久保さん
選挙活動(ゴミ拾い)中の川久保さん(写真提供=本人)

【川久保】支援者の中には、地域の有力者に私を紹介してくださる方もいらっしゃいました。その中には素晴らしい出会いもあり、ありがたい支援ではあったのですが、私のスタンスからするとちょっと違う気がして。それよりも、実際に地域で子育て支援を頑張っている方に、自分からアポをとって話を聞きに行くほうが私のスタンスに合っていると思ったので、そうお伝えして途中から紹介をお断りしていました。

【申】当初の意思を貫いたのですね。最近は立候補者に対する「票ハラ(票の力を盾にとったハラスメント)」が問題になっています。これは特に女性候補者に対して顕著で、政策の話だと思って会ったら性的な話をされたり、アドバイスを聞かないと生意気だと攻撃されたりすることも。

最初は応援したいという気持ちからでも、途中で境界線を越えてしまう有権者もいるようなんです。私は、これは女性の政治参画の壁にもなっていると思っています。

家庭の家事・育児負担が大きな壁に

【川久保】その通りだと思います。私はそうした経験はしませんでしたが、女性のほうがいろいろ言われやすいという話は聞きますね。壁という点ではもうひとつ、女性の家事育児負担が大きいのも問題だと思います。私は夫と完全に5分5分で分担していますが、それでも選挙までの間はかなり大変でした。

でも一般的には、「家事育児は妻がするもの」という家庭も多いですよね。そんな中でパートナーがどこまで協力してくれるのか。このサポートが得られる女性が少ないことが、まずもって女性政治家が増えない理由ではないかと思います。

選挙期間中、子どもたちと公園を散歩しながらのゴミ拾い
選挙期間中、子どもたちと公園を散歩しながらのゴミ拾い(写真提供=本人)

【申】IPU(列国議会同盟)が実施した議員へのアンケート調査では、女性の立候補のハードルが高い要因として主に4つが挙げられていて、これが実は世界共通なんです。家族の反対、性別役割分業、ジェンダーステレオタイプ(男性・女性に対して社会が持つ先入観)、そして自分に自信がないこと。

一方、男性はハードルとして費用や政党の支援の有無などを挙げていて、女性とはまったく違うんですね。特に日本では性別役割分業の壁が高く、女性が家事育児に割く時間は男性の7倍以上。これでは選挙に出られないのも当然です。

【川久保】選挙までの間、夫がいつもより多めに家事を負担してくれていたのですが、選挙後に夫から“苦情”が入り、今では5分5分の分担に戻りました。

夫には負担をかけてしまい本当に申し訳なく思うと同時に、「もし自分が男だったら、そもそも家事育児の負担をほとんどせずに活動できた可能性が高いよな」とも感じました。

今の日本の社会通念上、女性であれば家事育児を少なくとも半分以上は負担するのが当たり前とされています。一方男性は、半分以下の負担が当たり前で、半分まで負担すれば「理解がある」などと褒められます。性別は自分で選べないのに、おかしいですよね。

息子が将来、パートナーを困らせないように

【申】性別役割分業問題のとらえ方には、「だから女性は政治家になれない」と、「だから女性が政治家になろう」の両面があると思います。この問題は、「なれない」とあきらめるよりも、「なろう」と考える人が増えたほうが解決に向かいますよね。女性の国会議員は独身が多いのですが、地方議員は夫が協力してくれたから選挙運動ができたという、川久保さんと同じケースが多いんです。

自宅で仕事中の川久保さん
自宅で仕事中の川久保さん(写真提供=本人)

ですから、女性政治家が増えるとしたら、おそらく地方政治から。こうしたロールモデルが地方からどんどん増えていけば、性別役割分業への圧力もいずれなくなるのではないでしょうか。

【川久保】難しいのは、個々人がそこへ向かうために夫にどう意識づけをするかという点ですね。うちの夫婦の場合、夫は「男は仕事、女は家庭」、私は「男も家事育児をやって当たり前」の家庭で育ちましたから、家事育児負担については結婚前に私からはっきりと半々を求めたんです。幸い、夫は私の能力をいちばん認めてくれる人だったので、それを受け入れて仕事も選挙も応援してくれました。

あとは、2人の息子が将来パートナーを困らせないように、私たち夫婦の姿をロールモデルとして見せつけておかなくちゃ(笑)。男性は、女性が何も言わないと全部やってもらおうとしがちですから、女性のほうもそれを変えていく意識を持って、お互いの能力を高め合える関係を築けたらいいなと思います。

議会が市議活動のすべてはない

【申】すばらしいお話ですね。さて、今後、市議としてはどう活動していこうと考えていますか? 女性の場合、選挙運動の間は意思を貫けても、いざ任期が始まると、先輩議員にあれこれ言われて思うように動けなくなる人も多いと聞きます。

【川久保】新米の立場で偉そうなことは言えないのですが、私としては、議会は「いくつかある市議活動の場のうちの一つ」と思っています。そこでうまく動けないからと言って、市議活動ができないわけじゃない。もっと視点を広く持って、市民の皆さんを巻き込んで楽しく活動できたらいいですね。

【申】川久保さんは選挙運動から新しいやり方を示してくれたので、市議としてもきっと新しいモデルをつくってくれると思います。ただ地方議員は、1期目は新しいチャレンジを応援してくれる人も多いけれど、2期目の当選はぐっと難しくなると言われています。2期目に向けての目標や戦略はありますか?

【川久保】2期目のことまで考えると思い切った挑戦ができなくなりますし、政治家でい続けることにもこだわっていないので、2期目以降については本当に未定です。今はただ、自分が掲げた政策を4年の任期でいかに実現させるかということだけを考えています。

【申】お話を聞いて、新しい政治への希望が湧いてきました。川久保さんの言葉は、政治が私たちの生活に寄り添い始めていると感じさせてくれました。本当の政治とはそうあるべきだと思います。この新しいチャレンジを議会でもぜひ続けて、世の女性に勇気を与えてくれることを期待しています。