在宅勤務を継続的に行っている人は、自宅ワークスペースの光熱費やOA機器の費用負担に加え、仕事場の掃除など、成果を上げる状態を維持するための負担の大きさを痛感しているかもしれない。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは、「法的には、自宅ワークスペースはオフィスと一体であり、清掃は本来、会社の業務にあたる」と指摘する——。
デスクトップを拭き掃除する手元
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オフィス削減、定期代支給停止の動き

新型コロナウイルス感染拡大により緊急避難的に始まったテレワークを、今も多くの企業が継続中だ。多くの大企業は週2~3日のテレワークが一般的であり、IT企業やネット企業の中には原則在宅勤務を打ち出しているところもある。

テレワークを軸とする働き方が浸透するなかで既存オフィスの縮小を図る動きも出始めている。もともとアメリカではテレワークのメリットとしてオフィスコストの削減や車で通勤する際の駐車場コストの削減が言われていた。たとえば都心の3フロアの事務所を1フロアにすれば大幅なコスト削減になる。それと並行して通勤定期代の支給を廃止し、出勤日ごとの実費精算に切り替える動きもある。

もちろん社員も通勤から解放され、自由に使える時間が増えるというメリットもあり、テレワーク勤務を望む社員は多い。

在宅勤務の精神的負担は女性に重くのしかかる

一方で、テレワークが社員にとって必ずしもメリットだけとは限らない。小さい子どもを抱える世代にとってはWeb会議中に子どもがまとわりついて会議に集中できないという声も聞く。実際に新卒採用のWeb面接を行う人事部の女性の中には、子どもがいる自宅では難しいので出社した人もいた。大阪府の「新型コロナウイルス禍が女性に及ぼす影響について」の調査(9月14日)によると、緊急事態宣言中に「家事の負担が増えた」と回答した女性が45.1%。「配偶者(パートナー)と子ども(末子が小学生以下)の世帯」で、女性の70.0%が「家事の負担が増えた」と回答し、男性の40.0%を大きく上回っている。

よく考えてみると、勤務場所がオフィスから自宅に移っても仕事の中身は変わらない。逆に執務環境が整備されているオフィスと違い、自宅にワークスペースや作業用の机・椅子もなければ、必要な情報通信機器が不足している人も少なくない。加えて家族が同居しているとなると、決して快適な執務環境とはいえない。

2割の人が在宅勤務のためのOA機器を購入

経済的負担も小さくない。在宅勤務が長期化すれば、自宅での通信費や光熱費などの出費が発生する。もちろんランニングコストだけではなく、在宅勤務に必要なパソコンや機材などのイニシャルコストもかかる。損害保険ジャパンの「働き方に関する意識調査」(5月1日~2日)によると、在宅勤務にあたり約2割がOA機器などの物品を購入し、購入金額の平均は6万7550円。また、楽天インサイトの「在宅勤務に関する調査」(4月10日~12日)では在宅勤務で困ったこととして「光熱費や通信費がかさむ」と答えた人が24.5%、女性は37.4%に上る。

在宅勤務する女性
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こうした負担の代償として新たに「在宅勤務手当」を支給する企業が報道されているが、それがニュースになるほどだから実態として多いとはいえない。

在宅ワークに関わる経済的負担や職住が一緒になることによる家事などの負担を減らす方法はないのだろうか。

自宅の仕事場はオフィスと一体とみなされる

じつは法律的には雇用労働者であり、かつ会社が自宅を作業場所に指定していれば、オフィスと一体と見なされ、必要な措置を取ることが義務づけられている。労働者の賃金など権利を守る労働基準法(労基法)や健康と安全を守る労働安全衛生法は在宅勤務であっても使用者は遵守しなければならない。よく知られる所定労働時間と残業管理は在宅であっても行う必要があり、残業すれば当然残業代を支払う必要がある。

また、在宅での作業環境については法律に基づき、厚生労働省の「通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(テレワークガイドライン、2018年2月)で具体的に示している。たとえば部屋については「設備の占める容積を除き、10m2以上の空間」、照明は「机上は照度300ルクス以上とする」、椅子は「安定していて、簡単に移動できる。座面の高さを調整できる。肘掛けがある」といった細かい指針を例示している。

在宅ワークに伴う経済的負担をどこまで会社に請求できるか

ではこうした環境の整備や前述した在宅ワークに伴う情報機器の購入や光熱費などの負担はどうなるのか。

労基法では労働者に情報通信機器、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合は、就業規則に規定する必要がある(89条第5号)と定めている。つまり、在宅ワークの経済的負担について使用者と労働者(労働組合など)が協議して決める必要があること、そうした規定がないままに社員に負担を強いることは労基法上許されないということだ。

ところが実態としては、こうした規定を含む「テレワーク規定」がない企業も多く、規定があっても経済的負担をどうするかについての協議もなければ、就業規則に盛り込んでいない企業もある。ある大手企業の人事部長は、この問題について筆者が指摘すると、「労基法の規定はある程度認識していたが、そこまでの余裕はなかった。遅ればせながら労働組合と今後協議していく予定」と言うにとどまる。

社員としては、在宅ワークに伴う費用は当然、会社が負担すべきと堂々と主張するべきだろう。ましてや通勤定期代の支給も廃止され、オフィススペースの削減による机・椅子を撤去する以上、在宅ワークのコスト負担の全額を会社に要求してもおかしくないはずだ。

勤務時間中に自宅ワークスペースを掃除してもいいのか

また、在宅ワーク中の家事などの負担を軽減することはできないのだろうか。家事で大変な作業の1つが掃除である。できれば勤務時間中に自宅のワークスペースの掃除をしたいが、それは許されるのかもちろん直接の指示・命令者である直属上司に「掃除をしたいのですが、いいですか」と聞けば、OKしてくれるかもしれない。あるいは上司の中には「そんなことは勤務時間以外にやれ!」と言う人もいるだろう。

では許可されなければ勤務時間中に掃除はできないのか。じつはそんなことはない。前出の厚労省のテレワークガイドラインには「テレワークを行う作業場が、自宅等の事業者が業務のために提供している作業場以外である場合には、事務所衛生基準規則(昭和47年労働省令第43号)、労働安全衛生規則及び『情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン』の衛生基準と同等の作業環境となるよう、テレワークを行う労働者に助言等を行うことが望ましい」と記載している。

つまりここに記載した規則などを守ることは当然であり、さらに使用者がそのことを社員に伝えるようにと指導しているのだ。

大掃除は6カ月に1回行うのが会社の業務

そしてここに出てくる「事務所衛生基準規則」の第15条に「清掃等の実施」を設け、事業者が行う措置を義務づけている。その第一項で「日常行う清掃のほか、大掃除を、6月以内ごとに1回、定期に統一的に行うこと」と明記している。

通常のオフィスでは使用者が外部の清掃業者に委託して清掃をしてもらうのが一般的だが、在宅では社員自身がやることになる。しかもその掃除は本来会社がやるべきことであるが、規則の趣旨からすれば、社員が会社業務を代行するという理屈になる。

つまり、勤務時間中に自宅ワークスペースの掃除をすることは当然許されることになる。しかし、このことを上司はもちろん、知らない企業も多いだろう。

もし上司に「掃除なんか、勤務時間外にやれ!」と言われたら、「法律では掃除は会社のやるべきこととなっていますよ。何だったら、業者を呼んで清掃してもらい、その代金を会社に請求するように言いますが、それでもよいですか」と言っても何も問題はないのである。

在宅ワークでの負担を減らすための法律やルールは一定程度整備されている。これを使って快適な仕事の環境を維持するためにも積極的に上司や会社に要求するべきだろう。