日本人女性が辞める理由は「育児」よりも「仕事への不満」
日本株ストラテジストの私が「働く女性が増えれば、経済にもプラスになる」という「ウーマノミクス」のリポートを書いたのは1999年。2013年に安倍晋三前首相の経済政策「アベノミクス」の成長戦略のひとつである女性活躍の裏付けに「ウーマノミクス」が使われたことで、いろいろな企業のトップから話を聞かせてほしいという依頼が増えました。
ここ数年でジェンダーや多様性の重要さは浸透してきたものの、実際に企業のトップと話してみると、相変わらず「女性は使いにくい」「せっかく『幹部候補に』と育てて昇進させても辞めてしまう」といった悩みが聞かれます。
しかし、アメリカの非営利シンクタンク、センター・フォー・ワーク・ライフ・ポリシー(CWCP)が行った、日本人女性とアメリカ人女性を対象にした調査によると、仕事を辞めたアメリカ人女性の74%が育児を理由に挙げていたのに対して、日本人女性の場合は育児を理由に挙げたのは32%と半分以下。一方、仕事に不満を感じて退職したアメリカ人女性は26%なのに対し、日本人女性は63%だったのです。
子育てインフラ整備“だけ”では、女性リーダーは増えない
日本人女性が仕事を辞める理由は、育児よりも、仕事への不満のほうが多かったのです。
だとすれば、保育園などの子育てインフラが整備されるだけでは、女性の退職は減らないでしょう。政府の介入しにくい、職場の課題の方が大きい。もちろん、子育てインフラの問題や、家庭内での役割分担、ステレオタイプなどの問題はまだまだ大きいですが、企業が女性にやりがいを持って働いてもらえるようにならないと、女性のリーダーは増えません。
男性と同じやり方ではダメ
私はアメリカやアジアを中心に、世界中の企業で多くの女性社員を見てきましたが、仕事の能力については男女差よりも、圧倒的に個人差が大きいと感じています。
しかし、女性社員にやりがいを持って長く働いてもらおうとするときには、男性社員と同じやり方をしているだけではうまくいかないことが多いように感じます。昇進に対する意欲、評価に対する受け止め方、自己PRの仕方などで、女性は男性とは異なる傾向があるからです。そしてそのやり方には、ちょっとしたコツがあるのです。
私自身がやってきたことや、ゴールドマン・サックスがやってきたことの中から、参考になりそうなものをいくつかご紹介しましょう。
コツ① 男性よりも少し多めに励ます
「とても優秀な女性に昇進の打診をしても、本人が断ってくる」と嘆く経営者や管理職の人がよくいます。これは、決して女性にやる気がないわけではありません。能力はあるのに遠慮してしまう。日本だけでなく、海外でもよくみられる傾向です。こうした場合、私は必ず「一度打診して断られただけであきらめたんですか?」と聞くのですが、するとだいたい「そうです」と言われます。
こういう場合の私の提案は、もう一度打診してみることです。そして2回目の打診では、その人の直接の上司ではなく、そのまた上の上司から話してもらうことをお勧めします。その際には、「あなたをこのポストに推薦している理由は、こんなふうにたくさんあります。絶対大丈夫だと思ったからこそ推薦したんです。必ず私たちもサポートするから、もう一度考えてみたらどうですか」と話してもらいます。
これを読んでいる女性読者の中にも、心当たりがあるという人は多いのではないでしょうか。自分を過小評価してしまったり、遠慮してしまったり。あと一歩がなかなか踏み出せない。女性は男性よりも、少しだけ多めに励まし、背中を押してあげる必要があるのです。
コツ② 能力の高い女性にはライフイベント前にタフな仕事を
ハイポテンシャルな女性には、結婚や出産、介護など、重要なライフイベントの前に、なるべくタフな仕事、つまり「チャレンジングだが、十分なサポートさえあればできる」というレベルの仕事を与えることをお勧めしています。
結婚や出産、子育て、介護などのライフイベントが起きたときに、女性が仕事を辞めずに続けられるかどうか、大きな力になるのは、仕事に対するモチベーションの高さです。仕事がおもしろくなかったり、自分は会社に必要とされていないと思うと、プライベートで変化があったとき、「無理に仕事を続ける必要はない」「家族の方を大事にすべきかも」と考えてしまう可能性があります。
仕事を続けるかどうか迷ったときに「やっぱり仕事を続けたい」と思えるモチベーションを持つには、「自分は周りから期待されている」「ここで仕事をしていれば成長できる」「私にしかできない仕事がある」と思えなければいけません。だからこそ、特に能力の高い女性には、あえてタフな仕事を任せるべきだと思うのです。
時々、「女性に優しい企業」といった言葉を聞きますが、この言い方は誤解を招くので良くないように思います。「女性が働きやすい」と言いたいのだろうと思いますが、女性に優しくし過ぎるのは良くありません。例えば、子どもがいる女性に対して「子育てで大変だろうから、大変なプロジェクトを任せるのはやめてあげよう」といった、間違った配慮。これは本当の優しさではありません。女性を、挑戦の機会から遠ざけてしまうことになるからです。
女性の側は、自分が必要とされているという実感が得られませんし、仕事におもしろさややりがいも感じられなくなってしまう。それに、男性社員と同等のレベルのタフな仕事、タフな挑戦、タフな評価をしていかないと、管理職にふさわしい女性社員もなかなか生まれません。
コツ③ 「スポンサー制度」を導入する
最近は多くの企業で、メンター制度を取り入れていると思いますが、ポテンシャルの高い、幹部候補となる女性にはそれを一歩進めて、「スポンサー制度」を採り入れてはどうでしょうか。
当社の場合、女性社員1人に対してスポンサーとして、その女性の所属部署ではないところにいる幹部クラスの社員が2人つきます。スポンサーになった人は、女性の上司から、本人の強みや成果、どんな改善余地があるかをヒアリングし、本人ともしっかり話をしてキャリアについてアドバイスします。例えばもし、彼女の能力が高く、成果も上げているけれど、担当している仕事の範囲が狭すぎるのであれば、「もう少し大きな仕事を担当してみては」「違うオフィスへの転勤を考えてみては」などと提案します。
スポンサーのもう一つの重要な役割は、その女性社員の成果や能力を宣伝して、自分の人脈を使って昇進のバックアップすることです。メンターが、女性社員を励まして主体的に行動を促す後方支援的な存在なのに対して、スポンサーは、より高みから女性社員を引き上げる存在と言えるでしょう。
男性の場合は、喫煙所や飲み会などで、若いうちからスポンサーの役割を担ってくれるような幹部と知り合う機会が多いのですが、女性はこうした機会が少ないものです。また、先ほども述べた通り、女性の場合はいくら優秀であっても、自分の業績や能力をPRするのが苦手な人が多い。そこを補完するのがスポンサー制度です。
スポンサーがついたからといって、その女性が昇進する保証は全くありません。ただ、スポンサーがついた女性は、「私は会社から必要とされている。会社は評価してくれている。私のためにこんなに時間を割いてくれた人がいる。頑張らなくては」と感じるようになります。先ほど、「女性は多めに励まして」と言いましたが、理由は同じです。こうして、“抱きしめられた”経験があれば、彼女が会社を辞めずに活躍し続ける可能性は高くなるでしょう。
コツ④ 女性のネットワークづくりを支援する
会社が、女性のネットワークづくりを支援することも大切です。
当社では、幹部候補となる女性を対象としたスポンサー制度よりももっと若い、20代後半から30代前半くらいの女性社員を対象とした、「ウーマンズ・キャリア・ストラテジーズ・イニシアチブ」というプログラムを設けています。一般の企業でいう課長職手前くらいの女性に向けた、リーダーシップやネットワーキング、プレゼンテーションスキルなどを学ぶトレーニングプログラムです。
これは単に、キャリアアップに必要なスキルを身に付けてもらうためだけのものではありません。日本だけでなく、インドやシンガポール、中国などアジア太平洋全般にわたって、さまざまな国や地域の人と一緒に受講するのですが、同じ会社で頑張る同世代の女性のネットワークづくりも目的の一つです。視野が広がり、励みにもなりますし、将来に向けて長く大きな財産になります。特に、女性の少ない業界・業種で働く女性にとっては、こうしたネットワークの有無が、働き続けるうえでの大きな支えになります。実際、ゴールドマン・サックスではこのプログラムを始めてから、女性社員の離職率が低下しました。
自分で自分の背中を押して
自分を過小評価してしまう、業績などをPRするのが苦手、などの傾向は、心当たりがあるという人も多いのではないかと思います。だとすれば、みなさんにとって、自分がやりがいを持って働き続けるには何が必要でしょうか。もし、「自分は会社から評価されていないのでは」「必要とされていないのでは」と考えることがあれば、実はそうではないことを知ってほしいと思います。社内に女性のネットワークがなければ、自分で作ってみるのも良いでしょう。そして、昇進の打診があれば、ぜひ自分で自分の背中を押して、チャレンジしてみてください。
ここでご紹介したコツが、今の職場について「何となく働きにくい」と思っている方、子育てや介護などに直面して仕事を続けるか心が揺れている方にとって、今の職場に何が足りないのか、どうしたら改善し、働き続けたいと思えるようになるのかを、見つけるヒントになればうれしいです。そしてもちろん、女性の部下の育成に悩んでいる人にも、参考にしてほしいと思います。