議員はやっぱり「紙が欲しい」
480人の霞が関官僚を対象にワーク・ライフバランス社が実施した「コロナ禍における政府・省庁の働き方に関する実態調査」は、大きな話題になっていましたね。私も拝見しましたが、その内容には、「これほどだったとは」と半ばあきれ、驚いたところがたくさんありました。
特に、省庁と国会議員のやりとりの89%がファクスだったというのは衝撃でした。私も、大臣や国会議員がファクスを多用することは知っていましたが、これほどまでとは思いませんでした。
議員はやはり、「紙が欲しい」のでしょうね。紙で受け取って、紙で読む。記録も紙で残す。メールで残ると困るやりとりもたくさんあるのでしょう。紙であれば、シュレッダーにかけてしまえば情報そのものがなくなってしまうので、安心感があるのかもしれません。だとすると、あえてファクスを廃止しようという動機は生まれません。デジタルが苦手な年配議員が多いせいでもあるでしょうが、こうした紙情報に対する変な安心感があることも、ペーパーレス化が進まない理由の一つでしょう。
「永田町の常識」がズレていても気にならない
日本の国会議員は、「ずっと国会議員」という人が多いですから、他の世界のことは気にしていないと思います。長く続く、事実上の自民党一党独裁の中で、慣行を見直すきっかけはあまりありません。政党間の激しい競争や政権交代が頻繁にあれば、見直しのきっかけになるかもしれませんが、今の選挙制度は圧倒的に現職に有利なので、残念ながらなかなか変わりません。独占企業のようになってしまい、「永田町の常識」が外の世界とズレていても気にならないというわけです。
コロナ禍で、自民党の若手議員が「オンラインに一部移行しよう」「投票をオンライン化しよう」といった提言をしましたが、結局まったく変わりませんでした。アンケートの自由記述欄にも、「一部の若手議員で積極的にオンラインのレクや会議(党の会議であっても)を推進する議員もおり、少し変化を感じた。ただ、(緊急事態)宣言解除後はそういったレクや会議もほぼ対面に戻ってしまったのは残念」(文部科学省20代)、「これまで対面しかなかった議員からオンラインレク、電話レクの依頼になったことも数件あったが、全く定着せず、5月頃からは完全に普段通りに戻った」(厚生労働省30代)といったコメントがありました。わずかに変化の兆しが見えた瞬間もあったようですが、あっという間に元に戻ってしまったのは大変残念です。
議員にとって、呼びつけるのは権力を誇示するチャンス
「(コロナ禍の)議員とのやりとりで、官僚の働き方の質を高めるための配慮を感じる変化が起きたか」という問いには、9割以上が「ない」と回答しています。それどころか、「不要不急のレクの設定」「地元支援者への特例措置を求める」「緊急事態宣言中に党の会議で役所(官僚)を呼びつける」「電話ですむ内容のために呼びつける」「数時間待たせる」など、目を疑うようなエピソードがたくさん挙がっています。
国会議員が一番プライドをかけているのは、地元の有力者に対して「必要な情報をいつでも取ることができる」と証明することです。官僚に質問し、「必要な情報を取ってこい」と命じる。それが権力の一つなのです。そして、官僚に、情報が書かれた紙を直接持ってこさせることは、権力を誇示するチャンスなんです。
官僚は官僚で、自分たちが進めたい政策は、議員の協力がなければ国会で通らないので、常日頃から議員との関係を良好に保とうとします。ですから、議員の機嫌を損ねないよう、求められた情報を与える。その代わりに、官僚側が進めたい政策を議員が文句なく通してくれる。この共生関係が大きなネックになっています。
「対面で会うこと」は政治家のアイデンティティに直結
しかも、議員の世界は「対面業界」と言っていいくらい、対面で会うことの価値が高い。有権者との接触をどれだけ増やすか、何回握手するかが票に直結する世界ですから。議員は、永田町で仕事をする時間を除けば、なるべく地元を回って地元の人たちのところに顔を出します。対面で会うことが、議員としてのアイデンティティにつながっているんです。
一方、オンラインの画面で行う打ち合わせは、全員の顔が画面に同じサイズで映りますから、序列がありません。対面であること、序列や力関係を示すことがアイデンティティになっている国会議員が、オンラインの関係を嫌がることは察しがつきます。オンラインの文化は、容易に受け入れられないでしょうね。
必要なのは、若手が自由に意見を言える文化
国会議員は非常に序列がはっきりした世界で、3選くらいされないとモノが言えるようにはなりにくい。初当選の議員なんて論外です。せっかく若手が増えても、昔の慣行が維持されてしまうという、構造的な問題があります。
永田町に必要なのは、当選回数に関係なく誰もが意見が言える文化です。一挙に世代交代が起こったりすると変わるでしょう。または政権交代があると、それまでの慣行を否定して新政権のフレッシュさを打ち出そうとするので、それも変化のきっかけになると思います。
若手議員が増えれば、コミュニケーションのやり方も変化してオンラインに対する抵抗もなくなるでしょうし、ファクスはさすがになくなるでしょうね。ファクスなんて使ったことのない若い人が議員になるんでしょうから。
議員が「偉い」国、議員が「偉くない」国
若手議員の多い国としては、北欧が知られています。たとえば先日34歳の女性首相が話題になったフィンランドは、45歳以下の議員が47%(2017年)を占めています。ノルウェーは、20代の議員の割合が世界一高く、13.6%を占めています。
こうした、国による議員の年齢構成の違いは、各国の議員の社会的地位や権限の違いが関係しています。例えば日本を含む東アジアの国々の議員は、権限が強くて社会的地位も高いので、序列関係がはっきりしています。議員の平均年齢も高い傾向があり、若い議員の権限も弱い。
一方、北欧などでは議員がそれほど「偉くない」のです。兼業の人も多く、ボランティア感覚で地方議員になってから国政に関わるようになります。女性も若手も「地域のコミュニティに貢献したい」と気軽に議員になります。だから議員の間でもフラットな関係が築かれ、コミュニケーションもオンラインかメールでいいということになるというわけです。
日本の議員のように、「偉い」人たちの集団だと、なかなかそういきません。序列が大切ですし、それを維持することが議員という職業の目的になってしまいます。
先に変わるのは政治家か、官僚か
今回のアンケートの回答者は20代から40代が中心で、若い世代の意見が多く寄せられています。もし、同じアンケートを国会議員に行ったら、おそらく回答するのは70歳以上だけか、そもそも回答する人がいないかどちらかだと思います。
国家公務員は試験を受けてキャリアをスタートし、60歳前後で退職するので、常に新しい人材が入ってきます。対する国会議員は平均年齢が50代後半で圧倒的に男性が多く、日本の人口構成とはまったく異なる特殊な集団です。官僚のほうがまだ社会の変化に開いているように思われます。
アンケートに回答した官僚の約4割が、“過労死ライン”と呼ばれる残業時間単月100時間を超えていました。官僚の世界で出世コースに乗っている人たちは、非常に厳しい働き方をしています。政治家との関係は大事ですし、部署によっては関係する政治家が大事にしている業界団体や、自分たちが担当している団体との会合にも参加するなど関係を良好に保つことが求められます。プライベートな時間はあきらめなくてはなりません。官僚のトップに女性が少ないのは、こうした働き方の問題も大きいと思います。
ただ、若手の官僚たちは、昔ながらの働き方に違和感を持っています。そこまでして出世したくないと考えている人も多い。それを希望と呼べるかはわかりませんが、先に変わるのは国会議員ではなく官僚だと思います。
政治家の世界にも変化の兆しが
今、日本では女性議員を増やさなくてはという意識が高まっています。メンバー構成が変われば今後の変化に結びつくでしょう。子育てする議員が男女とも増えましたし、少しずつ変わっていくのではないかと思います。
今年1月、小泉進次郎環境相が育休を取った際、批判する声も上がりましたが、環境省のテレワーク化が一気に進むきっかけになったようです。やはりトップの行動は組織の雰囲気を左右します。当時、子育て中の女性の中で「小泉大臣の育休取得を応援しよう」と署名を集める動きもありました。男性の大臣が育休を取れば、社会への影響も大きい。そもそも60代、70代の高齢議員にはできないことです。子育て世代の若手大臣がロールモデルとして世間に受け入れられ、堂々と仕事ができる政治になることが大事だと思います。
日本の国会は備えができているのか
コロナ禍は、日本の政治が抱える問題点をあらためて明らかにしました。さんざん待たされた10万円の特別定額給付金ひとつ取っても、2週間程度で配り終えた韓国、台湾など、他国の意思決定やITインフラの違いを、誰もが痛感せざるを得ませんでした。
韓国はもともとIT化が進んでいますが、国会のオンライン参加はまだ導入されていません。ただ、国会関係者に感染者が出て、8月末と9月初めの2度に渡って閉鎖され、それをきっかけにオンライン化の議論が盛り上がっています。
日本の国会で感染がそれほど拡がっていないのはもちろん幸いなことですが、もしかしたら今後、クラスターが発生するかもしれないという前提で議論を始めなければいけないと思います。議員は高齢の方が多いので、もしクラスターが発生したら大変なことになります。
常に新しいアイデアを取り入れる仕組みを持つ
IT技術を駆使したコロナ対応が話題になった台湾では、39歳のIT担当大臣、オードリー・タン氏に注目が集まりました。ああいった人材を先端技術の必要なセクションに配置できる政府の機動性が素晴らしいですね。
彼女のインタビューを読んで面白いと思ったのは、「リバースメンターシップ」という、政府要人が「若手に学ぶ」システムです。彼女は大臣になる前、前IT担当大臣のリバース(逆)メンターとなって、ITのアドバイスをしていたんです。若手の新しい感覚を大臣が学び、常に新しいアイデアを積極的に取り入れる仕組みです。現在は、彼女自身が自分より若いリバースメンターからアドバイスを受けているそうです。
国の統治機構に必要なのは、内部にこうした、情報や人材の代謝・循環を促す仕組みを持っておくことです。こうした仕組みを持っておくと、今回のような危機の時に奏功します。
9月に発足した菅内閣では、コロナ禍で露呈したデジタル化の遅れを踏まえ、デジタル庁を新設して巻き返しを図ろうとしています。ピンチをチャンスに変えるような意識改革ができるかどうか。日本の政治家の力量が問われていると思います。