内永ゆか子さんが率いるNPO法人J-Winが、各社の男性管理職を集めて実施するプログラム「男性ネットワーク」。その活動の中で、女性の活躍が進まない原因を制度に求めていたチームが、半年かけて気づいた一番大事なこととは――。
オフィスでコミュニケーションをとる男性と女性
※写真はイメージです(写真=iStock.com/davidf)

女性と同様の悩みを抱えていた

「『ダイバーシティ(多様性)、女性活躍推進はまさに経営戦略だ』と。『女性のためじゃなくて、会社の生き残りのためにやってるんだ』という話をきいて、雷に打たれたというか。あ、そうなんだ、と」――デロイトトーマツグループの栗原健輔さんは、そう言ってセミナー初日を振り返った。

「ダイバーシティの重要性はわかりつつも、男性はどのように取り組めばいいのだろう、と感じていたところ、『経営戦略としてやるのか、すごくシンプルだな』と。すっと腹落ちしたというか」(栗原さん、以下同)

まだ幼い子ども2人を持ち、企業総合職の妻と家事育児全般を分担しながら四苦八苦してきた栗原さん。「『働き方改革』という言葉がでて随分経つが、家事育児と仕事の両立はまだまだ大変です。頑張って何とかやっていこうとしている人たちのことを、政府や企業は本当に考えられているのか、などと漠然とした疑問を持っていたんです。日頃、妻と『何とかしたいよね』などと話し合っていました」

周囲にも同じことを感じている同僚はいて、職場の予定表に「この日は定時で帰ります」と書き込んで、帰る日はみんなで帰ろうという“草の根運動”も展開。今思えば、自分の悩みは「共働きは、出世をあきらめなきゃいけないのか」という女性たちの悩みと似ているところがあった、と栗原さんは振り返る。

セミナー初日の通過儀礼

もともと職場の同僚の女性が参加していたJ-Winという組織の存在は知っていた。日本企業を相手に過去13年、ダイバーシティのマネジメント推進を支援してきたNPO法人。参加メンバーは女性ばかりだと思っていたJ-Winが「男性に声をかけている」ときいたことが、そのJ-Winの、「男性ネットワーク」と銘打った通算2期目、月1回・1年間のセミナーに参加するきっかけとなった。

デロイト トーマツ グループ 栗原健輔さん
デロイト トーマツ グループ 栗原健輔さん(写真提供=本人)

このセミナーのテーマは「オールド・ボーイズ・ネットワーク(以下OBN)」。国内外で通用する言い回しで、“マイノリティ”である女性社員のモチベーションを奪ってきた、男性集団の悪意なき言動やその文化全般のことだ。肌の色、宗教、国籍、年齢といったダイバーシティの中でも最も垣根が低いはずの「性別」のダイバーシティを推進するカギである。

「OBNという言葉を、恥ずかしながらまったくきいたことがなく、日本人がイメージする年配のOBの方たちのことをいけないと言っているのかな……など、最初はその程度の理解でした」

そして冒頭のように、セミナー初日から20人ほどの参加者たちを前に、内永ゆか子理事長が「女性活躍が進まないのは男性中心につくられてきた企業カルチャーにも問題がある。この問題は男性にしか解決できない」と“言い切る”のが通過儀礼だ。

「自分たちがここに連れてこられた理由、やらなきゃいけないことについて、当初はみんなまだモヤモヤしていたんです。それが話を聞いて、ああ、これか! と。ちなみに私はセミナー初日に、『女性活躍推進を進めた場合の経営上の効果について数字の根拠はあるのでしょうか?』とお聞きしたところ、『ダイバーシティ推進は数字で表れるものではなく、トップがやると決めてやり抜かないと変わらない』と注意されました」

女性社員が意欲を奪われるメカニズム

OBNは、わかりやすいところでいえば「男性上司が『昔はこうしたもんだよ』と自分の流儀を押し付ける」とか、「社内の物事は男性ばかりのタバコ部屋で決められる」「一緒に歩いたり、食事をしていても、男性はこちらに構わず自分のペースでどんどん進む」等々、悪気のない、しかし大多数の男性が行っていること全般。

その最たるものの一つが、「同期どうしでも、男性はメイン、女性はサポートの仕事を振られる」ことで、必然的に男性のほうが仕事の機会を与えられ、スキルが伸びていく一方で、女性は自分が期待されていないと感じ、やる気を奪われていく……こうした負の連鎖が、OBNの最も残念なところだ。

「どれも男性が心地いいと思っていたこと。それがダメだと言われたのが非常にショッキングで……一気に腹落ちしました。自分はその沼に漬かっていたのかなと」

最初は「制度」のせいにしていた

昨年(2019年)7月から月1回の集まりがスタート。バラバラな業界から集まった男性管理職からなる6~7名の分科会では、それぞれOBN解決につながるテーマを考え、議論する。栗原さんが加入した分科会のテーマは「制度の運用を考える」。女性活躍推進が進まないのは制度に問題があるから。じゃあどうすればいいか……というわけだ。

2回、3回、4回と分科会の回数を重ね、女性活躍のために設けられた制度を洗い出し、議論・検討した。仕事上のシガラミのない、他社の人々と一緒にいた事の有益性については、栗原さんに限らず、航空、素材メーカー、金融、コールセンターなどさまざまな業界から参加したどのメンバーも感じていたようだ。

「社内だと、ヒエラルキーや人間関係に気を使って、『ここは問題だと思います』とはなかなか発言しにくいかもしれません。でも、全然関係のない他社の方々といっしょになって毎回議論する場だと、素が出るというか、どう解決すればいいかに対するその人の普段の素直な気持ちが出るというのが、この研修の大きいところかなと思います」

「制度の穴」は見つからず

しかし、なかなか制度の“穴”が見えてこない。「どの制度の何が悪いのかを掘り下げるような作業をしていたのですが、いろいろ調べていってもなかなか出てこなくて……」。内永理事長やJ-Winの理事、アドバイザーも含めたいろいろな人にアドバイスを求め、口頭で知り合いの女性に聞くなどしても進展なし。

突破口、というより転換点を見いだしたのは、開始から半年以上が過ぎた頃だった。

「ある女性社員が『制度に不満はない』と言ったのを聞いて、制度自体にそんなに不満があるわけじゃないんだと気づきました」

栗原さんは3カ月に1回程度、分科会の活動内容を職場にフィードバックしていた。ランチイベントなどで、社内の男性相手にしばしば「皆さん知ってますか?」などとOBNについてレクチャー。ただ、「制度に問題あり」と話を振っても反応薄だったようだが、社内メンバーの小規模の集まりで、年次が下の女性社員から、「トーマツの制度じたいはすごく充実していると思います。不満はないです」とハッキリ言われたのだという。

「ある時ひらめいたんです。どれだけ聞いても出てこないんで、悩みに悩んで……。実は問題は制度じゃないのでは? と。そこへ、『不満はないです』と耳で直接きいた。あ、やっぱりそうなのかなと」

1年間のセミナー終盤での大転換

そこから、栗原さんがまず「方向転換しよう」とメンバーに声をかけ、議論の焦点をOBNそのものに再び立ち戻らせたという。

「OBNをどう取り除いていけばいいか以前に、なぜOBNが悪いのか? をメンバーと話し合った回もありました。悪い理由をいっぱい出したんですが、それをさらに掘り進めると、ますます男女間の溝が深くなるだけだということにも気づきました。否定する必要はないんですね。否定に入ると、ますます『やってられるか』という気持ちになっちゃう」

セミナー終盤での大きな方向転換。残された時間が限られるなか、何ができるのかメンバーとともに知恵を絞った。

「他の2つの分科会チームは、OBNの“何がいけないのか”をすでに調べてくださっていたので、われわれの分科会チームでは、社内で活動を広げるフレームワークを作れば発展があって良いのではないかと考えました」

同じ分科会メンバーをトーマツのオフィスに招いて、OBNについてのトークセッションを行う算段を始めたという。OBNは無意識の言動ゆえに、継続しないと忘れてしまう。「せっかく集まったメンバーたちが会社に戻ったまま忘れて“元の木阿弥”では、J-Winが起こした連鎖が止まってしまう。あまりにもったいない」から、セミナーOBが、次やその次の期のメンバーの勤務先を継続的に来訪し、OBNの重要性を説くことができる枠づくりを目指したという。

自分たちが女性の機会を奪っていた、という気づき

自分がOBNに漬かっていることを自覚することで、栗原さん自身の言動にも変化があったようだ。

「管理職のうち誰かが出社しなきゃいけない事態が起きて、誰が出るか決めることになったとき、お子さんがいて簡単に出社できない人がいる一方、『いつでも行けますよ』という独身男性もいます。そこで、①いつでも出社できます、②必要あれば出社します、③全然できません、の3つでアンケートを取ったら、お子さんが2人いて、普段は定時より早く帰る勤務形態の女性の方から、『①』っていう回答が来たんですよ」

気を使っているのでは? と思った栗原さん、「無理してない?」とフォローを入れた。すると、「『実は②だったんですけど、ちょっと空気読んで①って答えました』と。ご自身の状況にもかかわらず、気を使い、無理をしてしまうこともあるのだと実感しました」

栗原さんは、今のご自身なりのOBN観を語った。

「自分たち男性がやりやすいと感じる方法で何かを決めてしまうと、実はそもそも人数の少ない女性の方々が、雰囲気を察して意見を言えなかったのではないか。そういうことが本質なのかなと思っています。自分たちが女性たちの機会を奪っていたという可能性。これからは、本当にそこに気をつけなきゃいけないなと思っています」

当初3月に実施予定だった前述のデロイト トーマツ グループ内でのトークセッションは、コロナにより実現できずにいたが、10月に開催することになった。「半年越しの計画が、やっと実現しますよ」と栗原さんは嬉しそうだ。