最後のビッグイシューに取り組む
女性の活躍を阻んでいる壁は、次の3つ。1つ目が、女性の将来像の描き方。2つ目は、いわゆるワークライフバランス。3つ目が、オールド・ボーイズ・ネットワーク(以下、OBN)。私たちはこう分析しています。
私たちは先に女性側の問題である1、2の改善にずっと取り組んできました。それなりに成果も出ているのですが、女性活用はなかなか進まない。本丸はやはりOBN。日本のダイバーシティ推進が世界から取り残されていく中で、いよいよこの問題に切り込んでいくしかないと考え、3年前から取り組み始めました。
OBNは日本発ではなく、グローバルで使われている言葉です。私も国境を越えて働いている知人から初めて「OBNが一番難しい、最後のビッグイシューだ」ときいたときは、何のことかよくわかりませんでした。「何それ?」と聞き返したら、「組織があって、大きな成功を収めていて、長い歴史があって、そこにいる人たちが成功体験を共有し合いながらお互いに築いてきた、あ・うんの呼吸やビジネスルール、約束事等々を総称したもの」だというんですね。そこで初めて知ったんです。
組織があれば、どこにでもこういう事が存在します。でも、その中でも日本の職場は、男性中心で単一性が強いモノカルチャー。そういうルールや約束事を明文化しません。私の雑駁な感覚でいうと、いろんな行動パターン、ものの言い方、反応の仕方、反論の仕方、コミュニケーションの取り方のうち7割が、あ・うんの呼吸。言葉になっているのは3割程度です。
これを女性が身につけることが非常に難しいのが問題です。
課長までは許されるが、部長は厳しい
私も昔は、論理的に整理されてさえいれば自分が正しいと思ったことを言えばいいと思っていました。会議の席で「すみません、それちょっとおかしいと思います」とか。でも、それはOBNの中では禁句です。もし男性の若手社員か誰かがそういう事を口にしたら、すぐに先輩が教えてくれます。でも、女性社員がそう言っても「女はああいうものの言い方をする」とか「女はすぐストレートに言うんだよ」と陰口を叩かれる。
男性と同様に「ああいう言い方はダメだよ」などと教えてくれれば、女性だってそうしたコミュニティ内のルールを覚えるのに、このような状態では女性はいつまで経ってもコミュニティの中に入っていけません。男性からは些末なことに見えるかもしれませんが、女性にとっては凄く大きなポイントです。そこを知らぬまま役職がついて、課長くらいまでは周囲は我慢してくれるけど、関係する他部署とのネゴシエーションが重要な部長クラスで言動がそのままだったらアウト。「君頑張ってるねー」と言われながら、暗黙のうちに爪はじきにされます。
男女差別というほど明確な差別ではありません。ただ、男性たちの社会のルールに沿ったやり方をしないと拒否反応が起こるんですよね。そこは外国人も同じです。
だから女性はまず、このコミュニティの中に受け入れてもらわなきゃいけないんです。そこからアイデアの斬新さ、異なる発想をうまくアピールすれば、男性だって優秀な人ばかりですから、認めてもらえるでしょう。
3年前にスタートした「男性ネットワーク」
私は決して男性を非難しているのではありません。でも、そうした「異なる者」を受け入れるという土壌がまだ薄い。たとえば米国の企業だったら、同じ社内に国籍が異なる人がいたり、言語も英語だったりフランス語だったり、宗教観も違っていたり。そこで軋轢を生むこともありますが、自分とは違う発想があるということに慣れています。だから、日本の男性が女性を固定観念で見過ぎていることを理解して、無意識のうちに女性をこのネットワークに入れなくしている状況を改めてほしいんです。
OBNはカルチャー、それも男性たちが良いと思っているカルチャーの問題。それだけに、扱いがとても難しいです。そこで私たちが始めたのが「男性ネットワーク」です。さまざまな業種の企業から男性管理職を集めて1年弱。1~2カ月に1回、計8回の定例会・分科会を開催します。参加者は部課長層が主で、各社の人事部やダイバーシティ関連の担当者の指名でいらっしゃる方が多いですね。
活動の内容を具体的に見ていきましょう。
ステップ1.理事長の言葉
男性管理職の方々を集めて、最初に「女性活用というのは、女性のためではなくて会社を強くするためにやる重要な経営戦略だ」ということを徹底的にお話しします。すると、「そうか」と、とりあえず真剣に考えるようにはなります。
でも、「女性のほうが『管理職は結構です』『育児もあるし、家事もあるから大変』と言って断ってくるんですよ」などと言ってきます。「僕たちはもう、十分支援してますよ。なのに、なんでうまいこといかないんですかね」と聞いてくるんですね。
実際、制度面でいえば日本の女性活躍を支援する制度は世界のトップテンに入るくらい優れています。育休制度もしっかりしていますし。大きな問題はそれとは別のところにあるんです。そこで、私がOBNという言葉を出して、それがどういうことかを説明するんです。
最初のうちはけっこう反発がありました。しかしそこでこちらが、「あなた方のそういうところが悪い」と言ってしまってはダメ。「何が悪いんだ」「自分たちはずっとこうしてうまくいってたんだ」と感情的になるのが関の山です。
そうではなくて、「そういう女性の仲間入りを阻むものがある」ということをまず伝えます。私は自分で経験した具体例を話しますが、他にもいろんな人を連れてきて少しずつお話しいただく。これには男性のエグゼクティブが一番いい。OBNについて目が開かれている方もいますから。そして、男性たち同士で「本当にそういうものがあるかどうか」を議論してもらいます。
ステップ2.女性陣によるショック療法
J-Winには3層の女性ネットワーク(管理職、管理職一歩手前の約300名、部長職・課長職の約300人、執行役員以上の五十数人)があるんですが、そのメンバーである女性百数十人から、「男性ネットワーク」の参加者がOBNについてのアンケートを取りました。
「男性管理職が無意識に行っている行動や考え方」として挙がったのは、「過度に上司に配慮する」「女性への決めつけ」「傾聴しない、見てくれない」「対抗意識」「放置・丸投げ」等々。12にカテゴライズしていますが、他にもいろいろありました。女性たちからの厳しい言葉を受けて、皆さんかなりショックを受けていたようですが、その後に「食事のスピードは女性に合わせる」とか、「歩く速さは女性に合わせる」ところから始めようなど、具体的にどういう行動をするのかという指針もつくっていました。
もう一つ行ったのは、前述のJ-Win女性ネットワークのうち、エグゼクティブの女性たちと男性たちとのディスカッション。エグゼクティブの女性が、「こういうことがある、ああいうことがある」と具体例を山ほど挙げるんです。役員になるまでにいろんな経験をされていますし、男性とのコミュニケーションが本当にうまい。男性陣も本当にいろいろ悩んでいる方がいるし、相手が役員ということで一目置いているからか素直に話をきく。毎年盛り上がってきていますよ。
ステップ3.男性同士の議論
「男性ネットワーク」では、分科会という小グループで、女性活用の課題に取り組みます。最初のころは、いろんな仕組みづくりや人事施策を議論するグループができました。が、徐々に正面切って「OBNって何だ」を議論していくようになり、そして1年ほど経ったら、「いや、俺たちのカルチャーが災いしていたんだ」「制度の問題じゃない」「目が覚めました」とハラ落ちしてくれます。
最後の最後で、自分たちの行動の問題点に気づくことが大事なんだという結論に達するんですね。何とか仕組みや施策で女性活用の問題を解決しようとしていた人たちも、最後は深く反省していました。
1年間かけてじわじわ変わっていく
ただ、あるとき突然男性たちが一斉に「そうだったのか!」とハラ落ちするというものではありません。「あーっ! なるほど!」と、いったん納得しているようで、「でも」「そうは言っても」とエクスキューズが入る。その行ったり来たりを繰り返しながらじわじわ、じわじわ1年かかる感じですね。
やはり1回、2回のセミナーではダメ。皆さん優秀だから面倒なことをあしらうのも上手なんですよ(笑)。1年弱の間、定期的に集まって集中的に取り組む。これを根気強く繰り返すことが効果を生むと思っています。
「OBNをぶっ壊す!」宣言
「男性ネットワーク」に参加して本当に変わった方は何人もおられます。同じ参加者の中でも、進んでいる業界とそうでない業界があって、たとえば女性の多い銀行や保険と、まだまだ少ないメーカーの工場・技術系とでは環境が全然違います。
あるバリバリの男性職場の管理職の方などは、最初に来られた際はいかにも「忙しいのに、こんなところに来るヒマないんだよな」という不満があるような態度に見えました(笑)。
でもこういった方も、異業種どうし7、8人のグループワークをし、他の企業の話を聞いて「そんな取り組みまでしているのか」と、大きなカルチャーショックを受けて、その後は急進的に物事を進めていくように変わりましたね。今では「何かあったら声をかけてください」「ご協力できることは何でもします」と。おそらくご自分の社内に同じようなネットワークを作っていくことをイメージされていると思います。最後は「OBNをぶっ壊す!」とまでおっしゃっていましたね。いや、壊すことはないんですけど(笑)、そこまでの思いを持つように変わって下さったのは本当に嬉しいですね。
繰り返しになりますが、私たちは男性同士のコミュニティの文化を断罪しているのではありません。そこに多種多様な人たちを受け入れるために、無意識のうちに築いていた障壁を外してほしいだけなのです。その手始めが女性の活用であり、ひいてはそれが企業のイノベーティブな土壌を育み、激しい競争時代の勝ち残りにつながっていくのです。