仕事と休暇の両立を目指して
働き方改革が叫ばれる昨今。オフィス以外の場所で働くテレワークが注目されている。これまでニュースなどでは「在宅勤務」や「サテライトオフィス勤務」といった働き方が取り上げられてきたが、テレワークを導入する企業が増える中、関心が寄せられてきているのが「ワーケーション」だ。実施している企業の話題もちらほら耳に届くようになったが、そもそもワーケーションとはどういった働き方なのか。柔軟な働き方を推進する「テレワークマネジメント」社長の田澤由利さんに話を聞いた。
「ワーケーションとは、仕事“ワーク”と、休暇“バケーション”を融合した造語です。アメリカで生まれた言葉だといわれています。会社から離れた出張先、あるいは旅行先や帰省先で、休暇を楽しみながら仕事もする新しい『働き方』、そして『休み方』です」
職場から離れて仕事をこなすテレワークと休暇を組み合わせる点で、一歩先をいった新しい働き方といえるだろう。では、日本でワーケーションが注目されるようになったのはなぜか。その背景を田澤さんはこう語る。
「まずは、有給休暇の取得を促進するためです。働き方改革の一環として、2019年4月から企業は、従業員に年5日の有給休暇を取得させることが義務づけられました。とはいえ日本では、有給休暇をとるのにためらいを感じる人が多いのが実情です。それならば、休暇先での就労を認めることで長期の休みもとりやすくなるだろうという考えです」
ワーケーションには、企業に勤める個人が主体となって実践するスタイルがある一方で、企業が主体となって実施するスタイルもある。
田澤さんによると、現在、日本の企業で導入されているワーケーションは大きく2つのタイプにわけることができるという。
「企業に勤める個人が主体となって行うのは、“休暇型ワーケーション”。休暇がメインなので、個人で行き先を決め、旅費も自費です。旅行先でweb会議などに参加する時間は仕事として認められます。これに対し、企業が主体となって行うのは“仕事型ワーケーション”。こちらは仕事がメインで、出張や研修、あるいは通常業務を地方のサテライトオフィスなどで実施しつつ、終業後や週末にその地域の魅力を体感しながら休暇を楽しむ形式です。メインが仕事ですので、会社が行き先を決め、出張扱い。基本的に旅費や滞在費の一部は会社持ちとなります」
働きながら地方創生にも貢献
仕事型ワーケーションでは、都市部と地方の人の交流が生まれるため、地域の活性化にもつながり、地方創生に貢献するというメリットもある。そこで今、全国の自治体で、「ワーケーションを実施するなら、わが町へ」と企業を誘致する動きが盛んに。空き家を改造してオフィスをつくったり、専用の宿泊先を設けたりするなど、中長期的に滞在しながら働ける環境を整備している。
19年11月には、ワーケーションを受け入れる自治体による「ワーケーション自治体協議会」が設立された。早くから取り組んでいる和歌山県や長野県などを筆頭に、1道6県58市町村が参加している(19年11月時点)。
企業が具体的にどのようにワーケーションを導入しているのかを紹介。実践者に話を聞き、その魅力と課題を探った。
忙しくても、会議が入っても、諦めることなく旅行へGO!
旅先や帰省先で仕事もこなす
早くから社員の働き方を模索し続けている日本航空では、2014年からテレワークを推奨。17年に旅行先などでの就労を認める「休暇型ワーケーション」を取り入れた。導入の背景をワークスタイル変革推進グループの東原祥匡さんに聞いた。
「わが社では15年から17年にかけて、ワークスタイル変革の取り組みの中で総実労働時間の目標を1850時間と定めてきました。目安として1日所定労働時間である8時間働き、20日間の年休を取得、かつ残業を月間4時間ほどにおさめれば達成できます。しかし、年休の取得は思うように促進できていませんでした」
長期休暇をとりたい、急な仕事のために旅行をキャンセルしたくないという社員の声にこたえられる制度はないかと模索していたときにワーケーションを知り、当初は休暇取得のセーフティーネットという位置づけで導入したという。
同社は部署を大きくわけると、客室乗務員や予約センターなどの「現場」部門と、デスクワークが主の「間接」部門がある。ワーケーションは間接部門を対象に導入された。
しかし当初は、「休みの日まで働かせるのか!」と反発の声も多かった。そこで東原さんはワークショップを開催するなどして、ワーケーションは柔軟な働き方の選択肢のひとつであることを理解してもらうために奔走。そのかいあって、試験的に導入した翌年の18年度には、1年間で174人が利用。これは対象の間接部門において約2割の人数にあたる。19年度はそれ以上になる見込みだという。
同社では、社外で仕事をする際に「テレワーク」か「ワーケーション」かを明確にして上司に申請することになっている。規定の違いがあるからだ。テレワークの実施中は会社側が緊急時などは出社を促すこともできるが、遠い旅先などで行うワーケーションにはその規定がない。また、あくまでも休暇がベースなので、仕事にあてる日数は、休暇期間の半分を超えないことと制約を設けている。
「現場部門で働く従業員からも、『ワーケーションに近い制度を導入できないか検討してみたい』という声が上がっています。たとえば、支店のある他県へ旅行した際にはその支店で業務できるようにするなど、可能性を模索中です」
ワーケーションを導入したことで、「旅先などで仕事をするような働き方はできない」と決めつけていた意識が、会社全体で変わり始めた。同社の働き方の改革はますます進むだろう。
帰省先の夫の実家でテレビ会議もこなしました
19年の夏休み、広島にある夫の実家で家族で過ごした中丸亜珠香さん。
「夏休みの直前に、大事な打ち合わせが休暇予定の期間に入ってしまって。私の都合でほかのメンバーに迷惑はかけたくないし、家族を犠牲にしたくもない。そこで、ワーケーションを初めて実施しました」
1週間の滞在中、仕事をしたのは1日。その日は一室にこもり、会社用のパソコンを朝9時に立ち上げて業務を開始した。「ネット環境が心配でしたが、クラウド上にある社内ネットワークにも無事接続できました」。午前中はやり残した仕事をこなし、午後はテレビ会議システムを使って会議に参加。
「後ろに日本人形が飾ってあるね」という会話から始まり、不都合なく会議もこなせたという。そして夕方6時に仕事を終えて家族と夕食。「夫の会社は導入していないのでうらやましがられた」と話してくれた。
「どこでも仕事ができるという安心感が得られました。ワーケーションは私にとっての精神安定剤です」
年末のイタリア旅行中に年内の仕事を終わらせました
年末年始に家族3人で長期のイタリア旅行を計画していた藤田和代さんには、いくつかの壁があった。
「ハイシーズンなので年末に近くなるほど航空券が高額になります。出発の日を早めないと予算的に辛いけれど、多忙な時期に有給休暇をとると仕事が滞る。少しでもイタリアに長く滞在でき、交通費を抑え、仕事に支障が出ないようにする方法はないかと考えたところ、ワーケーションが最適だと思いました」
19年12月25日にパソコン持参で出国し、会社が営業中の26、27日に滞在先のアパートで仕事。「時差に慣れない子どもにたたき起こされて、朝5時から仕事しました」と笑いながら振り返る。コアタイムなしのフレックス制なので、仕事は1日4時間と決めて集中。年内にやるべき仕事をこなすことができ、さっぱりした気分で旅行を満喫できたという。
「年末の慌ただしい時期にイタリアに2週間も行けるなんて、数年前までは考えられませんでした。ワーケーションは画期的な制度です!」
自然豊かな地方に中期滞在。暮らしながら、仲間と働く
四国の小さな町で効率よく仕事に集中
野村総合研究所では2017年より、働き方改革の可能性を探ることを目的にし、仕事を主体とした「仕事型ワーケーション」を導入した。
自然豊かな徳島県三好市に中期滞在しながら平日は通常業務、週末は休暇をとる、愛称“キャンプ”を実践している。その仕組みと特徴を社内でワーケーションを推進しているデータセンターサービス本部・担当部長の福元修さんが説明してくれた。
「実施回数は年に3回。毎回、1カ月程度の期間を設け、1~2週間単位で参加希望者を募ります。いつもとは違う交流がはかれるよう、異なる部署のメンバーでグループを構成し、数人単位で実施します」
サテライトオフィスとして利用しているのは、地域交流センター内のレンタルオフィス。古民家をリノベーションした趣がある建物だ。現地で使用するモニターやプロジェクターなどの大型機器は、事前に会社から宅配便で送っておく。「ネット環境は快適なので、都心とまったく変わらない状態で作業できる」という。
宿泊は地域交流センターに併設された移住を検討している人向けの住宅や、近場のビジネスホテルを利用。
「通勤時間はたったの数分なので参加者に好評です。静かな環境で効率よく集中できますから生産性の向上にもつながります」
メンバー同士で余暇を楽しむ時間、地域の人々と交流する時間も多い。
「仕事と休暇を両立できるすばらしいキャンプを多くの人に体験してもらいたい。これまで、データセンターサービス本部を中心にシステムエンジニア80人が参加してきましたが、今後は全社員を対象に、裾野を広げていきたいと考えています」
人に癒やされ、地方創生に目覚める
実際の様子はどうなのだろう。参加経験のあるシステムエンジニアの2人に話を聞いた。事前の視察の報告を聞いて興味を持ったという西沢和泉さんはこれまでに6回参加。
「オフィスから遠く離れることで、ふだんから不必要な会議に出すぎていないか、チームメンバーに仕事をもっと任せられるのではないか……と、仕事の時間の使い道を見直すきっかけになりました」
業務日のアフターファイブは、いつもは接点のない部署のメンバーと買い出しに行って食事をつくったり、地元の祭りに参加したりなど楽しみは尽きない。何より「業務時間の合間に行うボランティア活動は刺激的」だという。これまでも、市役所の人たちを対象にペーパーレス化による業務効率化の勉強会を開いたり、地元の学校で情報システムの基礎を教えたりするなど、自社の強みを生かした活動を数多く実施してきた。そうすることで地元の人たちとの触れ合いも生まれる。
「山間部の小学校で開いた特別授業では、地元の方々が応援に来て子どもたちと一緒に真剣に授業を聞いてくれて感動しました。三好に行くと常にその調子で、人の温かさに癒やされる。人と人とのつながりについて深く考えるようになりました」
業務のかたわら、社内誌でテレワークの紹介に努めてきた金野尾景子さんは、次なる働き方を自ら実践して広めようと19年11月に初参加。
「仕事は通常どおりですが、外の環境が全く違います。少し足をのばせばリフレッシュできるすばらしい景勝地も数多くあり、そんな場所で暮らすように仕事をするのはとても新鮮でした」とキャンプの魅力を語る。最大の収穫は「自分にも社会貢献できると気づけたこと」だという。
「福祉サービスを提供する地元団体とのITを使った業務改善の検討会に参加する機会がありました。そのとき、システム開発しかできないと思っていた私にも地方課題の解決のお手伝いができるとわかった。地方創生に関心が湧き、東京に戻ってから、地域づくりのノウハウを学べる社外のセミナーや勉強会に参加するようになったのです」
福元さんの「いつもと違う環境に身を置くことで何かを変えるきっかけになる。それがキャンプの大きなメリットです」という言葉を2人が見事に体現していた。
テレワークマネジメント 社長
シャープに勤務後、夫の転勤で北海道へ。その際に仕事をやめざるをえなかった経験から、柔軟な働き方を広めるべく起業。テレワークの普及に努める。著書に『在宅勤務が会社を救う』(東洋経済新報社)。