8月頭に有楽町と新宿にオープンして話題になっている新業態の店舗b8ta(ベータ)。初日の来店者数は1000人以上だそうです。売ろうとしないのに、購買につながる秘密とは――。

ネットショッピング利用世帯が初めて半数を超える

コロナ禍で、一気に定着した、ネットでのお買い物。2020年5月、ネットショッピング利用世帯の割合は、調査開始以来、初めて5割(50.5%)を超えました(2人以上世帯対象/総務省「家計消費状況調査(20年5月分)」)。

b8ta(ベータ)外観
b8ta(ベータ)外観(筆者撮影)

一方で最近、女性からよく聞くのが、「ネットだとコスメが試せない」や、「家電の詳しい説明が聞けない」といった声。「新しい商品との出会いがない」「発見がなくてつまらない」などの悩みも、多く耳にします。皆さんはいかがですか?

そんななか、20年8月1日、「店頭で試せる・出会いがある」「でも売ることは目的にしない」という新たな形態のショップが、有楽町と新宿にグランドオープンしました。

「b8ta(ベータ)」、15年にシリコンバレーで創業したアメリカ発の小売りベンチャーで、アメリカとドバイに24店舗を展開。今回、日本への進出が「アジア初」となります。

業界では、「b8ta(ベータ)革命」とまで呼ばれている、この店舗。いったいどういうお店なのか。そして、どこが女性客らに人気なのでしょうか。

モノより体験や発見を売る店舗

「日本は成熟市場で、新しいモノ好きな方が多い国。また、商品説明などサービスの要求レベルも高いことから、われわれのビジネスモデルに合っていると判断しました」

と話すのは、日本法人ベータ・ジャパン カントリーマネージャーの北川卓司さん。本社が日本進出を検討し始めたのは16年、つまり創業の翌年だったと言います。

「売ることは目的にしない」とするb8ta(ベータ)のミッションは、「Retail design for Discovery(リテールデザイン・フォー・ディスカヴァリー)」。小売店でありながらも、モノより「体験や発見」を売る店舗で、店名には「ベータ版(テスト中の製品)」を含め、つねにアップデート(進化)する、といった意味が込められています。

顧客にとっての大きな利点は2つあります。1つは、求めれば店頭スタッフが詳しく説明してくれる半面、無理にモノを売ろうとしないこと。もう1つは、リアル店舗に「初出店」したコスメや雑貨、デザイン家電など、他ではあまり見ないワクワクするような商品に出会えること。

だからこそ、「新しいモノ好き」で「サービスの要求レベルが高い」日本の顧客は、メリットを感じやすいわけですね。

顧客のリアクションのデータが、出品企業に届く

実はb8ta(ベータ)は、最新のテクノロジーを駆使した店舗でもあります。顧客の店頭での「リアクション」がデータとして収集・集積され、それを商品の出品企業にフィードバックできるシステムを導入しているのです。

たとえば、有楽町店の場合。まず入口付近のカメラで、「何時何分に、どのぐらいの年齢の女性(男性)が入店した」と、顧客の属性が記録されます(顔など、個人情報が特定される情報は記録しない)。

b8ta(ベータ)有楽町店店内の様子。
b8ta(ベータ)有楽町店店内の様子。(筆者撮影)

また店内では、商品Aが陳列されている区画で、顧客が5秒以上足を止めたり、スタッフに具体的な説明を求めたりした際、その商品Aの出品企業に「顧客にこういうリアクションが何件ありました」との、定量情報が届きます。

質問内容も、スタッフがいったん専用スマホ等に記録しておき、なるべく早い段階でテキスト情報として伝えているとのこと。

購買につなげる仕組みは……?

つまり出品企業は、新宿・有楽町という好立地の店頭で自分たちの商品を広くアピールできることに加え、さらにどういう人たちが興味を持ち、とくにどのような観点を深く知りたいと思っているかなど、今後の可能性につながる情報を「見える化」できる仕組み。

出品者はこうしたデータ提供のメリットを認識し、月額約30万円(6カ月契約)をb8ta(ベータ)に支払います。そしてその情報を基に、商品やサービスをアップデートできるのです。

一方で、「売ることは目的にしない」となると、顧客はショールームのようにただ商品を見て触るだけで「あー楽しかった!」と満足してしまいそうな気もします。その辺り、本当に購買にまでつながるのでしょうか? さっそく私も8月某日、有楽町店に行ってみました。

初日は1日で1000人以上が来店

訪れたのは、土曜日の午後。JR有楽町駅から徒歩1分の好立地にある有楽町店は、比較的若いカップルやファミリーを中心に、想像以上ににぎわっていました。

「もっとも、今はコロナ禍なので、人数制限をかけられる仕組みなんです」と北川さん。

具外的には、店内のAIカメラによって、店に何人がとどまっているかをリアルタイムで把握。ある一定人数を超えるとゲージが赤くなり、スタッフがそれを認知して、入口で「少しお待ちください」とストップをかけられるとのこと(※新宿店〈新宿マルイ本館〉は、平場への出店のため制限はかけられないが、商品間隔を空けて密を防いでいる)

グランドオープン初日は、有楽町と新宿、どちらの店にも1日1000人以上もの顧客が足を運んだそうです。「ただ、あまりにお客さまが殺到されると、店の前でお待たせすることになる。それはそれで申し訳なく、ジレンマはあります」と北川さんは言います。

店内にはデータ解析用に22台のカメラ

私がまずチェックしたのは、「店内カメラ」。有楽町店には、天井に顧客の行動導線などをデータ解析するためのカメラ(ここでも顔など個人情報は取得しない)が、22台あるそうですが……、ほとんど見つけられなかったほど。色や形状、角度などに工夫を凝らし、できるだけ気にならないように取り付けてあるそうです。

BALMUDA The Speaker
BALMUDA The Speaker 写真提供=b8ta(ベータ)

また、店内を俯瞰して見た印象は、圧倒的にスタイリッシュな商材が多いということ。メインは毎日の暮らしにこだわりのある“オトナ”が購入しそうな、付加価値の高い商品です。

たとえば、スピーカー。「感動のトースター」ですっかり有名になった「バルミューダ」のスピーカー(BALMUDA The Speaker)【写真】は、3万2000円、メルセデスベンツやBMWにも商品供給するカーオーディオの一流ブランド「Harman Kardon(ハーマンカードン)」のスピーカー(Aura Studio 3)は、3万800円(いずれも掲載時店頭価格/税別)、といった具合。

そもそも、少し高額な商品であるからこそ「買う前に、店頭で試してみたい」とのニーズも高い。一方で、有楽町店には雑貨類など、500円程度の商品も置いてあり、「他の人と被りにくい品ぞろえなので、知人へのプレゼントにしたい」と希望する女性客も少なくないそうです。

シンプルすぎるパッケージ……その理由は

ほかにも、3Dスキャナ技術でオーダージーンズを作れる「STAMP(スタンプ)」や、今回、実店舗に初出店した「AGILE COSMETICS PROJECT(アジャイルコスメティクスプロジェクト)」【写真】なども女性に注目度が高いと、北川さんは言います。

前者は、店内にある3Dスキャナで体型を読み取り、そのデータを基に自分にピッタリのジーンズを作れるサービス。計測はわずか3秒で完了。また、一度記録したデータがその後のオーダーにも活かせるほか、「背の低いお客さまなど、ジーンズの丈詰めに時間を要していた方にも好評です」と北川さん。

シンプルなパッケージには深い理由があった。
「AGILE COSMETICS PROJECT(アジャイルコスメティクスプロジェクト)」シンプルなパッケージには深い理由があった。写真提供=b8ta(ベータ)

 

他方の後者は、肌に優しい天然有用成分を原料としたコスメブランド。失礼ながら、初め見た印象で「パッケージがシンプルすぎるのでは?」とも思いましたが、すぐにスタッフがその理由を教えてくれました。

「このブランドは、ご購入いただいたお客様の声を基に、つねに製品を『迅速に(アジャイル)』アップデートしていく、というコンセプトで創られているんです」

なるほど、アップデートにあたっては、b8ta(ベータ)の店頭をはじめとした場で顧客の声をつかみ、その声を取り入れて商品を『迅速に』改良したい。だからこそ、パッケージをできるだけシンプルにし、その時々のニーズにあったコスメを、なるべく早く世に出せるようにしている、とのこと。

悩んだ末、専用サイトで購入!

ちなみに、私が注目した商品は、フィンランド生まれのインドアハーブガーデン「Plantui(プラントゥイ)6」【写真】。実は、店頭で説明を受けた日の夜、考え抜いた末、専用サイトから購入してしまいました。

筆者が注目し、購入したPlantui(プラントゥイ)6
筆者が注目し、購入したPlantui(プラントゥイ)6 写真提供=b8ta(ベータ)

私がとった行動は、マーケティングでいう「オムニチャネル」の流れ。すなわち、実店舗やECサイト、SNSなど複数のチャネル(流通経路)をシームレスに行き来して、「いつでもどこでも」目指す商品を購入できる……という環境によって実現した、購買行動です【図表1】。

オムニチャネルは、おもに2つの流れで形成されます。1つが「店に行く前に、事前にウェブ(含・SNS)で情報を調べてから行く」という、「ウェブルーミング」買い、もう1つがその逆、b8ta(ベータ)のような「実店舗→ウェブ」のショールーミング買いです。

複数のチャネルを行き来して購買に至る「オムニチャネル」

実は2011~13年ごろまで、ショールーミング買いは「実店舗を滅ぼす」など、悪者扱いされていました。なぜなら、当時はまだSNSを含め、事前に情報を調べてから来店する顧客がさほど多くなかったから。「ECサイトとの連携を強化したら、ネットに顧客が流れるだけ」と捉える企業が多かったのです。

オムニチャネルの3大要素とは

ですがその後、欧米の調査などにより、現代の顧客はECサイトやSNSと実店舗の間を「行ったり来たり」回遊しているとの事実が判明。企業もデジタルとリアルを含めた幅広いチャネルで顧客を捉えることで、顧客データの共有など、多くのメリットを享受できることが分かってきたのです。

ちなみに、オムニチャネルで重要とされる3大要素が、「1、在庫の一元管理」「2、価格の統一」、そして「3、スタッフ教育」。とくに3つ目のスタッフ教育は、実店舗でいかに商品を魅力的にプレゼンできるかという部分で、非常に重要とされます。

私が「Plantui(プラントゥイ)」のシリーズ商品を買ってしまったのも、まさにb8ta(ベータ)のスタッフによる説明が秀逸だったから。彼女は商品そのものを語るより、「この(水耕栽培の)プランターがあれば、ご自宅で育てたオーガニックなハーブやルッコラを使って、新鮮なお料理をご家族で味わっていただけたり……」など、商品によって実現する(であろう)「夢の暮らし」をイメージさせてくれました。

北川さんによると、「出品企業さまの商品トレーニング(研修)では、単に『スペックがこう変わりました』だけでなく、その企業のミッションや商品に込められた思いを、キチンとスタッフに伝えるようにしている」とのこと。

場合によると、出品企業の社長やブランドマネージャーが直接店舗を訪れ、スタッフに熱く語ることもあるとか。また、「スタッフ自身が楽しむ」ことも重視し、オンラインでクイズなどを取れ入れながら学べるシステムを導入する、などもしているそうです。

「欲しいモノがない」のではなく出会いがないだけ

「欲しいモノがない」……ここ数年、消費者への取材で嫌というほど耳にする言葉で、これは婚活でも同じ。「いい人がいない」は、独身の方々の決まり文句です。

ですが実は、ないわけではなく、「出会っていない」だけ。両者を仲介してくれる「おせっかいおばさん」のような存在こそが、近年の消費や婚活に求められているのです。

「フィードバックデータの精度や内容など、まだまだ改善すべき課題は多い」(北川さん)とのことですが、モノと人との出会いを仲介するb8ta(ベータ)のビジネスモデルが、これからの時代の小売りにおいて、求められていくことは間違いないでしょう。