営業女子がもっと活躍するためには何が必要なのか──。異業種から営業職の女性が集まる「新世代エイジョカレッジ(エイカレ)」への参加をきっかけに、各企業の女性チームが社内改革を起こした事例を3回にわたって紹介します。第1回は三菱地所プロパティマネジメント。同社の営業女子が考え出した「あたらしい転勤」とは?

「自分や夫の転勤を機に退職」を防ぎたい

三菱地所プロパティマネジメントは、オフィスビルや商業施設の運営・管理サービスを手がけている。顧客や物件は全国に広がっており、営業職は「何か起きたらすぐ駆けつける」のが鉄則。そのため全国に複数の支店があり、男女問わずキャリアのワンステップとして転勤の辞令が出ることも珍しくないという。

社内改革プロジェクトでリーダーを務めた吉野絵美さん。
社内改革プロジェクトでリーダーを務めた吉野絵美さん。撮影=やどかりみさお

しかし、女性にとって転居を伴う転勤はキャリア中断の原因になりやすい。今回の社内改革プロジェクトでリーダーを務めた中央営業管理部の吉野絵美さんは、「当社でも、自分や夫の転勤をきっかけに女性が退職してしまう例があり、キャリアアップのネックになっていると感じていました」と語る。

そこで、エイカレに参加した社内の営業女子6人でチームを組み、課題解決への取り組みを開始。転居がネックなら「転居を伴わない転勤=あたらしい転勤」制度ができればいいのではと考え、実現するための手立てを探り始めた。

転勤そのものは、支店のサービスを維持する上でも、組織の硬直化を防ぐ上でも必要だろう。加えて、キャリアアップをはかるなら他の支店の営業手法を学んだり、地域ごとの特性を肌で感じたりといったことも大事な経験値になる。

こうした転勤のメリットを生かしながら、今の場所で暮らし続けるにはどうすればいいのだろうか。チームが出した答えは「営業業務のリモート化」だった。

「現場第一」の会社でリモート転勤を提案

リモート営業が実現できれば、例えば首都圏に住みながら地方支店の仕事をする、またはその逆も可能になる。リモートを活用しつつ、顧客の元へ足を運ぶ必要があるときは出張で対応すれば、異動先の土地に移り住む必要はなくなりそうだ。

問題は、これが現実に可能なのかどうかだ。リモートワークは、コロナショックを経た今では当たり前になりつつあるが、吉野さんたちが取り組みを始めたのは2019年。会社のモットーは「現場第一」、営業は現場に足を運ぶのが常識で、リモートワークに対応している顧客もほとんどおらず、対面以外での打ち合わせはほぼあり得なかったという。

励ましあいながら実証実験を行った営業女子たち。
励ましあいながら実証実験を行った営業女子たち。撮影=やどかりみさお

ただ、同社では当時からテレワークが推進されており、営業業務のうち45%は遠隔でも可能とされていた。それでも業務の半分以上で対面が必要となると、やはり転勤=転居にならざるをえない。

ここを乗り越えるため、チームはあらためて業務を洗い出し、社内会議や顧客打ち合わせのオンライン化、書類の電子化、業務分担といった部分に改善の余地があることを発見。通常なら、ここで改革案をまとめてミッション終了となるところだが、彼女たちは違った。自分たちの案が実現可能だと証明するため、自ら被験者になって実証実験を行ったのだ。

「お客様に失礼かもしれない」は杞憂だった

実験を行ったのは、2019年の9月中旬から約1カ月間。メンバーのうち本社に勤務する3人が地方支店のある地域に長期出張し、地方支店からリモートで本社の業務を行った。前述の改善点を実行しながら、どうしても現地訪問が必要な場合は東京に出張。その結果、リモート化が可能な業務は、従来の45%から85%にまで増やせることがわかった。

移住したメンバーの一人は「最初は、リモートではお客様に失礼かもしれないという思いもありました」と語る。だが、働き方を変えるための実験であることを丁寧に説明し、1人はリモートでも1人は必ず訪問するという2人組の態勢を組んだところ、予想以上に好意的な反応が得られた。

気がかりだった遠隔地からのマネジメントも、リモートでの報告やコミュニケーションを密にすることで解消できた。当初、社内からは反対の声も上がったそうだが、実験が進むにつれて徐々に応援してくれる人が増えていったという。

1カ月の実証実験は、移住したメンバーにも価値変化をもたらした。「地方支店で働いたことで、営業手法などを自分の支店に持ち帰れた」「地方の顧客の東京出店を手伝うきっかけができた」「転勤自体には大きな意義があるとあらためて気づいた」など、それぞれに大きな発見があったようだ。

2つのメリットをPRして社長を説得

社員が実際に移住するような実験を行うには会社の承認が不可欠だ。しかも同社では、営業メンバーがこうした新企画を持ち込むのは初のことだったという。前例のない中、彼女たちは上司をどう説得していったのだろうか。

「あたらしい転勤」の制度化を検討中。
同社では、「あたらしい転勤」の制度化を検討中。撮影=やどかりみさお

「皆であらかじめ、社内の誰から押さえていけば話がまとまるかを考えたんです。その結果、転勤や転居の話だからまずは人事部に話そうと。その後、支店長にも話を通していって、最終的には社長にも直接プレゼンさせてもらいました」(吉野さん)

社長を説得するに当たっては、「あたらしい転勤」のメリットのうち2つを特に強くPRしたのだそう。ひとつは、自分や配偶者の転勤によって退職する女性が減り、人材確保につながること。もうひとつは、転勤者にかかるコストを現在の3分の1以下にまで圧縮できる可能性が高いこと。

感情論ではなく、人材やコストといった経営的な側面からの説得が功を奏したのだろう。データや数値を織り込んだプレゼン資料も高く評価され、企画は無事通過。これがメンバーの達成感につながり、実証実験をやり抜く原動力にもなったという。

「あたらしい転勤」は制度化できるか

実験から1年弱。今、同社では「あたらしい転勤」を人事制度化する動きが進んでいる。地方支店の社員が東京に来て、本社オフィスから支店業務を行う追加実験も進行中だ。

同社の人事担当者は「今後の課題は、リモートで働く社員と現地で働く社員が協働しあっていける仕組みづくり。この点を大事にしながら、将来的には社内で広く展開できるようにしたい」と語る。

昨年とは違い、コロナショックを経た今はリモート営業も広く普及しつつある。営業は客の元に出向くのが当たり前、転勤になったら引っ越すのが当たり前──。そんな「常識」を変えようとした彼女たちの取り組みは、現在の社会情勢を先取りしたものでもあった。

女性は、育児や介護などのライフイベントとキャリアパスのタイミングが合わないこともしばしば。他支店に異動になっても住まいを移さずに働くという選択肢があれば、キャリアを中断せず成長を続けていける可能性も高まる。「あたらしい転勤」の今後の展開に期待したい。