副業解禁の動きが加速するとともに、ライオンやヤフーなど、副業人材の採用を進める大手企業も出始めている。一つの会社に依存せず、スキルアップとキャリア形成を自立的に行っていく時代が間近にやってきた。
欲求不満の若いアジア女性。
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大企業で副業人材の公募が活発に

コロナ禍によるリモートワーク中心の働き方が広がるなかで、会社員の副業・兼業が一層促進される可能性が出てきた。その理由の1つは政府の後押しを受けた副業容認企業の増加である。

政府は働き方改革実行計画(2017年3月)の中でテレワークの推進と並んで「労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・兼業の普及促進を図る」と明記。それを受けて2018年1月、従来の副業禁止を規定した厚生労働省の「モデル就業規則」を改定し「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」とし、副業容認を打ち出した。

政府の狙いは経済の活性化にある。優秀な技能を持つ人材を他社でも活用することでイノベーションや新事業の創出などにつながり、人手不足下の人材確保にも寄与する。また、個人にとっても副業することで自社では得られないスキルを獲得し、キャリアアップや収入増につながり、副業をきっかけに起業する人が増えることが期待されている。

大手企業ではコニカミノルタや新生銀行の副業解禁が有名だが、最近ではライオンが単なる副業解禁を超えて、人事部自ら副業を紹介する制度を始めたことが話題になった。また、ライオンは5月末から新規事業の立ち上げを担当する外部の副業人材を公募している。そのほかにも三菱地所が2019年10月に新規事業の人材を、ヤマハ発動機が2020年の3月に「デザインストラテジスト」を公募している。

副業容認企業は4割近くに

ではどのくらいの企業が副業を容認しているのか。経済同友会の「ダイバーシティと働き方に関するアンケート調査結果(2019年11月6日~12月8日調査、168社)によると容認企業は38.7%。2016年は17.7%にすぎなかったが着実に増えている。また、「認めていないが、認めることを検討している」企業が26.2%もある。サンプル数の多いリクルートキャリアの「兼業・副業に対する企業の意識調査」(2019年9月2日~9月5日、3514社)では副業を推進・容認している企業は30.9%。前年の2018年の28.8%より、2.8ポイント上昇している。

なぜ推進・容認をしているのか。最も多いのは「社員の収入増につながるため」の40.8%。次いで「特に禁止する理由がないから」が40.7%となっている(複数回答)。一方、「人材育成・本人のスキル向上につながるため」が前年の6.2ポイント増の30.4%、「社員の離職防止(定着率の向上、継続雇用)につながるため」が5.3ポイント増の27.6%になっている。この2つは経済同友会の調査では最も高く「人材育成・スキル向上につながるため」が57.4%、「優秀な人材の流出防止」が54.1%となっている。

つまり、副業が社員のスキル向上やキャリア形成に役立つとともに、副業希望者が多いことを踏まえ、離職防止や人材の定着に効果があると考える企業が増えているということだ。実際に一部上場の建設関連会社の人事部長は「政府も副業・兼業を推進しており、今後容認していく企業が徐々に増えるだろう。働き方改革の一環として、社内の公平適正なルールを決めて、自社で責任を持って運用可能であれば認めてもよいと思う。その際にはさまざまなリスクも考えられるので同意事項について誓約書を提出してもらうなどの十分な対策も必要」と、前向きな姿勢を見せている。

副業NG企業の「認めない理由」3つ

しかし、いまだに「認めておらず、検討もしていない」企業が35.1%もある(経済同友会調査)。なぜ認めようとしないのか。大きな理由は以下の3つだ。

①(兼業・副業先との)労働時間通算が困難となるため(74.1%)
②社員の長時間労働の助長につながるため(72.4%)
③(兼業・副業先等での)労働災害への懸念があるため(50.0%)

こうした懸念は当然だろう。副業することで長時間労働による健康被害は政府内の会議でも指摘されていた。①については、労働基準法では2社で雇用される場合、労働時間が通算される。仮に副業先との労働時間の合計が法律の上限(月80時間、年間720時間等)を超えると、本業の企業責任が問われる。また、法定労働時間の1日8時間、週40時間を超えると、割増賃金を支払う必要がある。本業の終業後に副業する場合、法的には副業先の負担が大きくなるという問題も抱えている。

労災認定基準も改善

②と③については社員にとっても深刻な問題だ。たとえば過重労働で過労死した場合、現行の労災保険の補償が受けられる過労死認定基準は時間外労働が1カ月100時間を超えて働いていた事実が要件になる。しかし現状では1つの会社の労働時間でしか判断されず、2社で働き、100時間であっても労災認定されない。また副業先で事故に遭った場合も不利になる。労災事故が発生し、社員が入院し、休職を余儀なくされた場合、病院にかかる療養給付や休職中の休業給付が受けられる。だが、副業先で災害が発生した場合、休業補償給付の給付基礎日額の算定は副業先給与のみで算定し、本業の給与は加味されない。副業先の給与が低いと少ない金額しか給付されないことになる。

だが、この問題については2020年3月に国会で成立した労災保険法の改正で解消されることになった。複数の会社で働き、長時間労働による脳・心臓疾患や精神的疾患や過労死に至った場合、本業と副業先の負荷を総合して労災認定を行い、保険給付を行うことになった。当然、過労死認定基準の労働時間も副業先での労働時間も通算される。また、労災事故の療養給付の給付基礎日額も本業と副業先の給付基礎日額を合算したレベルの金額が支払われることになる。

副業容認が一挙に加速する可能性

残る①の副業先との労働時間を通算して発生する企業責任の問題については、7月17日に閣議決定された「成長戦略実行計画」に検討することが盛り込まれた。具体的には①本業の所定労働時間(残業抜きの会社の勤務時間)を前提に、通算して法定労働時間または上限規制の範囲内になるように副業先の労働時間を設定する、②本業で残業させる必要がある場合は、あらかじめ労働者に連絡して、規制の範囲内におさまるように副業先の労働時間を短縮させる――。

この2つの処置をとることで本業の会社は従来通りの労働時間管理をすればよく、もし社員の申告漏れや虚偽申告を行った場合は、副業先での超過労働で上限時間を超えても本業の企業の責任は問われないことにする。以上について現在、厚生労働省の審議会で検討されている。多少、企業側に都合のよい考え方であるが、もし実現すれば労働時間通算の負担は減ることになるだろう。

それによりこれまで障害となっていた企業の懸念事項が解消されることで副業を容認する企業が一挙に加速することは間違いないだろう。

「キャリアの自立」がキーワードに

加えて、今回のコロナ禍のリモートワークによって働く人の意識も変わり、副業ニーズはこれまで以上に高まっている。エンワールド・ジャパンの「新型コロナ禍におけるキャリア・転職意識調査」(2020年5月19日~21日、4636人)によると、新型コロナウイルス感染症の流行拡大によって「今後のキャリアや転職についての意識が大きく変化した」・「少し変化した」の合計は74%。どのように意識が変わったかについて、多かった回答は「リモートワークが中心となる新しい働き方を希望」(51%)、「個人の能力・スキルアップへの意欲向上」(46%)、「会社に依存した働き方への不安」(40%)、「副業・ダブルワーク等により副収入を増加したい」(34%)――などである(複数回答)。

共通するキーワードは「キャリア自立への目覚め」だ。従来の時間や場所に縛られた働き方ではなく、リモートワーク中心の自由度の高い働き方を志向し、その中で能力やスキルアップを目指す。その有力な選択肢としてスキルアップと同時に本業だけに頼らない収入を得る副業をやりたい――とも読み取れる。

成果の出ない社員を副業人材に置き換える時代へ

一方、企業側もウィズコロナを前提に日立製作所、富士通をはじめリモートワーク中心の働き方に転換する大手企業も増えている。リモートワークという自由度の高い働き方を認めるということは、当然、副業にも寛容にならざるをえない。結果的に「リモート+副業」という働き方が今後普及していくだろう。その典型はこの10月からリモートワークを恒久化するヤフーだ。すでに副業を容認しているが、新たに7月15日、同社で副業として働く人材約100人の募集を開始した。

そうなると今後、働き方だけではなく、収入も大きく変化するだろう。直近では多くの企業で夏のボーナスは大幅減となった。また、冬のボーナスや来年夏のボーナスはリーマン・ショック時以来の記録的な減少になると見るエコノミストも多い。加えて、緊急事態宣言下を含むリモートワークを反映し、残業代も減少しているが、今後も給与の補てんとしての残業代は期待できない時代になる。

さらに言えば、リモートワーク中心の自由度の高い働き方を認めるということは、結果的に「目に見える成果」に応じて給与を支払うことであり、従来型の年功的賃金体系は消失していくだろう。同時に「成果を出せない」人は会社から退出を迫られるという「雇用の柔軟化」も益々進行するだろう。たとえばヤフーが新たに募集する副業人材は「業務委託契約」での働き方になる。多くの企業が副業人材を採用するようになると、中には成果の出せない社員を副業人材に置き換えるという動きが出てきてもおかしくはない。

ビジネスパーソンにとっては否が応でも「キャリアの自立」が求められる時代に突入する。