※本稿は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)の一部を再編集したものです。
労働経済学で激しい議論がつづく「男女の競争」の研究
男女の社会的な性差を示す「ジェンダーギャップ指数」で日本は121位と世界最低クラスだが、男女平等がもっとも進んだ北欧諸国でも女性の平均的な収入は男性より低い。#MeToo運動発祥の地アメリカでも、政治家や企業の役員になる女性は男性より少なく、ヒラリー・クリントンは「ガラスの天井」と批判した。
男女がかんぜんに平等なら、収入も経営者の数も同じになるはずだ。──こう考えるのなら、法律上は平等でも「見えない差別」があるのだから、それを変えていかなくてはならない。
それに対して、競争に対する志向にちがいがあるとしたらどうだろう。
男は競争を好み、女は競争を避ける?
あるひとは競争が大好きで、寝る間も惜しんで働くのを生きがいにしている。別のひとは競争に興味がなく、趣味に没頭したり、家族と過ごす時間の方がずっと大切だ。その結果、この2人の収入に差がついたとしても、誰もこれを「差別」とは思わないだろう。
やっかいなのは、さまざまな調査で、「男は競争を好み、女は競争を避ける」という結果が出ていることだ。だとすれば、男女の「格差」は本人の自由な選択の結果ということになる。すなわち、なんの問題もないのだ。
どちらが正しいかはいまだ論争が続いているが、ここでは2012年に発表された研究を紹介しよう。
実験では男女の被験者が2人ずつ、計4人の組になってひとつの実験室で数学ゲームの問題を解いた。
図表1‐Aは、時間制限のある状況で、正解数に応じて報酬が支払われた場合の成績分布だ。プレッシャーはかかるものの、被験者は相手のことを気にせず問題に集中すればいい(競争のない条件)。
高得点者には男性が多いが、平均点は男が5.17、女が5.11で統計的に有意な差はなかった。
図表1‐Bは、同じ数学ゲームを、もっとも正解数の多い者が報酬を総取りするトーナント方式に変えたものだ(競争のある条件)。
驚くべきことに、こちらの平均は男が6.31、女が2.39と大きく異なる。ゲームに競争を導入したことで、男の点数は上がり、女の点数は逆に大きく下がったのだ。同様の結果は、日本を含む先進国で繰り返し確認されている。
これは進化論的には、次のように説明できる。
ヒトの脳のOSが設計された旧石器時代には、男は「狩猟者」で、仲間と競争しながら素早い判断で獲物を仕留めるように進化した。それに対して女は「採集者」で、仲間と協力しながら、食用になる植物を慎重に選ぶよう進化した。
これはかなり説得力のある仮説で、多くのひとが同意するだろう。するとここから、「ステレオタイプの内面化」という現象が起こる。
この実験では、男性ペアと女性ペアに同じ部屋で問題を解かせた。この状況では、被験者はごく自然に自分の性別を意識するだろう。すると無意識のうちに、「自分は男だから競争なら有利だ」とか、「わたしは女で数学が苦手だ」と考え、それが結果に反映してしまうのだ。──ステレオタイプの負の効果は、白人と黒人の生徒をひとつのクラスに集めて問題を解かせる実験で、「黒人」であると意識させただけで成績が下がることでも示されている。
数学ゲームが終わると、コンピュータ画面に自分の点数が表示されるが、他の3人の得点や順位はわからない。それにもかかわらず被験者に、「次は出来高払いとトーナメント方式のいずれかを選べます。どうしますか?」と訊くと、男の44%が競争を選んだのに対し、女はわずか19%だった。女は競争を避けるのだ。
この結果に対しては、母系制の伝統的社会では女が競争を好み、男が競争を嫌うという反論もあって、すべてが生得的なものだということはできない。しかしそれでも(ステレオタイプをなくしていくのは大事だとしても)、「本人が嫌がることを無理にやらせるのはおかしい」との主張を否定するのは難しいだろう。
しかし、話はここから面白くなる。
男女の性差を生み出すのは、競争ではなくプレッシャー
これまでの研究では主に数学ゲームで男女の性差が調べられたが、今回の実験では、同じ条件で言語ゲームも行なわれた。
図表2‐Aは競争条件のない言語ゲームの結果だが、平均は男が12.91、女が14.91で男女の成績が逆転している。高得点者が女性であるのも目を引く。
図表2‐Bは競争条件のある言語ゲームで、平均は男が9.76、女は11.83で、女性被験者が競争によって不利になるようなことはない。出来高払いとトーナメントのどちらを選ぶかの質問でも、男の39%に対し、女の30%が競争を好んだ。
これは、「女は言語的能力が高い」という別のステレオタイプがあるからだろう。だからこそ女性被験者は自信を持ち、競争にも積極的になったのだ。
それ以外にもこの実験は、いくつか興味深い「男女のちがい」を教えてくれる。
時間制限をゆるめたプレッシャーのかからない条件で数学ゲームを行なうと、女性の方が成績が上がり、男女の得点差は縮まった。さらに、女性被験者がトーナメント(競争)に参加する率がほぼ倍になった。
プレッシャーのかからない言語ゲームでは、女性被験者の成績は大幅に上がり、トーナメントの勝者の72%を占めるまでになった。女性が競争に参加する率もやはり倍になっている。
時間の余裕があると、女性はそれを正答を増やす(一つひとつの問題をていねいに解く)ことに使うのに対し、男性はより多く問題を解こうとして、結果として誤答が増える。これは、男女の性差を生み出すのが「競争」ではなく、過度の「プレッシャー」であることを示唆している。
女性活躍の鍵は、不要な圧力の排除
男はより大きな報酬を求めて、プレッシャーのかかる状況でも積極的にリスクを取りにいく。その典型がウォール街のトレーダーで、成功者のほとんどは男性だ。だがアナウンサーやレポーターなど、プレッシャーがかかる状況で言語的タスクをこなさなければならない仕事では、女性も互角以上に能力を発揮できる。
より重要なのは、じつはこうしたハイプレッシャーの仕事はごく一部しかないことだ。現代の大半の仕事はロープレッシャーで、そこではジェンダーギャップはほとんどなくなる。
女性に「活躍」してほしいなら、職場や仕事でセクハラやモラハラ、パワハラなどの無意味な圧力をかけないようにすることが大事なようだ。
37 Olga Shurchkov(2012)Under Pressure: Gender Differences in Output Quality and Quantity under Competition and Time Constraints, Journal of the European Economic Association