※本稿は武神健之『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
習慣1:最悪のシナリオを想定している
人は予想していないことや想定外のことに「(強い)影響」(インパクト)を受けやすく、想定内の出来事に比べ大きなストレスを感じます。
自分に想定外のことが起こったとき、学生時代から優等生で失敗や挫折の経験がなかったり、職場で“できる人”と言われている人たちが予想以上のストレスを感じているケースを、私は産業医としてたくさん見てきました。
一方、想定外の事態においても比較的ストレスに悩まされない人たちは、このような状況に上手に対処する「構える」習慣を持っています。
では、どうすればいいのか。物事に対して「最悪のシナリオ」を想定するようにすればいいのです。そうすることで、万が一大変な事態が起こってしまったときも、事前に最悪の状況を考えているため、ショックを和らげ、ストレスを軽減できます。たとえば「急に病気になったら?」「突然、会社が倒産したら?」など最悪のケースを想定し構えておけば、イザというときに必要以上にショックを受けず、上手に対処できることでしょう。
構える習慣を持っている人は、仕事、人間関係、お金、健康、住居など想定外の事態を定期的に想定していることが多く、「想定内の範囲が広い」という特徴を持っています。
ベストシナリオとワーストシナリオを想定
これだけ聞くと、「あらゆる状況に対して、すべてのパターンを想定するなんて、無理だ」と思われるかもしれませんが、A、B、C、D、E……というように起こり得るあらゆるパターンを想定すべきということではありません。そもそも変化の激しい時代に、すべてのパターンを考え、対応するのは不可能です。
ポイントは、そうなったら嬉しい「ベストシナリオ」と、最悪の事態である「ワーストシナリオ」をしっかりと考え、その間にくる想定内の幅を広げること。たとえば、私のクライアントは外資系企業が多いのですが、中途採用者の大半は、入社時に「外資系は給料は高いけど、結果を出さないと、いつでも会社都合でクビになり得る」ということを覚悟して入ってきます。
その覚悟を忘れずに「構える」ことができている人は、定期的に自分の履歴書を更新し、自分の客観的市場評価や、年俸を含めた転職の可能性を見直しています。だからこそ、ワーストケースとなった場合でも、即座に次のアクションを起こすことができるのです。
復職初日にクビを宣告されたケース
働き方改革の始まるずっと前、とある会社の部門長クラスにOさんという方がいました。もともとかなりのハードワーカーで、部下たちにも同じようなハードワークを求めすぎた結果、彼の部下から過労による不調者が出た後、彼自身もまた燃え尽き、休職となってしまいました。
1年後、ようやく復職したのですが、出社初日、人事部に呼ばれ、なんとその場で、「あなたのための席はもうない」と伝えられたというのです。たまたま翌日面談があった私はその事実を知り、非常に驚いたことを記憶していますが、もっと驚いたのは、彼自身がそのことを覚悟していたことでした。
彼くらいの役職レベルになると、会社に「席はない」と言われたときはすんなりと身を引くべきという暗黙の了解があるそうで、「ショックはあったが、予想と覚悟はしていたので、そのまま帰り道に履歴書を購入しました。今日はこれから転職業者さんたちと面接に行きます」と、話してくれたのです。
想定外について、事前にしっかりと構えて、ショックを受けすぎずに、しっかりと対処する──。まさにそのことを実践していた彼のメンタルタフネスにあっぱれと感心したものですが、彼はその後、とある会社の重役をやっていると風の便りに聞きました。
しかし、Oさんのように「構える」ことができているケースは稀で、外資系であっても多くの方は入社して数年もすると、入社当初の覚悟を忘れてしまいます。高い年収に合わせて生活レベルを上げてしまい、もはや収入のためにその会社で働き続けなくてはならない人、結果を出し続けるための自己研鑽を忘れてしまった人となってしまうのです。そして、会社の業績が傾き、人員削減が行われ、声が掛かると、「こんなはずではなかった……」と、いとも簡単に心が折れてしまうのを私も何度か目にしてきました。
習慣2:時間、空間、五感を区切る
人はストレス状況が続いたり、終わりが見えないとき、ストレスをより大きく感じます。そうした状況に対処するためには、自分の緊張した気持ちを弛緩(リラックス)させる習慣を身につけるとよいでしょう。
休み時間、休日、休暇をしっかりとるのはもちろんのこと、マラソン選手が喉が渇く前に給水する地点を決めているように、あらかじめ“休み”を確保し、それに合わせて仕事のスケジュールを組む。または、オフのときには、海や山、高層ビルの展望ラウンジなど、会社や家庭などの日常空間から距離をとれるところに行くことで、非日常感を味わえば、日頃の緊張を和らげることができます。
好きな音楽や絵画や景色を堪能したり、アロマテラピーやグルメ、温泉でリラックスするなど、気持ちを弛緩させるための「オフタイム」をとり、メリハリをつけることが重要なのです。
ストレスに悩まされない人たちは、ストレスの持続する期間を意図的に区切り、緊張という感情を上手に断ち切ることができています。
この「区切る」には、主に3つあります。以下、「時間を区切る」「空間を区切る」「五感を区切る」方法を順番に見ていきましょう。
時間を区切る
時間を区切るというのは、ストレスの原因に直接働きかけるのではなく、休憩時間や休暇を積極的に取り入れることを意味しています。疲れてから時間を区切るのではなく、疲れる前にあらかじめ休憩や休暇の予定を入れるようにしましょう。事前に長期休暇の予定を入れておくことで、1~2カ月前くらいから少しずつ気分がウキウキする経験をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、「あらかじめ予定する」のがポイントです。
この時間を区切るという習慣は、実は誰もが日常的にやっていることでもあります。意識ることができます。
するしないにかかわらず、日中働いている人であれば、昼食時にはランチタイムと称して時間を区切っていますし、コーヒーやお茶を飲むなど、休憩を挟むケースもあるでしょう。このように時間を区切ることで、仕事の緊張感を一時的に解きほぐすことができているのです。
時間を区切ることは、ストレスの「持続期間」を区切る効果があります。長期間で「区切る」場合は、1カ月先でも、3カ月先でもいいので、来月の遊びの予定を決めたり、夏季休暇のレジャーや楽しいイベントの予定を立てましょう。日常生活を送りながらも、「区切り」が明確になり、そこまでがんばるモチベーション(動機づけ)にもつながるのです。
空間を区切る
2つめは、ストレスや緊張のある場所(会社)から空間的な距離をとることで、連続する緊張状態を区切る手法です。
たとえば、社員食堂でお昼を食べるよりも、会社の外のほうが気分転換になります。休日に自宅でゆっくりするよりも、郊外にドライブに行き日常生活から距離を置くことで、自分の状況を冷静かつ客観的・俯瞰的に考えることができるのです。
遠くに行くのは難しいという方は、会社帰りに展望台などの高いところに登り、垂直方向に空間を区切ってみてはいかがでしょうか。
五感を区切る
3つめは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という五感に変化を与えることで、緊張した気分を区切る方法です。人間の感情は、五感に大きく影響を受けています。だからこそ、五感を刺激する=“区切る”ことによって気分転換をすることはとても重要になってきます。
たとえば、壁にかかった絵画や観葉植物を眺める(視覚)、音楽を聴く(聴覚)、アロマを焚く(嗅覚)、甘いものやエスニック料理を食べる(味覚)、温泉につかる(触覚)などの行為を通じて、緊張を和らげたり、気分を変えるというのは、多くの人が無意識にやっていることです。
ここで紹介した習慣をすでにお持ちであれば、今後はよりいっそう意識的に、自分のコンディションをいい状態に保つための「区切る」習慣として、ストレスを溜める前にやってみてください。先述したように、マラソン選手はベストコンディションで走り切るために喉が渇く前に水を飲みます。みなさんも疲れてから休むのではなく、疲れる前にあらかじめ「区切る」を実行すると、より効果を実感できるはずです。
習慣3:身体を使う
不安とは、「未来」に対する「恐怖」であり、「漠然」としたものです。ここでは、“恐怖”という感情に着目し、上手に対処している人たちの習慣をご紹介します。恐怖は人が持つ原始的な感情です。ですから、ヘビに出くわしたらギョッとしてしまうように、どんなに備えていても恐怖を感じてしまうのは仕方がないのです。そして恐怖を感じたとき、身体は緊張します。
大切なのは、この緊張した気持ち、硬くなった身体、縮こまった筋肉などをどのようにほぐすか、リラックスするかです。不安に上手に対処できている人たちは、その都度、身体を使うことで、緊張を緩和しています。その代表的な身体の使い方は3つあります。
①有酸素運動やリズム運動
水泳、ジョギング、エアロビクスなどの有酸素運動や一定のリズムを伴う運動をすると、脳内でセロトニンが増加すると言われています。セロトニンはハッピーホルモンとも言われ、近年、多くのうつ病患者の脳内で不足していることがわかり、注目が集まっている神経伝達物質です。セロトニンには心身の緊張を和らげる働きもあり、これが増えることにより恐怖で緊張した気持ちを落ち着かせてくれているのかもしれません。
たとえば、ガムを嚙むのもリズム運動の1つ。よくメジャーリーグの選手が試合中にガムを嚙んでいるのを見かけますが、嚙むことで不安や緊張を紛らわせているのでしょう。
②100メートルダッシュ、筋トレなど強めの運動
人は何かの行動に集中しているとき、他のことに悩んでいる暇はありません。ダッシュをしているときに、昨日の喧嘩のことは思い出せませんし、腕立て伏せをしている最中に、明日の会議のことを考えるのは、なかなか難しいことです。つまり、強めの運動をしているとき、人は不安なことを忘れているのです。
また、強めの運動負荷で筋肉がダメージを受けると、その修復のために成長ホルモンやアドレナリンなど、抗ストレスホルモンが多く分泌されます。そして壊れた身体(筋肉)を修復したり、負荷に対する耐性をつくってくれたりします。
強めの運動負荷で積極的に抗ストレスホルモンを出し、緊張した身体を修復し、さらに耐性をつける。不安に悩まない人たちは、意識するしないにかかわらず、こうした習慣を持っているのです。
③身体を動かさずに、その場でできる静止運動
たとえば、瞑想や深呼吸をしているとき、人は自律神経の副交感神経が優位になります。そのとき、緊張時に優位になる交感神経は活動が抑えられるのです。
瞑想や深呼吸の他にも、姿勢を正したり、笑ったり、動作や姿勢、表情を意識することも、静止運動に含まれます。姿勢を正すと気持ちがシャキッとしたり、口角を上げると気分が上向いたりと、姿勢や表情を意識して変えるだけで気分が変わってくるということは、誰にでも経験があることだと思います。他にも最近では「笑いヨガ」なども普及してきており、笑うことの効果が広く知られるようになりました。
中でも私が個人的におすすめしたいのは、「上を向く」ことです。すぐに実践できて効果も抜群です。電車やエレベータ内など、最近は少し時間があると下を向いてスマホをいじっている人を数多く見かけます。道を歩いているときなどに、試しに空を見上げてみてください。人は上を向きながらだとなかなか憂鬱な気分にはなれないものです。