サッポロビールでは、緊急事態宣言が出された1週間後に、消費者とのオンライン飲み会を実施。約100人が参加した。ユーザー参加型のオンライン商品開発には、社長自らも参加。そこまでユーザーのコミュニティを重要視する理由とは――。
ビジネス企業チームのブレーンストーミング
※写真はイメージです(写真=iStock.com/Business)

緊急事態宣言後、すぐにオンライン飲み会を開催

新型コロナウイルスの影響で、今春はテレワークを導入する企業が急増。皆さんの中にも、ZoomやSkypeなどの「Web会議システム」、通称「オンライン会議」を初めて体験した人が多かったのではないでしょうか。

ある調査によると、Web会議システムの利用率は、昨年(2019年)12月末の段階では44%と半数以下だったのに対し、今年4月末には63%に拡大。わずか4カ月で、利用率は2割も上昇しました(20年5月「MM総研」調べ)。これと呼応するように、自宅からアルコール飲料を片手に参加する、いわゆる「オンライン飲み会」も急増したと言われています。

そんな中、政府による緊急事態宣言の発令(4月7日)からわずか約1週間後に、早々と消費者への「オンライン飲み会」を仕掛けたのが、サッポロビール。同社はなぜ、それほど素早く「オンライン」を提案できたのでしょう?

サッポロビールが、初めてユーザーとの「オンライン飲み会」を実施したのは、4月16日。使用したシステムは、ZoomやSkypeではなく、Remo社が提供する「Remo Conference(通称・リモ)」でした。

「オンライン飲み会の開催にあたって、弊社のメールマガジン読者のほか、グルメアプリ「KitchHike(キッチハイク)」に登録する男女などに対し、事前に参加募集を告知。参加決定した方々に、リモのURLをお送りしました」と同・新規事業開拓室の土代裕也さん。

キッチハイクは、おもに「食べ歩き」を趣味にする人たちが好んで利用するアプリ。7年前に設立されたスタートアップ企業で、社員はわずか十数人ですが、今年1月の段階でユーザー数が10万人を突破するなど、若い世代を中心に人気を呼んでいます。

最大の特徴は、食の創り手と食べ手がつながれるイベントが、多数開催されていること。飲食店やシェアキッチン、イベント会場などに食に興味のあるユーザーが集まり、「同じ釜の飯」を共に楽しめるという、画期的なシステムです。

見たこともないユニークな商品を開発したい

2年前(2018年)の1月、このアプリの存在を知り、「面白い!」とひらめいたのが、先の土代さん。さっそく、キッチハイクの共同代表・山本雅也さんに面談を申し込み、「一緒に、ワクワクするような消費者コミュニティを創りませんか?」と声をかけました。

「これまでのビール開発を振り返ると、ほとんどが「創る(造る)人」と「飲む人」「売る人」の三者が、分離している状態だった。でもこれからはその垣根をなくし、プロではない一般のユーザー(飲む人)が開発に関わることで、見たこともないユニークな商品が生まれると思ったのです」

そう、土代さんが目指したのは、創る人と飲む人、売る人が三位一体となり、斬新なアイデアや商品を「共創」できるコミュニティ。そこから極小ロットでビール(試作品)を造れるようなプロジェクトとして、その年(2018年)の秋にキッチハイクと立ち上げたのが「HOPPIN’GARAGE」でした。

1年半の間に寄せられた新ビールのアイデアは400以上

4月に開催された「オンライン飲み会」の実現も、HOPPIN’GARAGEのようなコミュニティが既にあったからこそ。「実は、当初予定していたリアルの飲み会を、(新型コロナの影響で)急きょオンラインに切り替えたのです」(土代さん)。

4月に開催されたオンライン飲み会。画像提供=サッポロビール
4月に開催されたオンライン飲み会。画像提供=サッポロビール

立ち上げから約1年半の間に、HOPPIN’GARAGEが開催したイベントは、480件超にも達していました。参加者はのべ5000人、新たなビールのアイデアも400以上集まっていたと言います。

4月のオンライン飲み会当日、飲み会専用のリモの前には、一般の男女約100人が集結。

そしてなんと、「あの著名人」までもが、飛び入り参加したというのです。

社長が「フツーのおじさん」として参加

4月16日、HOPPIN’GARAGEが開催したオンライン飲み会は、まず全3種類から成る「新発売のビール」の発表会(ライブ配信)からスタートしました。参加者全員が、同ビール1ケース(12本)を事前に購入(配送済)。発表会後の「飲み会」は、そのビールで乾杯することから始まったそうです。

オンライン飲み会で発表された新商品3種
オンライン飲み会で発表された新商品3種。写真提供=サッポロビール

参加者は、土代さんのようなサッポロビール社員や一般の男女、また新ビールの企画(アイデア)の発案者や、それを1つの商品に仕上げた醸造担当者など……。

そこに、途中から「あの著名人」が映り込んできました。サッポロビール代表取締役、髙島英也社長です。

髙島社長は、「以前、『黒ラベル』のデザインTシャツで通勤していた」との逸話もあるほど、愛社精神が強いとされる人物。そんな社長が「HOPPIN’GARAGEの動向を気にしているらしいよ」と聞いていた土代さんは、試しにメールで「よかったら、社長もオンライン飲み会に参加しませんか?」と誘ってみたとのこと。

「でもまさか、本当に参加してくれるとは(笑)」。一般の参加者も、飲み会の最中は、誰もが「(失礼ながら)フツーのおじさん」だと思っていたようです。

その存在が明かされたのは、飲み会の終盤。土代さんが、「最後に、本日参加した社長の髙島からコメントを……」とアナウンスすると、一同から「えーっ!?」と驚きの声があがったとのこと。無理もないですよね。

あんこ味のビールが欲しい!

6月末現在、「HOPPIN’GARAGE」に寄せられた400超のアイデアのうち、試作品として造られたビールはすでに16種。そのうち、ネットを通じて一般にも販売する「商品化」にまで至ったビールも5種あり、「程度の差こそあれ、試作したすべてのビールは、量産化の可能性も視野に入れて考えています」と土代さん。

例えば、アラサーのキャリア女性が発案した「わたしはあんこびーる。」。クラフトビールにハマる一方、甘いモノも大好きだという彼女は、「武装せず、ありのままの自分になれるような、癒し系のビールが欲しい」との思いで、あんこ味のビールのアイデアを寄せたそうです。

この奇抜な企画を、土代さんらは「ビールのプロからは、絶対に出ないアイデア」だとして採用。その後、「あんこのパウダー(市販品)を使えば、開発しやすいのでは?」や「意外に、麦芽の香りが活かせる味なのでは?」などと議論を重ね、19年6月に試作品が完成したといいます。

消費者コミュニティ維持には困難も

一般に、こうした「消費者参加型」の開発手法が脚光を浴びるようになったのは、10年ほど前から。趣味やライフスタイルに特化したサイトやSNS、アプリ等が、参加型のコミュニティを築き上げ、商品開発に取り組むようになったころからです。

その草分けともいえるのが00年、Web上に「ものづくりコミュニティ」を立ち上げた、無印良品(良品計画)。同Webは「持ち運べるあかり」など、一般に「あったらいいな」と思う商品を消費者と共に開発し続け、14年には「IDEA PARK」の名でコミュニティをリニューアル。いまも同Web上では、ユーザーによる熱いコメントが投稿され続けています。

一方で、一度はこうしたコミュニティを立ち上げながらも、運営を休止してしまった企業も数多い。私も複数の企業と協業経験がありますが、消費者コミュニティは日々の運用に手間がかかる反面、そこで生まれた商品が必ずしもヒットするとは限りません。

社内の「階級の壁」を越えた商品開発が可能に

だからこそ、社長や役員クラスのトップレベルが認めてくれないと、なかなか続けられない。その意味でも、社長みずからがそのコミュニティに参加してくれたのは、大きいですよね。

土代さんが所属する部署(新規事業開拓室)は社長直結で、だからこそ直接メールで誘いやすかったとも言えるでしょう。ただ、「もし飲み会が『オンライン』でなくリアルの場で行われていたら、あれほど気軽には誘えなかったと思う」と彼はいいます。

そう、オンラインには、「創る人と飲む人、売る人」だけでなく、「一般社員と管理職、社長」といった階級の壁を超える力もある。オンライン飲み会第2弾(6月30日開催)
も社内外に好評で、当日100人超の参加者に披露された「HOPPIN' GARAGE おつかれ山(さん)ビール」は、初回準備分(600セット)がなんと即日完売。翌朝のAmazonの全ビール類ランキングでも、「第2位」を記録したといいます(7月1日午前10時時点)。

初めはやむを得ないきっかけで始まった同社のオンライン飲み会ですが、実は予想以上に大きな「破壊力」を備えていたようです。