働き方の3大変化
コロナショックで雇用環境が確実に悪化している。2008年のリーマンショック時は製造業を中心に非正規切り、続いて正社員のリストラが間を置かずに始まり、09年後半には徐々に正常に戻り始めたが、今回は様相が異なる。
まず、観光・旅行、宿泊、飲食、小売と消費者に身近な産業の雇用に打撃を与え、今は中小製造業に波及し、さらには世界的な需要不足で大企業にも影響を与えることが確実視され、いまだ先が見えない状況にある。決定的な違いは08年の金融危機対策は各国の莫大な財政出動が処方箋になったが、今回は処方箋のワクチンの開発が不確実な中で新型コロナの感染に怯えながらの経済活動を強いられていることだ。
さらにコロナを契機にこれまでのワークスタイルを一変させる動きも起こっている。緊急事態制限下の出社制限で始まったリモートワーク(在宅勤務)をベースに、すでに以下のような新たな動きが始まっている。
②スライド勤務(時差通勤)
③オフィスのフリーアドレス化
この3つは、社員の働き方の自由度を高める施策として、コロナ発生前から一部の企業で始まっていたが、一挙に加速しつつある。日立製作所は緊急事態宣言解除後も7月まで出社率3割を継続し、来年4月以降は5割の出社率にとどめることを表明している。富士通、キリンホールディングスも同様にテレワーク主体の勤務体制を継続することにしている。
保守的な企業でも「全員が揃って出社」は過去のものに
大手住宅関連メーカーの人事担当者も「緊急事態宣言解除後は、社員の40%が在宅、60%が出社という方針に切り替えた。つまり週5日のうち3日が出社日、2日が在宅という組み合わせに変わった。部署内で出勤日を調整し、全員が出社することのないように調整している」と語る。同時に同社は満員電車を避けるために②の時差通勤も導入した。
「朝出勤したら出勤時間を入力し、ホワイトボードに本日は何時から何時までの勤務と、スライド勤務がわかるように書かせている。勝手に4時に帰ったら、具合でも悪いのかなと心配してしまうので。社員全員の在宅勤務は初めての経験。週2日在宅でしかも出退勤が自由というのは、もともと保守的な企業風土では考えられなかったことだ」(人事担当者)
ヨーロッパの企業では部署の社員全員が集まる日はほとんどないと、現地の駐在経験者に聞いたことがあるが日本でも現実化している。全員が揃って定時に出社するという企業文化が、コロナを契機に過去のものになりつつあるようだ。
この状態をコロナが収束しても続けていくかについては社内でも議論があるらしい。しかし「とくに子育て中の女性からは圧倒的に好評。技術系の設計部門の女性でも、自宅に設計機器を持ち込めば図面の作成ができる。優秀な女性の獲得はもちろん、社員の定着を考えると、この流れは止められないだろう」(人事担当者)と指摘する。実際にパーソル総合研究所のテレワーク実態調査(5月29日~6月2日)でも、テレワーク実施者の69.4%がテレワーク継続を希望している。
在宅勤務者が増えると、当然社員一人につき一つの机はいらなくなる。③の共有の執務スペースとするフリーアドレスを導入する企業は増えていくだろう。三井物産も6月に稼働した新本社はフリーアドレスを導入している。社員にとっても四六時中、上司と顔を突き合わせていたくないだろうし、自分の好きなスペースで仕事ができることをありがたいと思う人も多いだろう。
転居を伴う転勤も減らすことが可能に
こうした働き方が定着すれば、さらに以下のような働き方も普通になるかもしれない。
⑤ワーケーション(リゾート地などで働きながら休暇取得を行う)の実現
海外や全国に拠点を持つ企業では出張や転勤は必須だが、今回のコロナ禍で出張は原則禁止となった。そのためWebを駆使しながら社内会議や取引先との商談なども実施された。緊急事態とはいえ、意外にWebの有効性を確認した企業も多い。
今後は必要不可欠な出張に限定されるだろう。また、転勤も現場での実践経験など若手社員の育成を目的にしたものは継続されるだろうが、工場長、支店長、営業所長、管理部門長などマネジメントを担う人たちは、Webと定期的な出張を行うだけでよく、転居を伴う転勤は極力減るのではないか。たとえば外資系IT企業のシンガポール・日本・韓国の人事責任者を兼務していた人からかつてこんな話を聞いたことがある。
「自宅はシンガポールにあったが、日本と韓国の人事部門の会議や部下の面談はテレビ会議でやっていた。日本法人の人事制度改革や解決すべき課題が発生した場合は、現地に飛んで問題の処理に当たっている。必ずしも常駐しなければいけないというものではない。ただし、問われるのは、各国の文化・風土を受容する多様性と常に部下を掌握するなどマネジメント力だ。それさえしっかりしていれば問題はない」
海外でもできるなら、国内の異動の範囲なら転勤の必要はないかもしれない。ただし、部下の状況を把握し、的確な指示ができるマネジメント能力が必要なことは言うまでもない。
また、⑤のワーケーションにしても、在宅勤務が恒常化すれば、会社の特別休暇と有給休暇、そして仕事を組み合わせて国内外のリゾート地での長期休暇の取得も可能になるだろう。全員が揃って出社し、全員が一斉に特別休暇の夏季休暇や冬期休暇を取得するという風習がなくなれば、特別休暇を個人の休暇に充てることもできる。
以上の働き方の変化は社員にとっては理想的といえるものだろう。しかし、そうした働き方は一方では企業にとってもメリットがあるものでなければならず、企業がそれを追求しすぎると社員にデメリットをもたらす可能性もある。企業のメリットと、懸念される点は以下のようものである。
光熱費、PC購入代……「柔軟な働き方」で損していないか
②オフィスの廃止と賃料負担の削減→在宅勤務に伴う通信費・光熱費など自己負担発生
③残業代の廃止・縮小
④「成果主義」評価の強化→年功給・諸手当の廃止
在宅勤務が多くなれば、通勤定期代を払うのは割高になる。企業としては出社した分を払えばコスト削減になる。実際に原則在宅勤務にしている企業の中には実費精算に切り替えたところもある。一カ月数万円の定期代の負担の削減だけではなく、もう一つのメリットもある。実は通勤手当は報酬と見なされ、通勤手当込みの報酬月額に対して一定率の公的年金保険料や健康保険料などの社会保険料を企業は支払う必要がある(労使折半)。
つまり通勤手当がなくなる分だけ企業の支払う社会保険料は軽減されることになる。一方、従業員は将来受け取る公的年金が目減りすることになる。
さらにコスト削減で大きいのは②のオフィスの賃料である。例えば都心の3フロアの事務所を1フロアにすれば大幅なコスト削減になる。もともとテレワークのメリットとしてオフィスコストの削減や車で通勤する駐車場コストの削減が指摘されていたが、すでにそうした動きが加速している。このこと自体は在宅勤務というメリットを享受できる社員とコスト削減できる企業がウィン・ウィンの関係といえるかもしれない。
ただし、それは社員がオフィス勤務で得られていたサービスを在宅でも得られるという前提があっての話だ。つまり在宅勤務に必要なパソコンや機材などのイニシャルコストと通信費・光熱費などのランニングコストを企業が負担してくれるのかということだ。損害保険ジャパンの「働き方に関する意識調査」(5月1日~2日)によると、在宅勤務にあたり約2割がOA機器などの物品を購入し、購入金額の平均は6万7550円。また、楽天インサイトの「在宅勤務に関する調査」(4月10日~12日)では在宅勤務で困ったこととして「光熱費や通信費がかさむ」と答えた人が24.5%、女性は37.4%に上る。これらの費用を企業が負担しなければ決してウィン・ウィンとは言えないだろう。
「在宅勤務中の残業は原則禁止」の問題点
在宅勤務に関しては別の懸念もある。東京労働相談センターにはテレワーク中のIT企業の今年4月入社の新入社員から「社長から事務所の賃貸料も定期代も必要ないから事務所を閉鎖し、全部テレワークに切り替えるというメールがあった。どうすればよいか」という相談が舞い込んだという。同センターの柴田和啓所長は「在宅勤務させることのうま味を知った経営者も少なくない。今後は極端に言うと雇用しない、つまり社会保険料を支払わないですむ個人請負化に走る経営者も出てくるかもしれない」と指摘する。つまり、社員を労働者として雇用するのではなく、個人事業主として業務委託契約を結び、使用者責任を免れる企業が出てくる可能性もあるという。
また、在宅勤務であっても企業は厳格な労働時間管理が求められる。当然オフィスと同様に所定労働時間を超えて働けば残業代を支払う必要がある。前出の損害保険ジャパンの調査によると、残業時間は「変わらない」が35.7%、「以前より増えた」が10.5%。計46.2%が残業している。
しかし、在宅勤務中の残業は原則禁止、あるいは許可制にしている企業も少なくない。その理由は、厚生労働省のテレワークガイドライン(2018年3月)で「テレワークを行う際の時間外・休日・深夜労働の原則禁止」を謳い、残業する場合は許可制にすることを就業規則に明記することを求めているからだ。
サービス残業を放置しておくと、時間外労働の罰則付き上限規制(大企業は2019年4月、中小企業は20年4月1日施行)違反のみならず在宅勤務による過重労働問題に発展しかねない。
許可制の場合、「在宅勤務をさせてもらっている」という負い目から残業申請をしないでサービス残業をしている可能性もあるし、成果による評価が進むことで真面目で優秀なタイプの人材ほど成果を出すためにオーバーワークになる危険性も指摘されている。オフィス勤務時でもサービス残業は問題になっていたが、在宅勤務になるとさらに増える恐れもあるのだ。
社員の健康を守るには「残業を原則禁止」とするのではなく、貸与したPCやタブレット端末と勤怠管理システムを連動させて従業員の仕事ぶりを把握し、長時間労働を是正することと同時に、やむをえない残業を認めていく柔軟な姿勢も必要だ。たとえばリコーは今年3月に就業規則を変更。従来は1日1時間までとしていた在宅勤務の残業時間の上限を撤廃している。同様にベネッセコーポレーションも原則残業禁止のルールを撤廃している。
労働者個人としては、自分の健康のためにもこれまで以上に時間内に成果を出すことを意識すること、場合によっては業務量の相談をしていくことなどが、一層大切になる。
自律的な働き方と正当な権利主張が必要に
最後に④の成果主義はより強まるだろう。社員の行動が見えにくい在宅勤務で問われるのは、一定期間内に指示された業務をこなしたかという「目に見える成果」である。じつは在宅勤務中心の働き方に合わせて「ジョブ型」人事制度に移行する企業が徐々に増えている。日立製作所も来年4月から一般社員層に導入する。
欧米で主流のジョブ型はあらかじめ職務内容を細かく規定した「職務定義書」(ジョブディスクリプション)を社員に明示し、職務の達成度合いを評価する仕組みだ。社員の行動が見えにくい在宅勤務はジョブ型と相性がよいという利点があり、欧米で在宅勤務が機能している理由の一つになっている。ジョブ型になれば、仕事と関係のない家族手当、住宅手当などの属人手当が支払われないのが一般的だ。
そうなると給与を増やすには今まで以上に成果を重視した働き方が求められるが、この点、プライベートとの両立などで限られた時間で成果を上げることを意識してきた女性にとっては、むしろ有利になるとみることもできるだろう。
在宅勤務中心の働き方はメリットだけではなく、リスクも伴う。「時間と場所にとらわれない自由度の高い働き方」を実現するには、在宅勤務に伴う費用や残業代、成果への正当な報酬を含めて得られるべき権利は堂々と会社に主張すること、同時に目標達成のための自律的な働き方がより一層求められるだろう。