Withコロナの時代、誰も答えを持たないVUCAと呼ばれる状況の中、しかも目の前にいないことも多い部下をどのように育てていけばいいのだろうか。新入社員や育成担当者向けの研修開発をしているリクルートマネジメントソリューションズの桑原正義さんに聞いた。
着席してメモをとる女性
※写真はイメージです(写真=iStock.com/west)

新人育成にも大転換が必要

昨今、私たちのビジネス環境は「VUCA(※)」と表現されます。「不確実性が高く、正解がない」というVUCAな状況は、新型コロナウイルスの登場で一気に加速しました。これまではどこか「対岸の火事」のように感じていた人も含め、誰にとっても差し迫った事態になったのです。

新人の育て方やマネジメントも、これまでのやり方だけでは限界があり、大きな転換が求められています。

まず、組織の一員として身に付けるべき力そのものが変化しています。世の中が激変しているわけですから、新人に対して過去のビジネス経験に基づいた知識や常識を教えることの妥当性が低くなっているのです。

このような時代に新人育成で重視すべき力は、“トライ(Try)”と“ラーン(Learn)”のふたつと考えています。

答えは上司もお客様もわからない

「どうすればいいですか?」と聞かれたら、答えを教えるのではなく「私も、こうすればよいという明確なことはわからない。お客さまも同じだと思う。どうしたらいいと思う?」と、自ら考えてトライするよう促すのです。

また、トライできたとしても、すぐに成果が出るわけではありません。特にVUCA的な環境において、大切なのは目先の成果よりもそこから何をラーンするかです。「結果が出なくても今はOK。そこから次に活かせる学びをひとつでもつかんで、またやってみればいいんだよ」ということを伝える必要があります。

トライとラーンを繰り返して積み重ねていけば、不確実性の高い時代であっても必ず成長し、周囲の信頼を得ることができる――。新人の間にこういう意識を育んでいくことが重要だと思います

※VUCA……Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をとった造語。

1.“答え”を欲しがる部下の自発性を引き出す方法

若い人たちは、知りたいことがあればすぐにインターネットで調べることができ、欲しいものを効率的に手に入れることに慣れています。やったことのないことに挑戦して失敗するのは不安だし、非効率だと考える人も多いです。

上司も、昔なら自分の経験を基に方針を示し、上意下達でやっていくのが効率的でした。そのようなリーダーシップを取れるのが優秀なマネジャーと評価されたのです。

でも今は、上司の言うことを聞く人ばかり育てていたら組織はたちゆかなくなってしまいます。つまりマネジャーと新人双方が、大きなパラダイムチェンジを迫られているのです。

まずは失敗しないやり方を知りたいと思う新人たちにトライとラーンの習慣を身に付けさせるために、マネジャーは何ができるでしょうか。

ひとつには、部下の自発性を引き出す工夫です。正解を教えるのではなく、自ら考えてトライ&ラーンをするためのサポートをするのです。

新人に、いきなり「考えてやってごらん」と言っても動けないかもしれません。そんなとき、How(どうやってやるか)を教えてはいけません。その代わり、その仕事が必要な理由(Why)や目的(Goal)について考えるようにアドバイスするなど、考えるための“視点”を提供するのは一案です。意味を感じるかどうかは、自発の大きなきっかけになると思います。

また、新人が考えたりトライしたりすることについて、上司が口をはさむと忖度そんたくが生まれ、本人の率直で素直な思考や感情が出しづらくなります。上司からの働きかけは「問いかけ」にとどめ、本人の考えと決定を尊重するようにしましょう。

2.結果を求めずナイストライを評価する

先にもお伝えしたとおり、新人のトライにすぐ結果を求めてはいけません。まずは上司の側が、「結果がすぐ出せないとダメ」というパラダイムから脱却しましょう。

評価の際は、「なにができたか」ではなく「どれだけトライしたか」を見るのです。「できたかどうか」を評価するのであれば、誰もトライしなくなってしまいますからね。

野球に例えるなら、新入社員には、利き腕だった右投げから、未経験の左投げに変わるのと同じくらい大きな変化が求められているのです。そんな状況でも上達するのは、最初はいいボールが投げられなくても、恥ずかしがらずに投げ続け、そこからコツをつかもうとする姿勢がある人です。

その時はいいボールでなくても、その姿勢に対して「ナイストライ」と言ったり、工夫している点を見て「さっきよりも良くなったね」と声をかけたり、「どうしたらもっと速い球を投げられると思う?」と問いかけて自分で考えさせることで、新人は「自分で考え、行動する」ことができるようになってきます。考えてやってみた結果、“ナイスボール”が出たら、本人のなかから「こうやっていけばいいんだ」という内発的なエネルギーがわいてくるでしょう。そのようなサイクルを作る支援をすることが、マネジャーに求められています。

なお、あくまで自分の経験ですが、女性のほうが、このような伴走型のマネジメントスタイルを得意とする人が多いようです。われわれの調査でも、女性マネジャーは男性マネジャーに比べて部下のコンディションや気持ちの変化などをよく見ていて、仕事の結果よりもプロセスを重視して指導する傾向にあることが分かっています。自分もそういうタイプだと思う方は、マネジャーだから管理しなきゃと思わず、自然体で新人に接すればうまくいくのではないでしょうか。

3.若手が素を出しやすいデジタルツールを活用

今の新人育成においてもうひとつ欠かせないのが、デジタルツールの活用です。

新型コロナウイルスの影響で、今年は新入社員研修をオンラインで実施した会社も多いでしょう。今後OJTの段階になっても、基礎知識や正解のあるノウハウについては、動画やウェブ学習コンテンツなどを用意して「これを見ておいて」「こういうふうにやって」というのが効率的です。新人は都合の良いタイミングで学習できますし、分からないところは何度も繰り返し見られます。

一方で、実際に仕事をしてみた後に「どうだった?」と振り返りをするときは、上司のサポートが必要です。新人が「うまくできたと思う」と言えば、「どの部分が良かったの?」「この点についてはどう思う?」といろいろな切り口から考えさせるのです。このようなリフレクションをするときに、新人は一番成長します。ビデオ会議ツールなどを使ってもできますので、新人との対話の時間を必ずとるようにしましょう。

オンラインのほうが本音が出しやすい若者も

なお、若い人たちは、上司や先輩に直接声をかけるのは苦手だけれどオンライン上でのやり取りは慣れていてそちらの方が、素が出せるというタイプが意外と多い印象です。

職場で直接「調子はどう?」と聞くと「大丈夫です」と返してくる人も、チャットで聞いてみると「ちょっと分からないことがありまして」とか「悩んでいます」と言いやすい可能性があります。

また、相談や進捗報告などがしたくても、タイミングを見計らって上司に声をかけることに難しさを感じる新人は多いものです。オンラインツールを活用し、「定期的にこのフォーマットで報告してと指示しておけば、新人は安心して相談や報告ができ、マネジャーも部下の様子が把握しやすく、双方にメリットがあります。

ただ、オンラインでのやり取りができていれば全く会わなくても仕事ができるようになるかというと、それも難しいでしょう。

オンラインで素が出せることと、信頼関係が作れるということはイコールではありません。同じ組織の一員として協力しあえる関係になるには、リアルな協働体験を積んだり、仕事以外のことも含めて雑談をしたりということの積み重ねも必要なのではないかと思います。

Withコロナ時代のマネジャーには、オンラインを使ったコミュニケーションと、対面でのそれを、目的に応じて使い分けていく力も求められていると言えるでしょう。