領主が農民から年貢をとる封建制、絶対君主が東インド会社とタッグを組んだ重商主義、資本家が競争社会をつくり上げた産業革命……、経済史はそのときどきの権力者が紡ぎだす“欲望のドラマ”であることは前回、解説したとおり。今回はそういった経済史を背景に生まれた経済学説についてお話ししましょう。
複数の本を抱えながら、そのうちの1冊を読みながら秋の公園を歩く女性
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18世紀は「古典派経済学」全盛。「マルクス経済学」が19世紀に台頭

18世紀から19世紀初頭、産業革命が起こったころに出てきたのがアダム・スミス(イギリス/1723~90)です。いわゆる経済学の祖。その学説は「古典派経済学」といわれます。著書『国富論』(1776)では、労総生産性を高める“分業理論”や労働こそが商品の交換価値を測る尺度とする“労働価値説”を説いています。

そこから自由放任の考えが出てきましたが、自由放任だと勝つ人と負ける人が出てくる。その負ける側の立場に立ったのが、社会主義思想で有名な「マルクス経済学」のカール・ハインリヒ・マルクス(ドイツ/1818~83)です。その著書『資本論』(1867)は、革命の書と思われがちですが、実は資本主義を科学的に分析した書。機械化の発展によるリスクを説き、いずれ労働者が資本家を倒すというシナリオを展開しました。

経済学に数字を取り入れた「新古典派経済学」が登場

「いくら汗水たらして働いて作っても、誰もそれを欲しがらなければ価値がない」と消費者の満足度に照らして主張したのが、19世紀末に登場したマリ・エスプリ・レオン・ワルラス(フランス/1834~1910)。希少性と満足度の兼ね合いで、商品価値は変動する“限界効用理論”を説いたのは『純粋経済学要論』(1874)。市場は影響を与え合いながら均衡すると主張しました。

ワルラスと同様に、アルフレッド・マーシャル(イギリス/1842~1924)も、現実からかけ離れた理論を「単なるひまつぶし」と一刀両断し、「新古典派経済学」を開きました。『経済学原理』(1890)では、一時的均衡、短期均衡、長期均衡、超長期均衡という4つの変化を前提に、市場は変化するもの=動態的なものととらえました。

マクロ経済を確立させた20世紀を代表する学説「ケインズ経済学」

20世紀になると、マルクスと似たような考えのジョン・メイナード・ケインズ(イギリス/1883~1946)が登場します。そう「ケインズ経済学」と呼ばれるマクロ経済を確立させた重要人物です。しかし、ケインズは資本主義を否定したというより、自由放任を否定した。困った人がいっぱいいるときは、政府が助ける経済をつくろうと主張しました。

マクロ経済学を学ぶなら『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)が基本の一冊。失業をなくすためには、不況のときこそ、政府が介入して、有効需要をつくるべきであることが記されています。

こうしたケインズのやり方の矛盾をついたのが、シカゴ派のドンと呼ばれるミルトン・フリードマン(アメリカ/1912~2006)です。政府の裁量的な経済政策はやめて、どんな景気のときもお金の量を計算して、それだけで経済政策はすませればいい。いわゆる「マネタリズム」を発展させた人です。『資本主義と自由』(1962)では、“新自由主義”や“小さな政府”などで、グローバル化を加速させ、通貨供給量を法制化することを提示しました。

アベノミクスにも影響を与えた!?「ニューケインジアン」

その後、ケインズのようにガチガチに公共事業をやるわけじゃないけれど、フリードマンみたいに極端なやり方もやめよう、と「ニューケインジアン」と呼ばれるジョセフ・ユージン・スティグリッツ(アメリカ/1943~)やポール・ロビン・クルーグマン(アメリカ/1953~)が出てきました。格差をグローバル化させたフリードマンの批判者として有名です。

スティグリッツは『入門経済学』(1993)で、市場経済が健全に機能しない原因は、売り手と買い手の情報量に違いがあるからと指摘しています。

またクルーグマンは、経済に重要なのは“生産性”“所得分配”“失業”、と『クルーグマン教授の経済入門』(1990)で定義。それが改善されない理由を解説しています。アベノミクスにも影響を与えた学説として有名ですね。

人間って弱い生き物?「アニマルスピリット」は人を軸に展開

振り返ってみると、古典派から新古典派と呼ばれる経済学の人々は「欲望は忠実に動くはず」「値段が上がったら買わないはず」といった合理的なプレーヤーしか設定していませんが、21世紀には合理的なプレーヤーでない人を設定し、人間の弱さに焦点をあてないと経済を見誤ってしまいますよ、というアニマルスピリットという考え方が登場します。

ジョージ・アーサー・アカロフ(アメリカ/1940~)とロバート・ジェイムズ・シラー(アメリカ/1946~)は、著書『アニマルスピリット』(2009)で、安心、公平さ、腐敗と背信、貨幣錯覚、物語といった5つの側面から、人間の奥底に眠る不合理な感情で市場は動くと論じました。

アダム・スミスに始まる経済学説には、現在のビジネスにつながるヒントがたくさん詰まっています。次回は、さまざまな経済学説はどうビジネスに活かせるか、そんな視点でお話しします。