コロナウイルスの感染拡大を機に、在宅勤務を推進する企業が増えていますけれど、初めての在宅勤務には混乱もつきもの。昭和型企業が陥りがちな「残念なリモートワーク」の解消法を、ソニックガーデン倉貫義人社長に聞きました。
若い女性が自宅からTV会議に参加
※写真はイメージです(写真=iStock.com/itakayuki)

ハンコを押すために危険を冒して出社……

当社では、2011年の創業時からリモートワークを導入しています。その後もこの新しい働き方に取り組み続け、今では本社オフィスを撤廃し、「全社員リモートワーク」という形で業務を行っています。

リモートワークに関しては、今回のコロナ禍を機に取り組み始めた企業も多いことでしょう。緊急事態宣言などで急な対応を迫られたため、準備不足から混乱が起きている職場も少なくないのではないでしょうか。長年培った業務フローは急な変更が難しく、「通勤を控えたほうがいいのはわかっているが、書類にハンコを押すために出社せざるを得ない」という声もよく聞きます。

何の準備もなくリモートワークが始まった場合、まず起きるのは自宅に仕事をする環境が整っていないことによる混乱です。家にPCがない、仕事用の部屋や机がない、会社のPCがデスクトップ型で持ち帰れないといった問題のほか、若い人では自宅にネット環境がないことも。出社して働くことが大前提になっている会社では、まずここが大きな「つまずきポイント」になりそうです。

“在宅組”と“出社組”に分かれることの弊害

次に起きやすいのは、“在宅組”と“出社組”が混在する状態が続くこと。これが長引くと、両者の間にコミュニケーションの断絶が起きやすくなり、ミスや生産性低下につながっていく場合があります。このとき出社組になりやすいのが、比較的年配で勤務歴が20〜30年と長く、上層部の立場にある人々。

こうした人々は、仕事といえば出社するのが当たり前という環境の中でずっと働いてきたわけですから、若い人に比べて在宅勤務に抵抗を感じがちです。また、勤務歴が長いぶん立場も上で、プロジェクトなどに許可を出す、つまりハンコを押す機会も少なくありません。

それ自体は決して悪いことではありませんが、現在の状況を考えると「出社しないと仕事にならない」という意識は切り替える必要があるでしょう。なぜなら、上司が出社すると部下もつい出社してしまいがちになるからです。

例えば、上司が「君たちは在宅勤務をしてもいいよ」と言ったとします。でも、当の本人が出社を続けていたら、部下は忖度そんたくを働かせて在宅勤務に気兼ねを感じるようになってしまいます。部下が残業している上司に気兼ねして、帰りにくくなるのと同じですね。

上司が部下に「〜してもいいよ」と許可する形では、在宅勤務を選択した部下に不要な気兼ねが生まれてしまいます。そうすると、リモートワークにまつわる課題やその解決策も、部下からは提案しにくくなるのです。

「在宅してもいいよ」と言う上司がダメな理由

ひとつ例を挙げてみましょう。リモートワークでよく使われるTV会議は、在宅組1人対出社組1人ならいいのですが、出社組が同じ会議室にいる複数人で、かつPCが1台だけとなると、途端にやりにくくなります。これはWebカメラの性能にもよりますが、在宅組からは誰がしゃべっているのかわからない、全員の顔が見えないといった問題が起きてくるからです。

このとき、在宅組が部下で出社組が先輩や上司だったら、部下から「やりにくいのでPCは1人1台を使ってください」とは言いにくいもの。結果、出社組は在宅組のやりにくさに気づけず、皆で解決の手立てを考えることもできなくなってしまいます。

一般的に、在宅組は「リモートワークをさせてもらっている」という意識が強く、出社組に比べて弱い立場にあります。だからこそ、リモートワークは上司や会社全体で一斉に取り組むべきなのです。上層部には、「〜してもいいよ」ではなく「自分がする」という意識が必要だと思います。

始めたばかりのころはトラブルがあって当たり前

当社では2015年に全社員リモートワークを開始しました。でも、社員にそう言いながらも、実は私自身はしばらく出社を続けていたんです。そのせいか、なかなか定着に至らず、しばらくしてから思い切って自分もすべて在宅勤務に切り替えました。

そこで初めて、先ほど言ったTV会議のやりにくさに気づいたのです。「1人対複数って何てやりにくいんだ!」と(笑)。幸いなことに自分は社長でしたから、やりにくいと思ったら忖度なしにどんどん改善していけました。

今は全員リモートワークでスムーズに仕事できていますが、始めた当初はさまざまなつまずきを経験したものです。でも、新しい働き方を取り入れようと思ったらつまずきもあって当然。大事なのはそれをどう共有し、どう改善していくかだと思います。

例えば、自転車に乗ったことのない人が「明日の通勤からは駅まで自転車で行こう」と決意したとします。最初は転んだりしてなかなか進めず、「歩いたほうが速いんじゃない?」と言われることもあるでしょう。でも、練習して乗れるようになったら、歩くより断然速くなる。僕はこれを「自転車理論」と呼んでいるのですが、リモートワークの導入にも同じことが言えると思います。

はじめは問題が起きても、それは練習期間。早々にうまくいかないと決めつけるのではなく、この段階を過ぎれば働きやすさも生産性も以前より向上すると考えて、各企業で前向きに取り組んでいただきたいと思います。

コロナが去ったあとも「出社して当然」には戻らない

「ベンチャーにはできるだろうがうちの会社では無理」「営業は足で稼ぐのが基本」「在宅勤務には子育てや介護などの理由がないとダメ」という上司もいるでしょう。そうした旧来的な考え方の上司を説得するのは難しいもの。でも、そういう人にもその人なりの理由や考え方があるはずです。

リモートワークを全社に広げたいのに上司の理解がなくて困っている──。そんな人は、上司の考え方をしっかり理解した上で話し合いにのぞみ、お互いの着地点を探っていくのがベストだと思います。これはコミュニケーションの基本でもあります。

今は出社を控えるのが基本路線ですし、顧客のほうも在宅勤務の導入を進めているはず。それでも出社を強要するようであれば、社員のことを考えていない会社と判断して、転職や独立を考えてもいいと思います。

その意味では、今は会社の考え方が試されている時期でもあります。出社を強要する風潮が続けば優秀な社員は流出していきますから、そうした会社はやがて淘汰されるでしょう。

私は、今の在宅勤務への流れは、コロナが過ぎ去った後も逆行しないと考えています。通勤しない働き方に慣れた人たちが、数カ月後に「今日からは毎日出社してくれ」と言われて何の疑問も持たないとは思えません。

ハンコ文化もそうですね。取引先とのチキンレースになるかもしれませんが、「電子捺印でいきませんか?」と言い出してみる。私は内容にもよりますがコロナ以前から取材や打ち合わせをZoomでやりませんかと提案してきました。いいですよと応じてくれることが多くなっていたんです。

今回のコロナ禍は、日本の企業が長年の習慣として続けてきた「出社して当然」という働き方を見つめ直す大きな機会になると思います。