2011年3月に起きた東日本大震災は、人びとの心理にも大きな影響を与え、その後の消費動向は大きく変化した。では、今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、消費者心理はどのように変化するだろうか? 行動経済学に詳しいマーケティングライターの牛窪恵さんと脳科学者の中野信子さんの緊急対談・第5弾。

「つながり消費」を生んだ震災

【中野】こうした危機的な状況だと、市場の様相はどのように変化するものでしょうか?

【牛窪】近年の危機的事例では、2011年3月の東日本大震災直後が参考になるかと思いますが、このときには、大切な人々との「つながり」を重視する傾向が強まり、家族との外食や旅行消費、つまり「思い出消費」が増えました。

マーケティングライターの牛窪 恵さん
マーケティングライターの牛窪 恵さん

また、儀式的に取引先に贈るお歳暮やお中元のようなフォーマルなギフトではなく、カジュアルで日常的な「プチギフト」が広がったんです。例えば、ポッキー(江崎グリコ)の箱の裏に「ありがとう」とメッセージを書いて贈ったり、チェキ(富士フイルム)というインスタントカメラで刷り出した写真に「大好き」「ズッ友(ずっと友達)」と書いて贈り合うなど。LINEスタンプの大流行も、スマホの普及だけでなく、震災後の心理が大きく関係していると言われます。

危機的な状況では、人とのつながりこそが、いざというときに自分を守ってくれるという心の支えになるのでしょう。不安から解放されたときに、人々の心は明らかに、人とのつながりや絆を重視した消費に向かったんです。

「所有」「独占」の欲求が薄れる

もう1つ顕著だったのは、「コト」消費へのシフトです。もちろん、時代がどんどん飽食化に向かい、消費者が「欲しいモノはない」と感じるようになった背景はありますが、「ミニマリスト」や「こんまり(片付けコンサルタントの近藤麻理恵さん)」ブームのように、モノを所有しないことが時代の潮流にもなった。津波で家具や家電、クルマが次々と流される映像を観て、多くの人は「モノははかない」とも感じたのでしょう。

健康関連の消費も伸びました。加圧トレーニングや、ライザップのようなパーソナルトレーニング、体幹トレーニング、スムージーなどで「体の中からキレイに、健やかになろう」といった動きも加速。やはり「いざというときに頼れるのは自分」「体が資本」といった心理も働いたと思います。

いい情報はみんなでシェアしたい

また2013年以降、フリマアプリに人気が集まったほか、シェアやレンタルなど、みんなで使う・分かち合うといったシェアリングエコノミー市場が急速に拡大しました。もちろん、スマホやSNS普及のほか、「より安く買いたい」「モノを所有したくない」という意識もあったでしょうが、「自分が持つモノの価値をほかの人にも伝えたい」「認めてもらいたい」という、「伝承欲求」や「承認欲求」が高まったからだとも言われます。

【中野】なるほど。おもしろいですね。

【牛窪】今の10代、20代は、男性でもお得な情報をすぐほかの人とシェアするんですよ。「お得な情報があれば、みんなで共有して幸せになりたい」という気持ちが強い。一方、上の年代の、特に男性は、お得な情報は内緒にする。「隠れ家」「オレだけが知っている」ということがステータスで、仕事上で価値を持つうえ、「ほかの人が来て混んだらイヤだから」「オレの特等席だから」という「オレだけ」欲求もあります。

マーケティングライターの牛窪 恵さんと、脳科学者の中野信子さん

【中野】わかるわかる(笑)

特に若い人の間では、所有や独占の欲求が低下しているんですね。

【牛窪】そうなんです。恋愛のプライオリティが低い理由も、一つはそこですよね。「所有する/彼氏・彼女としてステディーな関係になると、デートやプレゼントで関係性を維持するなど“メンテナンス”が必要になり、面倒」というわけです。

【中野】車も買わないし、家も買わない……。その“体験”が手に入ればいい。

東日本大震災の経験が影響したのは否めないと思います。火災や津波によって、モノが一瞬でなくなってしまうところを目の当たりにしたわけですよね。モノを所有することに対する考え方はかなり変わったのではないでしょうか。

「モノ」よりも「失われない資産」へ

【中野】今、このお話をしていて思い出したのは、在外華僑・華人に多い客家(ハッカ)系中国人やユダヤ人の教育のあり方です。彼らは資産を、モノよりも、教育につぎ込むんですよね。例えば、アメリカ・ニューヨーク州の比較的豊かな町、スカースデールで行われた調査によると、ユダヤ人家庭は非ユダヤ人家庭に比べて、1.3倍を教育費に使っています。客家系中国人にも同様の傾向があると思います。

【牛窪】それはやはり、過去の苦い経験によるものなのでしょうか?

【中野】客家系は移民が多いですし、ユダヤ人もディアスポラ(民族離散)を経験していて移民が多い。どこに行っても迫害されたり社会的排除に遭ったりする可能性がありました。何があっても換金できる資産が教育です。失われない資産として、教育を身に付けさせようという意識が働いているのでしょうね。これは「コト消費」と構造的にはよく似ているように思います。「思い出」は、失われることがない資産ですから。

東日本大震災は、モノの価値に疑問を抱かせるような出来事だったと思うんですが、感染症の場合はどちらに向かうのでしょうか? モノへの執着が強くなるのか、それとも、ますます「見えないもの」に志向するようになるのか……。

ポストコロナは、さらに「コト消費」へ

【牛窪】2000年以降、14年と19年に2回の消費税増税が行われました。その際、いずれも日常的な支出、とくに食費と通信費をとことん抑える一方で、特別な目的や記念日にはドンとお金を使うという「メリハリ消費」が顕著になりました。

また、世代的にはバブル世代が50代になり、子育てから手が離れて「再び自分のために消費したい」という「バブルアゲイン」欲求を膨らませています。景気がある程度回復した段階では、ハレとケで言う「ハレ消費」や高額消費も、少なからず戻ってくるはずです。

ただ、この世代にインタビュー調査をしてみると、その消費欲求の対象はモノには向かっておらず、圧倒的に「旅行」でした。男性ではクルマにお金をかけたいとの声も多少見られますが、女性はモノに殆ど固執していない。ですから、新型コロナが収束して旅行需要が戻ってこないと、個人消費の継続的な伸びは相当厳しいでしょうね。

【中野】だとすると、今後も消費がモノに向かうことは、なかなかなさそうですね。

【牛窪】おそらく、「新しいモノが欲しい」という欲求は、下がり続けると思います。

新型コロナの渦中にある今は、あれほど環境配慮に尽力していたスターバックスコーヒーまでもが、一時的に紙カップやプラスチック食器利用へと切り替えました。ですが、事態が落ち着き「アフターコロナ」を迎えれば、再び海洋プラスチックごみの削減や、SDGs(持続可能な開発目標)に注目が集まり、「一つのモノを大事に使おう」という意識が強くなるはずです。フリマアプリに象徴されるように、C2Cでモノの流通は増えても、新商品購入の価値は上がらない気がします。

「付加価値のある嗜好品」だけが生き残る

脳科学者の中野信子さん
脳科学者の中野信子さん

【中野】日常で使うものは、費用は安く抑え、レンタルやシェアなどで、できるだけモノを消費しないような形になるのでしょうから、お金を使うのは、「これでないとダメ」といういわば嗜好品的な価値に対して、となる可能性がやはり高いんでしょうか。

【牛窪】ますます、付加価値が高いものしか残りにくい時代になるでしょう。

鉄道各社は、JR九州の「ななつ星in九州」の成功を受け、JR西日本が「トワイライトエクスプレス瑞風」、JR東日本が「トランスイート四季島」と、豪華クルーズトレインを世に送り出しました。いずれも、人口減少やテレワーク増で乗降客数の激減が見込まれる中、席数を大胆に減らしてスペースをゆったり取り、付加価値を上げることで単価をグッと引き上げるビジネスモデルです。

ホテルも、近年はインバウンドの増加で部屋数を増やす傾向にありましたが、その前はJRと同様、部屋を広く豪華な造りにして単価を上げる動きが目立ちました。メリハリ消費の時代には、普段使いでなく特別な消費であることを印象づけないと、得てして価格競争に巻き込まれてしまいます。

セブン&アイグループは2013年4月、「もっちりした上質な食感」を売りに、2枚で125円(当時)もする「金の食パン」を発売しました。単純計算では1枚60円以上になるので、明らかに6枚200円の食パンよりは高い。でも今後、1人・2人世帯が主流を占めるようになると、6枚入りを買っても余らせてしまい、「無駄にしちゃった」と罪悪感を覚える人が増えるでしょう。

実は同社は、当時からそれを見越していました。日本は2030~35年の間に、全人口の半数が「おひとりさま」になる(総務省予測)。そこを考えれば、いつまでも5枚、6枚入りの食パンにこだわるより、たとえ1パック当たりの価格は下がっても(200円→125円)、1パックの枚数を減らして(6枚→2枚)1枚あたりの付加価値や単価を上げ、結果的に利益率を上げるビジネスモデルのほうが「おいしい」わけです。

日本企業は、もっと貪欲になっていい

【中野】新型コロナショックは、日本の経済が大きく変わる契機にもなりそうですね。

【牛窪】失礼ながら、ここ数年の日本はインバウンドに頼り過ぎていた感がありました。私は財政諮問会議のレポートなどで、これまでに何度も「インバウンド消費と日本人のそれとを、きちんと分けて消費分析すべきだ」と申し上げてきました。自分自身もそうなのですが、人間は弱いもので、ラクに結果(売上目標)を達成できる値が用意されれば、ついそこに頼りたくなってしまう。そうなると、本質的な問題を見逃してしまいます。

ですが今回、くしくもインバウンド消費が激減しました。これをポジティブに捉えれば、日本人による内需を見直す、いい契機になると思います。

また、日本企業はもっと貪欲になっていいと思うのです。今回のコロナショックによるテレワークで、ピンチをチャンスに変えて急伸したビデオ会議システムは、残念ながら「Zoom」と「Google Hangouts Meet」でした。前者は、中国出身の起業家エリック・ヤン氏がシリコンバレーで起業した会社のもの、後者は言わずと知れたグーグルのシステムです。日本はこの分野で出遅れてしまいましたよね。

ただ、今回は政府の要請を受けて、シャープが不織布マスクの製造に乗り出しました。理由の一つは、普段ディスプレイパネルを製造する三重の工場が「クリーンルーム」を保有していたからだと言われます。たとえ分野は違っても、従来自社が保有していた資産を別のことに利用すれば、利益拡大も可能になる。マーケティングで「範囲の経済」と言われる考え方です。

中国の自動車メーカーがアッという間にマスク製造に乗り出せたのは、マスクの原料・ポリプロピレンが、自動車に使う防音ウールの原料と同じだったからだそうです。いま一度、社内のリソースを見回して「別の用途に活用できないか」とアイデアを膨らませてみるのもいいと思います。追い込まれたときこそ、良いアイデアが浮かぶのでは?

斬新なアイデアは切羽詰まったときに出る

【中野】そうですね。切羽詰まった状況になると判断力が上がるという研究もあります。

ちょっと笑えるんですけど、トイレを我慢している時に、賢い選択がなされやすいというデータもあるんですよ。

【牛窪】えー! そうなんですか⁉

【中野】リラックスしすぎているときには、実は人間の知的能力は発揮されにくい。ある程度の危機感がある上でしかも適度なリラックス状態があるというときに、クリエーティビティも、判断能力もアップするようなんです。今は大変な危機にありますが、こういうときに「しか」出てこない発想というのがきっとあるはずです。変革の時代を賢く生き延びたいですね。