松本晃さんは、当時ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人社長であった2001年から約20年にわたって、同社や会長兼CEOを務めたカルビーなどでダイバーシティを推進してきた。日本企業で女性活躍を推進するカギ、難しさ、そして日本を変えるためのヒントについて聞いた。

20年間、昇進を辞退した女性はいなかった

僕がダイバーシティというテーマに取り組み始めたのは、ジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人社長であった2001年からです。あるグローバルの会議で突然、ボスにこう言われました。「アキラ、日本の管理職は男性ばかりじゃないか。なぜ女性を登用しないんだ?」

ラディクールジャパン代表取締役会長CEO 松本 晃さん
ラディクールジャパン代表取締役会長CEO 松本 晃さん

僕は素直ですからね。「そう言われてみると確かにそうだ」と思ったんです。当時から、ジョンソン・エンド・ジョンソンの他の国の役員や管理職には女性がたくさんいましたから。それですぐに「やる」と決めて、実行に移しました。

それから約20年間ダイバーシティの推進をしてきましたが、「管理職に」と声を掛けた女性の中で、断った人は1人もいません。

女性は、責任と報酬のバランスが取れていれば、管理職のポストを受けます。ところが、日本企業の給与制度は報酬が低くてもポジションにつきたがる「日本男性仕様」になっているので、管理職になっても役職手当が1万円や2万円付くだけ。しかも、残業代が減るので、昇進するとトータルの給料は減ることもあります。女性は賢いですから、そんな条件なら管理職になりません。管理職の責任に見合った報酬にしないといけません。払うものをきちんと払えば、女性は管理職を引き受けるのです。

一方男性は、役職手当1万円で給料のトータルが減っても、喜んで管理職になる。お金よりも、権力や肩書の方が好きなんです。名刺も大好きです。定年退職した後も、相変わらず名刺を持って歩いているのは男性だけ。男の最大の名誉は勲章をもらうことで、それが最後の花道です。男ってかわいらしいでしょう? 女性の方が現実的です。

「女性はえらくなりたがらない」は、真っ赤なウソ

ダイバーシティ推進は、どこの会社も「やる」とは言います。でも、よく聞くのが「やりたいけど、管理職に適した女性人材がいない」「女性はえらくなりたがらない」という話。どちらも真っ赤なウソです。

とにかく男性は、既得権を手放すのがイヤなんです。女性を登用すれば、自分が今持っている肩書や権力が脅かされるかもしれない。優秀な人はそんな心配をしませんが、能力がない男性は、優秀な女性が管理職に登用されたらはじき出される可能性があります。だからこうしたウソのエクスキューズ(言い訳)をして、ダイバーシティ推進をしないわけです。

トップがやれば、抵抗できない

結局、トップ次第だと思います。トップが強い意志を持たないと、ダイバーシティは変わりません。下から変えようとしても無理です。

私はジョンソン・エンド・ジョンソンでもカルビーでも、いつまでに何をどれだけ実現するか、目標を決めてどんどん進めました。反発する人には「イヤなら辞めたら?」でした。トップが「ダイバーシティを推進する」と言えば反論できないでしょう。「女性を登用すると自分のポストを取られるからイヤだ」とは言えませんからね。

ジョンソン・エンド・ジョンソンでもダイバーシティを進めましたが、それはまだ完璧とは言えませんでした。女性の登用はしましたが、女性が活躍できる環境を作るための制度は完璧ではなかった。しかしカルビーでは、日本企業としては珍しく、環境を作るために制度まで変えました。会長就任翌年の2010年4月にわずか11人、全体の5.9%しかいなかった女性管理職は、辞めた年の2018年4月には73人に増え、比率は26.4%になりました。結婚や出産で辞める女性もほとんどいなくなりました。

カルビーの女性管理職が急に減少

でもその間、不愉快な思いをしていた男性はたくさんいたんでしょうね。

僕が辞めた後、カルビーでは一気に反動が出ているようです。僕が会長の時代に登用した女性が降格させられたりしている。また、退職者も増えているそうです。女性管理職比率も、それまではずっと上がり続けていたのに、僕が辞めた後の2019年4月には4.1ポイントも下がって22.3%になったと聞いています。人数にすると63人になって、10人も減ったそうです。

「松本がいる間はおとなしくしておこう。辞めたらもとに戻してやろう」と思っていた人がいたんじゃないでしょうか。なぜ元に戻そうとしたのかを考えると、そういう人たちは、ダイバーシティのお蔭で業績が上がっていたのだとは思っていないことが大きいでしょう。もちろん、業績が上がる理由はそれだけではないのですが、そこの関連性が見えていないのです。

このことに驚きはしていません。ジョンソン・エンド・ジョンソンでも同じようなことが起きましたから。僕が日本法人の社長だったときは、事業本部長の半分弱は女性でしたが、辞めて3、4年経ったらゼロになっていました。男性の嫉妬は本当に怖いです。

女性活躍推進を一過性のブームにしてはいけない

2、3年前に比べると、ダイバーシティ推進の「火」が小さくなってきたように感じています。女性活躍推進に関連するイベントや会議に行ってみると、参加者の数も減ってきているという印象を受けます。しかし、一過性のブームのようにしてしまってはダメです。

数字だけを見ると、女性の雇用は増えていますが、それで喜んでいてはいけません。中身を見ると、増えているのはアルバイトやパートなど、いわゆる「非正規」の雇用です。つまり、夫の給料が減って、働かざるを得ないから働いている。結局世帯年収が増えるわけではないので、個人消費は増えません。

企業は、利益を上げて成長しなくてはなりません。企業が儲かれば社員の給料も上がり、個人消費も増えますから国全体が豊かになる。そして、本当に何度も言いますが、日本企業はダイバーシティを進めないと成長できません。この国を良くしようとしたら、ダイバーシティから始めるしかないんです。

その気になれば、変化は一瞬で訪れる

世界経済フォーラムのレポートでは、世界のジェンダーギャップを解消するには、あと約100年かかると書かれています。もしかしたら結果的に、それくらいかかるかもしれない。でも、突然変わる可能性だってあります。

さすがに121位から、一気に3位になったりはしないでしょう。でも、「何か」をやれば、毎年20ランクくらい上がるように思います。その実行すべき「何か」は、1つだけではないかもしれません。それを見つけて、早く実行するしかありません。

例えば、北欧で実施されたクオータ制など、ヒントはいろいろあります。

「自分が損をするからイヤだ」といってダイバーシティに抵抗している人は、まったくその気がないでしょうが、そうでなく、「変えよう」という気が少しでもあるなら、「何か」さえ見つければ一瞬で実行に移せます。落語の「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなものです。その「風」を探せばいいんです。風が吹けば変わります。