日常のふとしたことから生まれる大ヒット商品
見た瞬間、「こういうのを待ってたのよ!」と思わず小躍りしたくなるような、画期的な新商品。その誕生までには、開発した企業が長年培った独自技術や研究、あるいは他より抜きんでた専門知識などが必要とされそうですよね。
でも実は、そうとは限りません。たとえその企業の得意分野とは違っても、ほんの小さな日常生活の“気づき”から、大きなイノベーションが生まれることもある。
昨年(2019年)の大ヒット商品「ポケトル(POKETLE)」も、ある一人の男性の、本当にふとした気づきから生まれました。そこには元ラガーマンだった体育会系の彼がもつ、驚くほど繊細な“女子力”と、ヒットの秘策が隠れていたのです。
売上は想定の25倍以上
皆さんは、ふだん水やお茶をステンレスのボトルに入れて持ち歩いているかもしれません。ですがその多くは500mL、あるいは300mL前後ではないでしょうか。
ところが、2018年12月に発売された「ポケトル」は、120mLしか入らない超小型のステンレスボトル。保温・保冷機能をしっかり備えながらも、小型&スリム(縦長)でスタイリッシュなデザインは、これまで“ありそうでなかった”新商品と言えるでしょう。
ちょい飲みに適したサイズ感やデザイン性が人気を呼び、19年末には、あるビジネス誌とウェブ(「日経トレンディ」「日経クロストレンド」)による、「2019年ヒット商品ベスト30」にもランクイン。
当初想定したニーズ以外にも、「子どもの習い事の日に持たせやすい」とするママや、「外で常備薬を飲むのにちょうどいい」とするシニアにも喜ばれているようです。20年1月末までの受注件数は、累計でなんと約130万本にも及びます。
「当初は、年間で3~5万本(初期のロット数)ぐらい売れればいいなと思っていました」と話すのは、ポケトルの製造販売元・DESIGN WORKS ANCIENT(京都府向日市)の代表取締役、小林裕介さん。彼こそが、画期的な新商品を企画開発した張本人です。
ペットボトル飲料の飲み残しに罪悪感
きっかけは、小林さんが京都から東京に出張した、ある朝のこと。
前日、京都で500mLのペットボトル飲料(お茶)を買って新幹線に乗車した小林さんでしたが、行った先の東京では、商談時に「どうぞ」と客先の企業がコーヒーやお茶を出してくれる。ありがちな風景ですよね。
夜、宿泊先のホテルに戻ったときにも、ペットボトルにはまだ半分ぐらいのお茶が残っていました。ですが、うっかり冷蔵庫に入れるのを忘れて寝てしまったそうです。
そして翌朝。チェックアウトの際、小林さんは机の上に置きっぱなしだったペットボトルを発見。「あーあ、もったいないけど、もう飲まないな」と罪悪感を覚えながら、捨てる決断をします。衛生面でも不安があったとのこと。
ところが次の瞬間、彼の頭に、ある画期的な考えがひらめいたのです。
大男でも500mLは多すぎるんだから……
「そうか。こんな大男の僕ですら、500mLのペットボトルを余らせてしまう。だったら、世の女性たちも同じように、あるいは僕以上に、罪悪感を感じつつ“残った分”を捨てているシーンがあるのでは?」
朝は1日の準備に追われ、何かと忙しいはず。ですが小林さんは、朝のそのひらめきを無駄にはしませんでした。
その日一日、東京・山手線などを使った移動中に、あるいは駅の自動販売機の前で、おもに女性たちがどのようなシーンで飲料を買い、飲み、持ち歩くペットボトルやステンレスボトルがどれぐらい減っていそうかを、ひたすら「観察(マーケティングで言う、エスノグラフィ)」し続けたのです。
商談の合間の街歩きでも、犬を散歩させたり、ウォーキングしたりするシニア女性が目に入ったとのこと。
「散歩もウォーキングも、せいぜい30分~1時間程度でしょう。彼女たちにとっては、通勤や散歩、ウォーキングなどの際に持ち歩きやすい、つまりバッグやポケットにスッと収まるサイズ感やデザインのほうが、メリットが大きいと確信しました」(小林さん)
誰もが気づきそうで気づかなかった盲点
そこからは、頭の中でどんどん発想を膨らませたと言います。
――東京の通勤時間は、平均で約1時間。最近は、会社など勤務先にウォーターサーバーやコーヒーマシンがあるケースも多い。だとすれば、せいぜい片道(1時間程度)に飲む分の飲料が入れば、帰りの分はどこかで「注ぎ足し」すれば良いのでは?――
――僕でさえ、一度に飲みきれるサイズは、「オロナミンC」(大塚製薬)や「リポビタンD」(大正製薬)程度。ステンレスボトルも、これと同じぐらいの容量(約120mL)で十分なのでは?――
さらに翌日、小林さんは1枚のラフスケッチを書き上げました。その時点で、既にラフには「Pocket+(プラス)Little+Botle=POKETLE」のネーミングが。
同時に、ポケトルの核となる次のコンセプト、すなわち「ポケットに入る日本最小サイズで、必要な分だけ注ぎ足しでき、通勤や散歩の際に便利な商品」であることも、きちんと記されていました。小林さんの「朝の気づき」から、わずか2日後のことです。
社内の反対意見を克服した3つのポイント
もしかすると、こう考える人もいるかもしれません。「小林さんは、自身で起業した会社の代表だから、その企画をすぐ実行に移せたんでしょう」と。
ですがご多分に漏れず、彼の目の前にも、強固な“壁”が立ちふさがっていました。企画を耳にした多くの社員は、「まぁ、一部のニッチな人たちは欲しがるかもしれませんが」や、「この業界(ステンレスボトル)の大手がまだ販売していないってことは、そもそもニーズがないんじゃないですか?」と、一様に後ろ向きだったと言います。
ではどうやって、小林さんはその空気を変えたのか。ポイントはおもに3つ、すなわち「目標期限」の打ち出しと「販売現場」の巻き込み、そして「枠の外に出よう」という前向きな考え方です。
目標期限は、半年後に迫った18年9月開催の「東京インターナショナル・ギフト・ショー(2018秋)」に設定しました。なんとしても、ここにサンプル品を出展する。なぜならポケトルは、販売現場のバイヤーたちに実物を手に取ってもらえてはじめて、気に入ってもらえると確信していたからです。
社員たちは半信半疑ながら、半年後に向け、準備に奔走することになりました。
バイヤーが群がる注目ぶり
そして、運命の9月。小林さんの予想通り、ギフトショーで実物を見たバイヤーは、「これは売れる!」とポケトルの前に群がり、次々と受注に名乗りをあげました。とくに初期のころから熱心だったのは、東急ハンズとLOFT(ロフト)。その誠意と熱意を感じ取った小林さんは、専用の什器を作成し、売場に無料配布する決断をします。
販売現場の巻き込みに成功すると、社員たちの空気も徐々に変わり始めました。
「社長、やりましたね」「売場が、すごいことになってますね」
彼らの中には、小林さんが普段から言い続けていること、すなわち「枠の外に出よう!」という言葉の意味を、噛みしめていたメンバーもいたようです。
「僕たちの会社は、ステンレスボトルの分野では素人でした。でも人は往々にして、長年その業界にいればいるほど、枠の中でしか仕事を考えられなくなる。どうせ無理だろうと、つい『暗黙の自主規制』をかけてしまうんです」と小林さん。
女性のバッグは小型化している
半面、彼自身は、もともと「人と違うモノが欲しい」や「他人にどう思われても構わない」と考えるような、ひねくれ屋だったと言います。元ラガーマンでありながら、昔から裁縫やファッションが好きで、女性のトレンドにも興味があった。
だからこそ、「近年はスマホ一つで決済が行なえるなど、スマホが高機能化したことで、女性の財布やバッグが小型化しているらしい」との情報を掴んでいた小林さん。ポケトルの「超小型」の発想も、そのトレンド情報のベースがあったからこそだと言います。
彼の凄いところは、アンテナ感度だけではありません。「ペットボトル飲料を、余らせて捨てるのがもったいない」という、ほんの小さな気づきを発端に、即座に街中で観察を繰り返し、ラフスケッチを描き上げ、「9月のショーにサンプルを出展する」というマイルストーンを描いた。そして前向きな姿勢で、販売現場や社員を巻き込んでいった。
いわば“女子力”ともいえる、繊細な気づきを得た一方で、体当たりの姿勢でスピーディにどんどん現場を変える実行力を発揮する……。
もちろん、誰にでもできることではありません。でも、いずれか一方であれば、絶対に真似できないことでもない。小林さんの動きやポケトルの大ヒットからは、他の業界や企業も、学ぶことが多いのではないでしょうか。
後発の競合に負けないブランディング戦略
小林さんの頭には、次なるステップのイメージがあります。それは、日本最小ともいえる超ミニボトル「ポケトル」の、さらなるブランディング。
これほどの大ヒット商品ともなれば当然、競合が次々と似たような商品を発売してくるのは必至。次の段階では、「ミニボトルといえば、ポケトル」とのイメージを定着させなければいけない……。彼の予測通り、業界老舗の東亜金属やインテリア雑貨の「KEYUCA(ケユカ)」(河淳)も、既に190mLのスリムなステンレスボトルを発売。今後も、後に続く企業は増えるでしょう。
だからこそ、小林さんは日本だけでなく「海外」にもポケトルのブランド名が拡がるようにと、具体的に動き始めているそうです。
日常のほんの小さな気づきからでも、ヒット商品やイノベーションが生まれることはある。しかも現代は、そのヒットがアッという間に海を渡る時代です。皆さんのちょっとした気づきが、明日の世界的なヒットにつながるかもしれません。