島田由香さんは、働く時間や場所を自分で選べる制度「WAA(ワー)」などを実現してきた人事プロフェッショナル。一貫して自分らしく働くことを追求してきたが、時には落ち込んだり重圧に負けそうになったりしたことも──。
撮影=徳山喜行

企業の本気度が問われるWAAへの取り組み

ユニリーバ・ジャパンは先進的な働き方で知られる。特に、2016年にスタートした「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」は、働く時間や場所を社員自身が決められること、全社員を対象とした人事制度であることなどから大きな注目を集めた。

島田さんはこの制度の発案者であり、導入や運営の旗振り役。当時の社長に「皆を我慢から解放して、最大限の力を発揮できるようにしたい」と熱く訴え、共感と賛同を得て導入にこぎつけた。ちょうど、国が働き方改革を推進し始めていたことも追い風になったという。

「この制度が、当社だけでなく日本中の企業に広まるといいなと思っています。でも、皆さん画期的な制度だと言ってくださるんですが、導入する企業は今も少ないままですね。本気でやろうと思えば絶対できるはずなのに」

キャリアの中で、一貫して人や組織に関わってきた島田さん。WAAへの取り組みが評価され、16年には人事分野に革新をもたらした人を表彰する「HRアワード」も受賞した。人事のプロとして実績を積み重ねてきたからこそ、「絶対できるはず」という言葉には説得力がある。

毎日ワクワクしながら自分らしく働きたい──。多くの会社員が願う理想の働き方を、島田さんはなぜ実現できたのか。きっかけは高校時代にまでさかのぼる。

やりたいことは言えば実現できる

「高校生の時から満員の通勤電車が嫌いだったんです。考えてみれば、皆が同じ時間に一斉に移動しなきゃいけないなんて変ですよね。その違和感は社会に出てからも同じで、ある時『もう我慢したくない!』と思ったんです」

満員電車でエネルギーを消耗してしまったら、仕事に最大限の力は使えず生産性も上がらない。そんな“無駄”は、出社する時間をずらすか、会社以外の場所でも仕事ができれば叶うはず。そう考えた島田さんは、さっそく当時の上司に掛け合った。

この提案は、意外にもすんなり受け入れられたという。普通は新人がそんなことを言えば一蹴されそうなものだが、その頃の勤務先はまだベンチャーだった人材会社のパソナ。自由な社風があり、しかも上司は部下の挑戦をとことん応援してくれる人だった。

「当時の上司には本当に感謝しています。働き方も業務も、こうしたいと言ったことは全部応援してくれました。おかげで『やりたいことは言えば実現できる』と思えるようになり、以降、仕事に対する姿勢のベースになっています」

当時の上司は、今も指標的な存在。折に触れて「あの人みたいな上司になれているかな」と振り返り、自分を見つめ直しているそうだ。

パソナで得た気づきは、ユニリーバでWAAを導入する際の原動力にもなった。それまでも、皆が同じ時間に同じ場所で働く仕組みに疑問を感じていた島田さん。自身が子育て中の働き方に課題を感じたこともあってWAAの構想を練り始め、「言えば実現できる」と信じて提案に踏み切った。

「反対の声もありましたが、今よりもっと楽でワクワクできる働き方がありますよ、皆がもっと力を発揮できて結果的に会社も成長できますよと説得しました。説得の際は、ロジックやデータも駆使しています。私は直感で行動するほうですが、自分がいいビジョンだと信じていても、周りを説得できなければ実現できませんから」

講演などを通して、社外にも「WAA」の魅力を積極的に伝えている

管理職の壁や世間の壁を痛感

一度やりたいと思ったら、実現目指して突き進むタイプ。反対されても、手を替え品を替え説得を続けるため、結果として説得に失敗したことはないのだそう。思うように運ばなかったこともあるが、島田さんはそれを失敗とはとらえない。落ち込みはするものの、すぐ次の一手を考え始めるという。

ただ、今も反省している出来事が2つある。1つめは管理職時代、部下の監督不行き届きを問われた時のこと。最初は、部下の行動でなぜ自分が責められるのかと憤慨したそうだが、さまざまな人と話すうちに「責任を取るってこういうことなんだ」と納得。管理職の責任を甘く見ていた自分を反省した。

2つめは、新卒採用制度「UFLP365(ユニリーバ・フューチャー・リーダーズ・プログラム)」の導入時。従来の新卒一括採用を、大学1年生から通年応募できるようにしたものだ。「若者に早くから自分の将来を考えてほしい」と考えて実現させた制度だったが、世間の反応はまったく違っていた。

プレス発表の翌日、文科省から経団連の就活協定が添付されたメールが。島田さんが担当者と会い、制度に込めた思いやその利点を説明したところ、「100%賛同はできないが」と注釈付きで納得してくれた。

「青田買い目的ととらえる人がいるなんて驚きました。制度自体はいいものでも、世間の反発は予想以上に大きかった。経団連に非加盟とはいえ、新しいことを始めるには配慮が必要なのだなと実感しました」

WAAもUFLP365も、導入は現職に就任してからのことだ。取締役というポジションも、実現の後押しになったのかもしれない。だが、島田さんは望んで取締役になったわけではないと語る。

重圧から救ってくれた息子の言葉

キャリアの中でずっと目指してきたのは、40歳までに人事本部長になることだった。思いが叶った時は心底うれしかったそうだが、昇格を知らされた1週間後、人事本部長になると自動的に取締役の肩書きがつくと聞いてびっくり。驚きとプレッシャーで、帰宅してから「私に取締役なんて無理」と大泣きした。

「そうしたら、当時9歳だった息子が『ママらしくやればいいじゃん、いつも人にそう言ってるじゃん』ってサラッと言ったんですよ。ハッとしました」

「自分らしく」は、島田さんが昔から大切にしてきた言葉。なのに、役員とはこうあるべきという思い込みに振り回されて、自分の軸を見失ってしまっていた。それに気づかせてくれた息子には、今も「ママはあの言葉があったから今があるんだよ」と伝えているという。

ところが、いざ役員会に出てみると次の壁にぶつかった。そんなことも知らないのかと思われるのが怖くて、思うように発言できなかったのだ。言えば実現できると信じて、何事にも本音でぶつかってきたのに「初めてビビっちゃった」と笑いながら振り返る。

だが、ほどなくして「こんなの私らしくない」と気づいた。経営層としてはまだ未熟でも、意見があれば率直に言えばいい、わからないことは聞けばいい。それが自分らしい役員像だと思えるようになり、スッと気が楽になった。

「これから役員になる女性には、どうかリラックスしてと伝えたいですね。周りのおじさんたちにのまれないで(笑)、自分が自分らしく、ハッピーでいられる道を探ってほしいと思います」

現在は、働く場所の選択肢をさらに広げた「地域 de WAA」に取り組んでいる。すでに、全国6つの地域の施設を社員のコワーキングスペースとして活用する仕組みをスタートさせており、将来的には自治体との人材交流や地域の課題解決への貢献も目指す。

社員がワーケーションを積極的に活用できるように全国6つの自治体と連携した。「地域 de WAA」で最初にコワーキングスペースを設けることになった宮崎県・新富町にて

社員一人ひとりが楽しく、いつでもどこでも自分らしく働けるように。島田さんの思いは企業や地域の枠を超えて、大きな広がりを見せ始めている。

■役員の素顔に迫るQ&A

Q 好きな言葉
Be yourself.(自分らしくあれ)

Q 趣味
マイクを持つこと、地域活動
「カラオケや人前で喋ることが大好き。地域活動は趣味から『地域 de WAA』に発展しました」

Q 愛読書
ティール組織』フレデリック・ラルー
アルケミスト』パウロ・コエーリョ

Q Favorite Item
ノート、スマホケース「スケジュール帳とは別に、学びや気づきのメモ用ノートを持ち歩いています。スマホケースは『Do what you love(自分の好きなことをやりなさい)』のメッセージ入り」