トップの思いと女性社員の提言から始まった
―キリンホールディングス―

キリングループの女性活躍推進は、2007年に「キリンウィメンズネットワーク」(通称KWN)を発足したことが大きな転機となった。地域で働く女性社員のネットワークづくりや、女性社員自身が求める充実した働き方、自己成長のありたい姿を考える機会として、会社が創設したのがきっかけだ。

キリンホールディングス 人事総務部 人事担当 堤本圭亮さん

「最初はトップダウンで始動したKWNですが、女性社員が抱える不安や課題、思いを経営陣に直接提言する中で制度や施策が生まれ、今の、多様な人材の発想を創造性の源泉とする風土が根づいたのです」と、キリンホールディングス人事総務部の堤本どてもと圭亮さんは、現在に続く推進力の原点を説明する。

多様性への意識は以前から高かったという同社だが、実はその背景には、ある危機感があったのだという。それまでの飲料業界、特にビール会社は圧倒的に男性社員が多く、まさに男社会。しかし、消費者の半分を占めるのは女性だ。そこで女性のニーズにも対応できる新しい価値をつくり出すために、女性社員がより生き生きと働ける環境を整え、女性視点の活用を進めた。現在では将来グループの基幹人材となる全国転勤型の新入社員も約半数は女性となった。

こうした変化を経た同社が今、主要課題の1つとして掲げているのが、女性リーダー比率の拡大だ。

「13年に策定した長期計画『KWN2021』では、21年に女性リーダーの比率を策定時の3倍となる12.0%へ引き上げる目標を打ち出しています。現時点で8.4%ですが、今ちょうど30代半ばの人たちがリーダーになり始め、さまざまな施策が奏功していると感じます」(堤本さん)

キリンホールディングス 人事総務部 多様性推進室 人事担当 豊福美咲さん

同社で多様性推進に携わる豊福美咲さんは、若手女性への「前倒しのキャリア形成」が、女性リーダーの礎を築く布石になっていると話す。

「女性社員には入社後すぐから少し上の先輩がやっている仕事を任せ、早い段階で得意領域を持ってもらおうという試みです。ライフイベントを迎える前に成功体験を積んでおけば、ライフイベントで中断しても自信を持って復帰できますし、職場も戻ってくる安心感がありますよね」

現実にキャリアデザインやライフイベントに悩み始めた年齢層には、個別に相談できる適格な先輩を会社がマッチングしてくれるメンタリングプログラムも用意されている。

さらに、14年からはプロフェッショナルなビジネスパーソンの育成をめざす研修プログラムとして、「キリンウィメンズカレッジ」を開催。入社6年目から35歳未満の25人を対象に半年間、社外から講師を招いてビジネススキルを学ぶ。

「参加は手上げ制で、応募文の提出とリーダーの推薦状が必要です。グループ会社からも広く参加できるので、狭き門のうえにかなりハードなプログラム。会社も力を入れており、実際にこのカレッジを卒業した女性管理職も増えています」(豊福さん)

施策と意識改革、両輪での推進が鍵

培ったキャリアを断絶させないためには、時間や場所にとらわれずに働ける環境(制度)も重要だ。同社はこれまでにもKWNの提言のもと、ワークライフバランスサポート休暇制度、キャリアリターン制度、在宅勤務制度、別居結婚への支援(月1回の交通費補助)、転勤回避措置制度などのさまざまな制度を新設してきた。特徴的なのは全国転勤が前提の社員・家族を支える制度が多様なこと。結婚しても転勤で別居になる可能性もあるからだ。

「出産・育児、介護、本人・家族の病気を事由に一定期間、転勤を回避できる転勤回避措置制度は、共働き世帯の男性の取得者も少なくありません」(堤本さん)

こうした制度を利用すると、処遇に影響したり昇進が遅れたりすると思われがちだが、堤本さんによれば「一切関係ない」のだそう。また、希望地復帰支援制度という新しい施策も20年4月の復帰時から適用になるという(キリンビールのみ)。

とはいえこれだけ多様な働き方を、受け入れる側の職場はどう受け止めているのか。社員の意識改革に大いに役立っているというのが、「なりキリン ママ・パパ研修」だ。

「『育児』と仕事の両立を想定し、時間制約のある働き方を徹底してもらう研修です。営業職の女性5人が発案した実証実験をもとに、全社展開されるようになりました。現在は『親の介護』『パートナーの病気』という設定も追加されています」(豊福さん)

働き方の基本ルールは1日所定労働時間の7.5時間勤務で残業なし。ただし、配偶者のサポート日が週に1回あり、その日は残業や早朝出勤も可能。このほかベビーシッターに預ける想定で残業できる仕組みもあるが、代金を申告しなければならないという念の入れよう。

「実はこの研修の肝は“突発的な休み”。子どもの発熱など実際にありそうな状況の電話がかかってくると、すぐに帰宅したり、状況によっては翌日休まなくてはいけません。本人が制約のある働き方を体感するだけでなく、周りも突発的な休みに対応できるいい意識改革になっているんです」(豊福さん)

多様性のあるキャリア形成に導く施策はキリンの持ち味といえそうだ。

実体験や模擬体験で多様性を認め合う組織に

キリンビール広域販売推進統括本部の小丸祐子さんは「なりキリン ママ・パパ研修」で「親の介護」を体験した1人。事業所で営業窓口をしている小丸さんは、ほかのメンバーの研修時にフォローができればと真っ先に手を挙げた。

キリンビール 広域販売推進統括本部 営業企画部 小丸祐子さん

その日はいつものように朝9時に出社。エンジンのかかり始めた10時頃、突然、携帯電話が鳴った。

「『親御さんが大きく体調をくずされました。今すぐお越しください』というメッセージが流れてきました。“突発的な休み”です。研修といえども仕事を家に持って帰ることはできないので、急いで仕事を整理して、会社を出たのは1時間後の11時頃でした」

この1時間が慌ただしかった。1日の予定を確認し、当日にやらなければならないことは同僚にていねいに説明してお願いし、そうでないものは先延ばしにすることにした。

「周囲も研修中だと知っているので、『あ、ついに来たんだ』という反応と、『もうこの時間で帰るの?』という反応でしたね(笑)」

小丸さんは帰宅しながら普段から仕事を見える化して、自分の中で整理しておくこと、自分も周りのみんなも備え合うことが大事なのだと感じたという。

家族構成などの話もできる自己開示の時間をつくった

これをきっかけに、事業所では不測の事態に備えて、自分以外のメンバーが互いにどういう働き方をしているのかをわかり合う会が設けられた。また、これまでチャンスのなかった家族構成などの話もできる自己開示の時間をつくったという。

「私も意識が随分変わりました。以前は目の前の仕事に集中しすぎていたのかも。周りを見るようになれたというのが一番の変化ですね」

利用可能な制度の活用と、組織のチーム力で、時間的制約や突発事態に対応していく。それには個々が自律・自走できることが大事なのだと小丸さんは話す。

一方の豊福さんは実際に子育ての真っ最中。18年2人目の育休から復帰した。復帰した当初は育児短時間勤務制度を使い5時間勤務だったが、19年の5月から通常勤務に。でも心配なことが1つあった。

「弊社の場合、3~5年に1回が異動の目安といわれているので、もしかしたら近々転居を伴う異動があるのではと思っていました」

豊福さんは夫も全国転勤型の会社員で、いつ異動があるかわからない。実家も遠く、子どもは当時4歳と1歳。セーフティーネットとして取っておきたい気持ちもあったが、今転勤は大変だということで思い切って転勤回避措置制度を申請した。

「以前は1回だった取得回数が2回に変更されたのも大きかったですね。実際、そのすぐ後に転居を伴わない異動があったので、出しておいてよかったと思いました」

もしこの制度がなければ、子どもを連れて転勤せざるを得なかったと話す豊福さん。先が見えない不安を抱えることなく日々、業務や家庭に向き合えるのは、転勤回避措置制度が基盤となり安心感が得られているからなのだろう。

転勤回避措置制度
出産・育児、介護、本人・家族の傷病などの理由で転居を伴う異動ができない場合に、一定期間転勤を回避できる。勤続3年以上の全国転勤型の社員が対象で、1年単位、5年間を上限として2回まで分割取得が可能。育児事由は子どもが小学校3年生の学年末まで。
希望地復帰支援制度
産休・育休を6カ月以上取得した勤続3年以上の全国転勤型の社員が、復帰する勤務地を選べる制度。配偶者との同居や、親族の育児支援を受けやすい地域、保育園を確保しやすい場所などを希望できる。共働き世帯が増える中で「元の職場に戻る」以外の選択肢を広げた。
なりキリン ママ・パパ研修
「育児」「親の介護」「パートナーの病気」という時間制約のある働き方を1カ月間擬似体験する、同社独自の研修プログラム。2016年度に大賞を受賞した、女性営業職の生産性向上に異業種で取り組む「新世代エイジョカレッジ」での実証実験が基になっている。