リーダーにとって一番大切な役割は「幼稚園で学んだこと」をチームに徹底して浸透させること。そう語るのは潰れかけた幼稚園をV字回復に導き、現在は数多くの経営者向けセミナーの講師を務める森田晴彦さん。森田さんは、大学院にてMBAを取得して一部上場金融機関に勤務した後に一般企業経営を経て、なんと幼稚園の副園長に就任したという異色の経歴の持ち主。MBAではなく幼稚園の中で学んだマネジメントの本質とは――。

※本稿は、森田晴彦『MBAでは教えてくれない リーダーにとって一番大切なこと』(彩流社)の一部を再編集したものです。

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独りよがりの言葉では伝わらない

物事を伝える際に、意識が自分に向いているのか、それとも相手に向いているのか、皆さんは考えたことがありますか? 私はずっと長い間、自分に意識を向けて、人とコミュニケーションをとってきたように思います。つまり、話をするときに自分がどのように思われるかばかりを考え、相手にわかりやすい伝え方とはどんなものか、しっかりと考えを巡らせていなかったのです。それどころか、難しい言葉を使って「この人はすごい人かもしれない!」と思ってもらいたい下心すら持っていたかもしれません。

ちょうど幼稚園の経営改革に乗り出した頃のことです。MBAを取得したばかりの私は、幼稚園の先生たちに向かって、意気揚々と「この幼稚園には差別化が必要なんです!」と宣言しました。その場の先生たちの、ポカンとした表情は今でも忘れられません。後から聞いた話では、「幼稚園が差別をしろなんて、あの人はなんて酷いことをいうんだろう」と、その場にいる全員が思っていたらしいのです。差別化とは、経営上の競争相手と違った特色を自社が打ち出す経営戦略の一つを指すのですが、話す相手に配慮をせず、独りよがりの言葉を使って話をしてしまったことは、今でも恥ずかしい思い出になっています。

幼稚園の先生は相手を主体にした会話のプロ

一方幼稚園の先生たちは、子どもたちに何かを伝える際は、相手に100%意識を向けています。自分がどう思われるかという、意識が自分に向いた伝え方とは真逆の姿勢です。幼稚園では、子どもたちに何かを指示するとき、できるだけ具体的に例を示しながら伝えます。5歳児になるとだいぶ読み書きができるようになりますが、まだボキャブラリーは少なく、先生の指示を誤って解釈することが多いからです。

人は自分の器の分でしか物事を理解できません。知らないこと、経験したことがないことは、どんなに詳しく説明したとしても、すべてを把握することは難しいのです。たとえば、注射の経験がある子どもは、注射がどのようなもので、どの程度痛いかを知っていますが、経験したことがない子どもは、痛みの程度を想像できません。「とんでもなく痛いに違いない!」と思い込んだ子どもは異常なほどに、注射を怖がることがあります。実際は、針が刺さる際にチクッとする程度なのですが、「痛いに違いない」という思い込みの強さから、実際以上に痛みを感じてしまうこともあります。知識や経験があればすぐに受け入れられることが、知らないことで、実際とは違うように解釈したり、想像したりしてしまうことがあります。

相手の経験と知識に合わせる

何かを伝えるときに最も大切になるのは、相手に合わせる技術です。これは、相手に合わせる「思いやり」と置き換えてもいいかもしれません。そのためには、自分に意識を向けたままで一方的に話すのではなく、相手の知識や経験に合わせることが大切です。そして、伝える内容を明確にすることも重要なポイントです。幼稚園では、子どもたちに「しっかりと挨拶しましょう」と伝えたい場合、子どもたちに「しっかり」の定義をまず伝えなければなりません。そうしなければ、ある子は「大きな声=しっかり」と解釈するかもしれませんし、「小さな声でも、会うたびに挨拶すること=しっかり」と理解する子もでてきてしまいます。子どもによって解釈が分かれないようにするためには、「しっかり」の意味をかみ砕き、具体的に例をあげて示す必要があるのです。

①相手の目をしっかり見て、
②相手がちゃんと聞こえるくらいの大きな声で、
③元気よく挨拶しましょう。

たとえば、このようにポイントを伝えて、これが、「しっかり」の意味ですよと示すのです。加えて実際にどれくらいの声で挨拶をしたらいいのか、先生が必ずお手本で示し、イメージをしやすくします。

「伝え方」のミスで取り返しがつかなくなる前に

こうした伝え方の基本は、私たち大人も同様に気を付けなければいけません。幼稚園の子どもたちは、もし先生の伝え方がわかりにくいと、すぐに「わからなーい!」と声を上げてくれます。空気を読まずに、わからないことは、わからないと率直に伝えてきてくれます。だから、幼稚園の先生たちは、自分の伝え方がまずかったとすぐに理解できるので、どんどん伝え方も工夫していき、結果として上達するのです。

森田晴彦『MBAでは教えてくれない リーダーにとって一番大切なこと』(彩流社)

でも、大人の世界ではそうはいきません。わからないのは聞く側の責任という意識が強く、例え理解できていない話でも、わかったふりをしてやり過ごす、なんてことさえ起きてしまいます。「伝え方」のミスは、後から修正する程度で済むこともありますが、場合によっては取り返しのつかない事態にもつながります。職場のトラブルの多くはコミュニケーション不足によって引き起こされるもの。だからこそ、私は人に何かを伝えるとき「これは5歳児でも通じるか」を基準に考えています。5歳児というと極端に思われるかもしれませんが、それくらいにまで落とし込んで、やっと大人にもスムーズに伝わるものだと私は感じています。