経団連が年功型賃金をはじめとした日本型雇用システムの再検討を呼びかける――とのニュースが話題になった。その代わりとなるジョブ型雇用と、同時に急増する大量早期退職。ジャーナリストの溝上憲文さんは、2020年は大転換の年となるかもしれないと予測する。
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日本型雇用システムの問題点

経団連は、年功型の賃金など日本型雇用システムの再検討を会員企業に呼びかけることを20年の春闘指針に盛り込む予定だ。

日本型雇用システムとは、新卒一括採用、終身雇用、年功序列賃金を主に指す。職業スキルのない学生を「新卒一括採用」によって大量に採用し、入社後は研修や職場教育によって会社の事業活動に必要なスキルを長期にわたって身につけさせる。そして毎年給与が上がる「定期昇給」や各種手当てによって生活を保障し、終身雇用で雇用の安定を約束することで後顧の憂いなく社業の発展に貢献してもらう仕組みだ。

その日本型雇用システムの何が問題なのか。現時点の指針案には「新卒一括採用や終身雇用の仕組みが、働き手の転職などキャリア形成を阻害しかねないことを問題点に挙げる。年功序列で画一的な待遇が、AIやデータ分析にたけた優秀な若年層や海外人材の獲得を難しくしている現状を指摘。優秀な人材が海外に流出しかねないと懸念を示す」と報じている(日本経済新聞 2019年12月3日付)。

要するに、終身雇用が社員の思い描くキャリアの形成や転職のチャンスを奪っている、若手の給料を抑制する年功序列賃金が、AI技術者の獲得を難しくしているということだ。そして見直しの方向性として「従来型の雇用を中心としつつも、あらかじめ職務を明確にするジョブ型雇用と複線的な制度の拡充を掲げる。ジョブ型の社員を対象に、中途採用や通年採用の枠を広げ、成果主義的な賃金制度に切り替えることを提起」している(同)。

年功型とジョブ型の併用は可能か

年功序列賃金に代わる「職務を明確にするジョブ型雇用」という言葉が出てくる。これに関して経団連の中西宏明会長が19年12月9日の定例記者会見でこう発言している。

「改善すべき項目はずいぶんある。今の雇用システムが典型的で、ゼネラリストとして採用し、そのキャリアを積んでいく中でいろんな仕事をさせて、最後により高い地位にどうやって昇進させていくかという仕組みが、全部一括採用と終身雇用とセットになっている面もある。新たなグローバル競争社会の中で、これ一本ではうまくいかないという反省の時期にきているのではないかと思います」

ただし、終身雇用や年功序列賃金をやめるというわけではなさそうだ。こう続ける。

「一括採用、終身雇用、年功序列という3つの言葉でくくられるような雇用システムを守ってきたことにいろいろな課題があることは共通認識ではあるが、ではこれを全部ご破算でということになるかというと、やはりそうはいかないし、私のところ(日立製作所)でもそうだ。さまざまな雇用形態の長所をうまく組み合わせ、社員がスキルを磨き、かつ安定的に仕事ができるように再設計していきたい」

ということは終身雇用・年功型の仕組みは残しつつも前述した「ジョブ型雇用」の制度を導入し、両制度を併用した人事制度の構築を提案していることになる。しかし、そんな制度の導入は可能だろうか。

25歳と40歳が同じ給料に

じつはジョブ型雇用と日本的雇用システムとは真逆の関係にある。日本の場合は、その人の潜在能力や特性を見て「この仕事ならやれそうだ」と、配置(配属先)を考える。そしてある程度技能が向上すると「この仕事もやれるのではないか」と期待を込めて次の仕事を与える。つまり人を見て仕事を当てはめる「人基準」が基本だ。

それに対して欧米のジョブ型は、やるべき仕事(職務=ジョブ)が明確に決まっており、その仕事をこなせる人を当てはめる「仕事基準」が基本だ。

したがって、日本的雇用システムでは専門性を持たないノースキルの新卒の学生でも採用されるが、欧米では専門スキルが重視される。そして給与もジョブで決まる(職務給)。年齢は考慮されず、どんな職務を担当しているかという仕事の内容と難易度(ジョブグレード)によって決まる。もちろん仕事と関係のない扶養手当や年齢給、持ち家の有無で決まる住宅手当など属人的手当もない。また、同じ職務にとどまっている限り、25歳と40歳の給与は変わらない。給与を上げようと思えば、がんばって職務レベルを上げるか、給与の高い職務にスイッチするしかない。

言うまでもなく経団連がジョブ型採用を提起しているのは、AIやデータサイエンスなどの先端のデジタル技術者を高額の報酬で獲得できるメリットがあるからだ。アメリカや中国などに比べてAI人材の数が決定的に不足しているという事情もある。

同年齢でも給与に格差

しかし、問題は日本的雇用とジョブ型の異なる2つの仕組みを同じ企業内で併用できるかである。仮に従来の新卒一括採用の「総合職」とジョブ型の「専門職」の複線型のコースを作れば、一方は年功型賃金、もう一方は高報酬型変動賃金となり、同じ年齢でも大幅な給与格差が生じる。たとえば総合職コースの30歳社員は年収600万円、専門職コースの社員に3000万円が支給されることも想定される。それによって社員間のねたみや嫉妬が生まれ、会社の一体性や仕事に対するモチベーションが低下しないのか。

じつは大手企業の中にはすでに高額の報酬でデジタル技術者を雇っている。大手人材紹介業の社長は「電機、自動車などの日本の大手企業でも優秀なデジタル技術者であれば最低でも1500万円、2000万円の年収を提示してくる」と語る。しかし、入社しても普通の社員ではないという。

「どこの企業も自社の賃金体系の縛りがあり、同じ年代の社員よりはるかに高い給与を払うことはできないし、仮にそんなことをすれば必ず社員間で妬みや嫉みなどハレーションが起こる。それを避けるために一般的に2つの方法を使っている。一つはAIやIT事業の別会社をつくり、本体とは別の賃金体系で高い給与を支払う。似たような会社をシリコンバレーなど海外に設置している会社もある。もう一つは正社員ではなく、契約社員として雇うやり方。賃金体系に縛られないので高い報酬が出せる」(前出・社長)

しかし、こうしたやり方では採用数も少なく、安定した人材の確保には限界がある。できれば正々堂々とちゃんとした人事制度の中で採用したいという思いがある。経団連が日本型雇用システムの見直しを提起した背景にはこうした事情がある。

早期退職が同時並行でくる

社員や労働組合の反発を恐れて二の足を踏んでいる経営者も少なくないが、経団連は来年の春闘で正式なテーマとして労働組合と交渉することになる。その結果、若手社員を含めた「ジョブ型雇用」が浸透することになるかもしれない。なぜなら日本型雇用とジョブ型は前述したように相いれない仕組みであり、いずれ日本型雇用システムが淘汰されていく可能性もある。

そして同時並行的に発生するのは、もう一つの柱である終身雇用の機能不全による早期離職の促進である。経団連の中西会長は今年5月こう発言していた。

「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている。外部環境の変化に伴い、就職した時点と同じ事業がずっと継続するとは考えにくい。働き手がこれまで従事していた仕事がなくなるという現実に直面している。そこで、経営層も従業員も、職種転換に取り組み、社内外での活躍の場を模索して就労の継続に努めている。利益が上がらない事業で無理に雇用維持することは、従業員にとっても不幸であり、早く踏ん切りをつけて、今とは違うビジネスに挑戦することが重要である」(5月7日定例記者会見、経団連発表)。

こうした経団連会長としての一連の発言が大企業のリストラを後押ししている。東京商工リサーチの調査によると、2019年1~11月に希望退職や早期退職者を募集した上場企業は延べ36社で対象人員は1万1351人。2018年の4126人の約3倍増となり、6年ぶりに1万人を超えた。しかもその中にはアステラス製薬、中外製薬、カシオ計算機、キリンホールディングスなど業績好調にもかかわらず、リストラに踏み切る企業も目立つ。

さらに11月28日には、これまで希望退職募集を実施したことのない味の素も50歳以上の管理職を対象に希望退職募集を発表している。来年は日本的雇用システムが大きく転換する年になるかもしれない。