2019年4月にパーティドレスのシェアリングサービスを展開するECサイト「ANDYOU dressing room」を立ち上げた松田愛里さん。新卒で大手ブライダル企業ノバレーゼに入社し、やりがいに満ちた毎日を送っていた彼女を打ちのめした“社内失業”と、そこから学んだ仕事観の大転換とは?

IRという天職に就き、猛烈に勉強

もともと物事を論理的に分析する思考タイプで、白黒はっきりつけられることが好きだという松田さん。新卒で入社したノバレーゼで担当とすることになったIRは、まさに天職と感じたそう。決算内容の分析を行い、経営戦略や業界動向を発信しながら、企業価値を高めていく。業務に誇りを持ち、日々、猛烈に勉強した。

アンドユー(ANDYOU)代表取締役社長 松田愛里さん

「IRをまかせられた、ということが本当にうれしくて。毎日勉強を積み重ねて、来年からはこれができる、再来年になったらこういうことにチャレンジしたいと思い描いて。あのときの私、かなりキラキラしてたと思います」

そんな松田さんに青天の霹靂。突然、会社の上場廃止を告げられたのだ。

入社2年目の“社内失業”。目の前が真っ暗に

「それまでモチベーション高く頑張ってきたものが、一瞬にして崩れ去ったんです。当然のことですが、極秘情報ですから、知らされたのは社外に発表するその日だったんです。それもショックで……。IR担当なのに、なんで教えてくれなかったんだろう? あなたは必要ない、と通告されたように感じました。また、会社のすべてを把握する部署にいながら、事前に気づくことができなかった自分も恥ずかしかった。みんなにどう思われているだろうと、体面も気にしていました」

IRの仕事を天職とまで感じていただけに、ほかの部署で働く自分は想像できなかった。松田さんは、「完全に社内失業した」と落胆。このときの荒れっぷりはなかなかすさまじかったようで、上司や役員にも食ってかかったそう。

「『ファンドに株式渡すなんて、絶対に間違ってます!』『ちゃんと考えてます? どういうことか分かってるんですか?』などと、謎の上から目線でひどい発言をしていました。なりふり構わず会社でも泣きましたし、とにかく思いが強すぎて、吐き出さずにはいられなかったんですね」

転職も考えたとき、上司が背中で教えてくれたこと

残務処理が終わったあと、松田さんはウエディングドレスのPR業務に携わることに。

「実は、転職も考えて、会社を探したりもしていました。IRで生きていきたいと思い始めていましたし、他社に輝ける場所があるならそこに行こうと。ただ、なかなかしっくりくる会社に出会えなかった。その根底には、まだノバレーゼのメンバーと仕事をしたいという気持ちがあったのだと思います。とりわけ当時の上司は、心底尊敬できる人。私が荒れ狂っていたときにも、一言も否定することなく、怒ることなく、全部を「うん、わかるよ、わかるよ」と聞いてくれた。最終的には、この人といっしょに働けるんだったら、なんでもいいか、と思ったんです」

上司もIR一筋でキャリアを築いてきた人。しかし、彼女は「まるで最初からPR畑の人だったみたい」にすばらしい仕事ぶりでチームを牽引した。

「以前と変わらず、PRでもキラキラと輝いている上司を見たときに、業務に固執していたのは間違っていた、と気づかされました。どこでも輝くことはできる。業務内容より、どういう人間になりたいかで仕事をしたほうがいいんだ、と完全に切り替えることができました」

とはいえ、PRの仕事は、松田さんのこれまでの経験とはまるで正反対の世界。数字や論理ではなく、センスが問われるPR業務に四苦八苦することになる。

「勉強してできることのほうが得意なタイプなんです。正解があるほうがわかりやすい。白黒はっきりして、論理的に説明できることが好き。それが、白でも黒でもすてきなのよ、という世界にきちゃったものだから、もう大混乱です。そもそもトレンドを追いかけるタイプではなく、経済誌や新聞が大好きなおやじ女子。自分の感覚なんて信じられないから、とにかく知識を増やさなければと必死でファッション誌を読み漁りました」

渾身の企画が敗退! その悔しさをバネに

PRとしても経験を重ねてきた松田さんに大きな転機が訪れたのは、2017年のこと。ノバレーゼが全社員を対象に行っている新規事業提案制度への応募だった。

「現在の『ANDYOU』につながるドレスのシェアリング事業を企画したのですが、最終審査で落選。それまでも毎年応募はしていましたが、落選をあんなにくやしいと思ったことはありませんでした。ニーズは絶対にある、どうしても実現させたい。1年間、ふつふつと思いをたぎらせ、事業計画を練り直し、翌年、同じ案で再チャレンジしました。プレゼンのときには、机をバーン!『今日は、皆さんを説得しにきました(キラーン)』。猛ってましたね(笑)」

松田さんの企画は、見事大賞を獲得。社長になることが決まった瞬間だった。

「あんなにやりたがっていたのに、あんなに猛っていたのに、『年明けから子会社、よろしくね』と告げられたときにはかなり動揺しました。会社の事業部として立ち上げさせてもらえると思い込んでいたから、まさか自分が社長になるなんて、びっくりして。でも、ここまで任せてもらえることって、なかなかない。覚悟を決めました」

松田さんが手がける「ANDYOU dressing room」では、現在、海外から買い付けたパーティドレスを中心に600着前後を取り扱う。

「結婚式のスタイルが多様化するなか、パーティドレスのバリエーションが広がっていないのはもったいないと感じます。ゲストの装いは、どこの会場でも、どの季節でも変わらないことが多くて。『衣装にあまりお金をかけたくない』『毎回、同じドレスは着られないし、困った』こんな後ろ向きな声も、よく聞かれます。ハイセンスなドレスを手ごろな値段で借りられたら、もっと結婚式を楽しめるはず、と思っています」

破天荒な社長に憧れつつ、地道に堅実に

現在、創業1年目。新米社長として奮闘する松田さんは、着実な手応えをつかみつつある。

「1年目はジリジリと上がった感じ。ニーズは絶対にあるし、意義もあると確信しています。ドレスのシェアリングサービスはほかにもありますが、ウェディング企業の子会社だから提供できる情報、サービスもある、と考えています。来年は、爆発的に上がる仕掛けをしていくつもりです」

目標は3年で年商3億円の企業に成長させること。持ち前の論理的思考と徹底したマーケティング調査力、そしてPR時代に培ったドレスの審美眼をフル活用して、目標へのステップを踏んでいる。

「私、頭でっかちなんですよね。社長になる人には、失敗を恐れずどんどん行動できる人が多いと思います。でも、私は徹底的に調べて、考えて、絶対に行けると確信してから動きたい。でも、それもまだ自分に自信がないからなのかもしれません。事業を続けていって、私自身の選択が経験となっていけば、突き抜けたチャレンジもできるようになるのかもしれません。もっともっとやりたいことはある。だから、頑張れ、自分! という現在です」