※本稿は著者・久山葉子『スウェーデンの保育園に待機児童はいない 移住して分かった子育てに優しい社会の暮らし』(東京創元社)の一部を再編集したものです。
報道で伝わりきらないスウェーデン子育て支援の素晴らしさ
スウェーデンの育児休業制度については、日本でもしばしば報道されているのを目にする。“育児休業は子供ひとりに対して四百八十日もある”とか“父親がとらなければ消えてしまう九十日がある”といった記事をどこかで読まれた方もいるかもしれない。
確かに間違いではないのだが、それだけでは到底スウェーデンの子育て支援の素晴らしさを伝えきれていないというのがわたしの感想だ。
まず基本中の基本“育児休業四百八十日”という点から見てみよう。四百八十日と聞くと、「つまり約十六ヶ月か。日本の“子が一歳になるまで”に比べれば長いが、“保育園に入れなかった場合に延長できる一歳半”よりは短いじゃないか」と思われるかもしれない。しかしこの四百八十日というのは、あくまで実際に休む日数の合計である。たいがいの人は週に五日しか働かないから、週で言うと九十六週間、つまり約一年十ヶ月休めるということになる。
男性の育児休業率が高い理由は「フレキシブルな育休」
ここで大事なのは、育児休業の取得は一回きりというわけではないことだ。夫婦の仕事の都合を考えて、例えば“ママ六ヶ月→パパ六ヶ月→ママ三カ月→保育園入園”という取り方もできるし、“ママ六ヶ月→パパ六ヶ月→保育園入園→夏休みの時期にママ三ヶ月→”というパターンもありだ。このフレキシブルさが、男性の育児休業の高さにつながっている。
日本では暗黙のうちに“育児休業は一回きり”という前提があると思う。男性に一年間育児休業を取得しろというのは、スウェーデンでだって無理がある話だ。パパかママのどちらかが一度しか取得できないような制度だったら、スウェーデンの男性の育児休業取得率もかなり低くなるだろう。日本では「男性の育児取得率が低い」と皆が嘆いているが、このあたりを改善しないままだと、いくら「(奥さんは専業主婦だけど)一週間育児休業を取得してみました!」という男性がニュースになっても、取得率はたいして上昇しないのではないか。
実際のところ、スウェーデンでも女性の育児休業取得率の方が圧倒的に高い。そこには、スウェーデンでも男性のほうが平均的に収入が高いという現実がある。世帯収入を考えると、女性が休んだほうが得なのだ。それでもなるべく両方の親が育児休業を取得するよう“片方の親だけが取得できるのは四百八十日のうちの三百九十日まで”というルールが設けられた。つまり、母親だけしか育児休業を取得しない場合、残りの九十日は消えてなくなってしまう。
その政策の効果もあってか、わたしの周りの男性で育児休業を取得したことがないという人はほとんどいない。例外は、スウェーデンの子育て概念が通用しない海外で勤務をしていた男性くらいだ。
女性の長期的なキャリアを考えた育休制度だから意味がある
育児休業についてもうひとつ付け加えておきたい重要な点が、この四百八十日は子供が保育園に入ってからも取得できるということだ。物心がついてから親子で思い出を作りたいと思う場合は、残った育児休業を利用して夏休みを長くとることもできるのである。
日本のような里帰り出産という習慣はなく、親が近くに住んでいようといまいと、出産前後のママをサポートするのはパパだ。そのため、出産後はパパも同時に十日間育児休業を取得することができ、その間は給与の九十パーセントが支給される。この十日間の意義は、ママのサポートのためだけではない。パパも出産に立ち会い、誕生直後の子供と一緒に過ごして絆を深めるためのものでもある。すでに上の兄弟がいる場合は、その子たちの面倒を見るのもパパの大事な役目だ。
育児休業というのは長ければいいというものでもない。日本のように育児休業を三年に延ばすなどという案は、どう考えても女性の長期的なキャリアを無視したシステムだ。スウェーデンがたどり着いたのは、それぞれの家庭や仕事、経済的な状況に合わせて、パパもママもフレキシブルに取得できるシステムだ。
子供が病気になった場合は「VAB」で休める
仕事が始まると、「子供が病気になって、仕事を休まなければいけない」という日が必ず訪れる。日本で働いていたときは、復帰した年は子供が病気になるたびに休んで、有給休暇をすべて使いつくした。スウェーデンではそういうときのために、また別の休暇制度がある。正式名称Vard av barn(子供の看病)の頭文字をとって、通称VAB(ヴァブ)と呼ばれる制度だ。
どこの職場でも、しょっちゅう誰かが「今日はVABにつき」と休んでいる。育児休業制度に比べると日本のニュースでこの制度が取り上げられることは少ないように思うが、こちらも親にとっては非常に重要な役割を果たしている。
この制度は、子供が十二歳になるまで一年につき百二十日まで利用でき、一日当たり給料の八十パーセント弱が支払われる。
子供の風邪が大人にうつることもよくあることだが、その場合はなんとまた別の休暇制度があって、例えば夫の職場では最初の十四日間は会社から給料の八十パーセント弱が支払われ、そのあとは支払元が社会保険庁へと移る。ただし休んだ一日目は無給で、二日目からしか支給されない。そうしなければ「ああ、今日なんか体調悪いなあ、休んじゃおう」という社員があとを絶たなくなるのだろう。
上記三種類の休暇制度を駆使すれば、スウェーデンの有給休暇——つまり神聖なる五週間の休み——は、子供が病気をしようとも、自分が風邪を引こうとも、一日も減らないのである。有給休暇の日数自体は日本でも二十日という企業もあるだろう。数字の上では四週間の夏休みをとれる計算になる。ただ日本の場合は毎年それをすべて使い切るという土壌がまだないし、子供や自分の病気で休むために使ってしまうことが多い。そこがスウェーデンとの大きな違いだ。
「ママがバリバリ働くこと」が理想的とされる国
スウェーデンでは家事も育児も夫婦で分担するし、保育園や育児休業などの社会制度も整備されている。ママがバリバリ働くことは、世間体が悪いどころか、むしろ理想的だとされる。
だからこそスウェーデンの女性たちは、プライベートでも幸福な家庭を維持しつつ、キャリアを積むことができる。無理なく、人間らしい生活ができるのだ。
一方で、その状況に甘んじずにさらに上を目指す女性も多い。
例えば上司は、育休を利用して、校長の資格をとるために大学に通っていた。
このように、育休を利用して大学に通う人は珍しくない。スウェーデンの大学は無料だし、資格をとるために大人が通うことを前提にしているコースも多い。“子供がいるから大学に行きなおしてキャリアチェンジするなんて無理”ではなくて“子供ができたから四時とか五時に帰れる仕事に転職したい。そのために大学に通って資格をとろう”と考えるのである。
スウェーデンでは大学に通う人の五人に一人が十八歳以下の子供を持つ親だと言われている。就学中は、働いている場合と同等に、子供を保育園に預ける権利がある。
このような制度があるから、親になってからでもキャリアチェンジをすることが可能だ。
ただ育児に明け暮れるのではなく、何か目に見える成果を残したいのかもしれない。赤ちゃんがいれば睡眠時間の確保もままならないのは世界じゅう同じはずなのに、彼らのパワーには恐れ入るばかりである。