初の女性取締役に女子から祝福の嵐
「社内で女性初の取締役になった時、真っ先に祝福してくれたのは女性社員たちでした。『女性が役員になってくれてうれしい』『ガラスの天井がなくなるなんてすごい』という声をもらって、本当に感動しました。さらに、今年2人目の女性取締役も誕生したんですよ」
こう語るのはQUICKの伊藤朋子さん。管理職時代に社員研修や組織活性化で成果を出し、次は全部署を対象に腕を振るってほしいと言われての就任だった。
就任後は、女性活躍のあかし「えるぼし星3つ」や健康経営優良企業を認定する「ホワイト500」などの取得に関わる。現在は専務取締役となり、社員が固定席を持たない「フリーアドレスとABW(Activity Based Working)の考え方」の導入や、人事制度改訂などを含めた働き方改革に取り組んでいる。
同社にはもともと男女平等の風土があり、自身も「女だから任せてもらえないんだ」と感じたことはなかったそう。入社したのは男女雇用機会均等法施行の数年前。4大卒女性が就職難だった時代にもかかわらず、同期入社は男女同数で、管理職への初昇進も同期の男性と同時だった。
こうした風土は経営トップの考え方によるところが大きいだろう。では、現場はどうか。もう20年以上前のことだが、伊藤さんは課長時代、育児のために定時退社するようになって初めて“男女の壁”を感じたという。
課長返上を促され「負けちゃいけない」
課長の職務と育児に奮闘していた時期のこと。定時退社が続いたある日、男性上司から「課長は9時10時まで残って部下の面倒を見るべき。それができないのなら課長職を返上してはどうか」と、予想外の言葉を投げかけられた。
「ショックというより、とにかく悔しかったですね。定時退社だからこそ時間内に全力で仕事をこなしていたので、後輩たちのためにもここで返上してはいけないと思いました。幸い部下たちが、課長としてきちんとやっていると言ってくれたため、上司にそれを伝えた上で『返上しません』と答えたんです」
この時期は子育てや地域のママ友との交流も楽しく、キャリアアップへの熱は「正直、少し冷めかけていた」のだそう。だが、この上司の言葉が、成長したいという思いに火をつけた。後に本部長になった時、伊藤さんはまず「私は残業時間ではなく成果で評価します」と宣言したという。
課長返上ショックの後は、育児との両立に奮闘しながらも、人事部課長、秘書室次長、同部長と着実にステップアップ。そして40代半ば、次は、新設される教育・研修部の部長にという辞令が下りた。
新人や管理職の研修を企画する部署だったが、専任の部下はいない“1人部長”。この時のことを、伊藤さんは「肩たたきかな、と思いました」と振り返る。しかも未経験の業務で社内の前例もゼロ。何から始めればいいのかまったくわからなかった。
「必死で企画書を作っても、提出するたびにダメ出しされてばかり。とうとう限界が来てしまって、夫に『もう辞めたい』と相談したんです。そうしたら軽く『そんなに深く考えなくてもいいんじゃない』って(笑)。はっ、そうきたか! と」
夫の軽い口調のおかげで、ダメ出しばかり気にして視野が狭くなっていた自分に気づいた。人の意見に振り回されずやるべきだと思うことをやろう、辞めるならどん底の今ではなくいい時に辞めよう──。そう決意した伊藤さんは、さっそく翌日から行動を起こす。
社内の猛反発にあった1人部長時代
まずは日経グループ会社や研修会社に電話をかけまくり、実施している研修や体系づくりの方法を聞いて回った。関連書籍も読みあさり、自社に合う手法を探し求めた。そうして得た知識をもとに、部長診断テストや次長研修、宿泊研修などを次々と企画。社内の反発は大きかったが、「絶対に社員や会社のためになるから」と熱心に説得を続けた。
実際に研修が始まると、反発していた人たちから「受けてよかった」という声が上がり始める。その翌年には30回以上の研修を実現して教育体系を確立。待望の部下も配属されるようになった。挫折感からスタートした“1人部長”の部署を、約2年で会社に欠かせない存在に育て上げたのだ。
「着任時、当時の社長が、『今は不満もあるだろうが、後できっと感謝する時がくる』と言ってくださったのが印象に残っています。本当にその通りで、2年後にはやってよかったと実感するようになりました」
もちろん失敗もした。例えば、外部講師を招いてキャリア研修を実施した時のことだ。伊藤さんの声かけで、当日は20人ほどの参加者が集まった。ところが、そのうち半数はキャリアを考える研修には興味が持てなかったようで、中には明らかに「こんな話つまらない」というそぶりを見せる人もいた。
講師に対して失礼な上、参加者が斜に構えていたのでは研修を行う意味がない。以後は事前に、参加者が所属する部の長に根回しをするようになった。「今回の研修はこういう意義があってこう役に立つ。だから部下の背中を押してあげて」と説明して回ったのだ。研修の意義を直属の上司から聞けば、納得の度合いも違う。それからは、不機嫌な顔をする参加者はいなくなった。
研修を成功させるためとはいえ、各部署を回って話をするのは時間がかかるし気骨も折れる。それでも、これまでの経験から「直接話したり聞いたりすればたいていのことは解決する」と信じた。この信条は、後に本部長になった時に大きな力を発揮する。
変わりたがらない現場を変える術
50代に入り、カスタマーサポート本部長に昇進。この道20年以上のベテランが多く、堅実な仕事ぶりで知られる部署だった。反面、保守的な考え方が多勢を占め、人の入れ替えなどの刺激も少ないことから停滞ムードが漂っていたという。着任して最初に取り組んだのは、組織の活性化だった。
全本部員との面談、初めての新人配属、部員同士の懇親会、新システムの導入──活性化に有効だと思うことは何でも実行した。不満を聞けば一緒に変えていこうと励まし、非効率な業務があれば改善策を提案。「ずっとこうやってきたから変えられない」というベテラン勢に対しても根気強く説得を続け、“保守の壁”を崩そうと奮闘した。
「最初に味方になってくれたのは女子たちなんですよ。女子会をやりましょうと言ってくれて、そこから味方の輪が広がり始めたように思います」
変わりたがらない現場を変えるには、まず味方を増やす必要がある。その点で、伊藤さんの「直接話す、聞く」信条と、持ち前のコミュニケーション力は大いに役立ったに違いない。やがて部員同士の会話が増え、互いに刺激し合った結果モチベーションやスキルも上昇。停滞ムードが漂っていた組織に活気がよみがえった。
「結局、私は人が好きなんだと思います。コミュニケーションやリーダーシップが面白くて、それを生かした組織改革や人財育成にやりがいを感じますね。今担当している働き方改革やひとづくりも、自分から希望した仕事だったので、充実した気持ちで取り組んでいます」
現在は専務取締役。自らの役割を「管理職時代とは違って、社員に経営理念やビジョンを発信する立場」と語る。同時に、ひとづくり・労務担当として現場とも密接に関わっており、社員の声を経営メンバーに届ける、施策を打つといったことにも情熱を傾けている。
両立や退職の危機を乗り越えてきた伊藤さん。同じ働く女性たちに「つらいこともあるだろうけど、どうか働き続けて」とエールを送る。自分が今、会社の成長に貢献できている実感があるのは、悩んでも働き続けてきたからこそ。尊敬する大先輩の言葉「悩んだ時は一歩前へ」を胸に、これからも前を向いて歩いていく。
役員の素顔に迫るQ&A
Q 好きな言葉
啐啄同時(そったくどうじ)
「師と弟子の呼応が重要だという意味ですが、上司と部下、社員と経営層にもあてはまると思います」
Q 趣味
旅行、音楽鑑賞、観劇、食べ歩き
Q 愛読書
『自分の小さな箱から脱出する方法』アービンジャー インスティチュート
『OPTION B』シェリル・サンドバーグ/アダム・グラント
Q Favorite Item
プリザーブドフラワー
「取締役に就任した時、部下たちからお祝いにもらった思い出の品。机に置いて毎日見ています」