女性活躍が叫ばれているにも関わらず、なぜ配偶者控除は残り続けるのか。いわゆる103万円の壁は、日本経済へのマイナス効果も指摘されている。それでも政府が廃止に踏み切れない本当の理由とは――。
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税負担の不公平

女性の本格的就労を阻む元凶が「配偶者控除」にあることはよく知られている。いわゆる「103万円のカベ」である。

配偶者(妻)の給与年収が103万円以下であれば、所得税がかからない上に世帯主(夫)の収入から38万円の配偶者控除が受けられる仕組みだ。そのためパートなどの収入を103万円以下に抑えようとする人が多く、結果的に就業調整によって女性の活躍を阻んでいる実態がある。

そしてもう一つは共働き世帯との税負担の不公平という問題もある。

税金の申告時には、誰でも基礎控除を受けられる。共働きの夫婦であれば夫婦別々に基礎控除を受ける。ところが妻の年収が103万円以下であれば、夫が自身の基礎控除と配偶者控除を受けられる上、妻も基礎控除が受けられる。つまり共働きは2人分の控除しか受けられないのに、103万円以下であれば3人分の控除が受けられるメリットがある。

そもそもなぜ、配偶者控除はできたのか

配偶者控除ができたのは1961年度の税制改正だった。働く夫の稼ぎを陰で支える“内助の功”に報いるために創設されたのがそもそもの目的である。当時、多くを占めていた専業主婦世帯を前提にした制度だが、2000年以降、減少に転じ、18年は600万世帯。逆に共働き世帯は1219万世帯と、今も増加傾向にある。

すでに制度の歴史的役割を失っており、配偶者控除の廃止を含む見直しが叫ばれてきたが、政府は一向に見直す気配はない。いや、実は17年の税制改正で見直そうという動きはあった。

安倍晋三首相は16年9月9日に開催された第1回政府税制調査会で「特に、女性が就業調整をすることを意識せずに働くことができるようにする」と述べ、配偶者控除の見直しを指示した。いよいよ配偶者控除の廃止に踏み込むのかと世論も沸き立った。

ところが蓋を開けてみたら「103万円のカベ」と「150万円のカベ」ができたにすぎなかった。

従来の制度は103万円を超えると「配偶者特別控除」に切り替わる。配偶者特別控除は妻の年収の増加にともなって控除額が縮小する仕組みだ。従来は141万円になると控除額がゼロになったが、2018年分から「103万円超~150万円」の範囲の配偶者特別控除の金額が配偶者控除と同じ38万円になっただけであった(201万円で控除額ゼロ)。

政府としては配偶者の勤労意欲を高めたいという狙いがあるが、単純に収入制限が150万円に拡大しただけであり、首相が言う「就業調整を意識しないで働く」こととはほど遠い結果になった。

103万円のカベの罪深さ

税制上の「103万円のカベ」がさらに罪深いのは、企業が支給する配偶者手当の基準とリンクしていることだ。企業の配偶者手当は、女性の就業を妨げるもう一つの要因となっている。

人事院の「平成30年度職種別民間給与実態調査」によると、家族手当制度がある事業所は77.9%。そのうち配偶者に手当を支給する事業所83.9%。配偶者の収入制限がある事業所は84.5%。その内訳は配偶者控除対象の103万円が54.6%、社会保険加入要件の130万円が30.3%となっている。多くの企業が配偶者手当の支給基準を妻の年収103万円以下に置いていることがわかる。

配偶者手当の額は企業によって異なるが、大企業では月額2万円程度を支給しているところも少なくない。年間24万円は決して小さくない金額だ。

これが配偶者の就業調整にどう影響しているのか。厚生労働省の「平成28年パートタイム労働者総合実態調査によると、有配偶女性パートタイム労働者のうち「就業調整している」と回答した人の割合は22.8%と2割を超える。その理由の1位は「103万円を超えると税金を払う必要がある」(55.1%)、2位は「130万円を超えると社会保険に加入する必要がある」(54.0%)。また「一定額を超えると配偶者の会社の配偶者手当がもらえなくなるから」を理由に挙げる人が44.8%いる(複数回答)。

就業調整は税制上の103万円だけではなく、それと連動する企業の配偶者手当も深く関わっていることがわかる。

配偶者手当は日本経済にマイナス効果

実は企業が支給する配偶者手当の存在がパートで働く妻の就業調整につながっているとして、厚生労働省は2015年12月に有識者による「女性の活躍促進に向けた配偶者手当の在り方に関する検討会」を開催している。その報告書ではこう述べている。

「マクロ経済的に見ると、「就業調整」が行われるということは、「就業調整」を行っているパートタイム労働者の人的資源を十分に活用できていないということであり、生産年齢人口の減少に伴い労働力人口が減少することが見込まれる日本社会においては、看過できない問題である。このように、就業調整は、女性がその持てる能力を十分に発揮できない要因となる可能性があるとともに、日本経済全体にとっても人的資源を十分に活用できない状況を生じさせるなどマイナスの効果を与えていると言うことができる」

配偶者手当の存在が日本経済にマイナス効果を与えているというかなり厳しい指摘だ。だが、企業の基準となる配偶者控除の「103万円のカベ」が存在する以上、企業だけに見直しを求めるのは一方的すぎるだろう。実際に報告書でも「税制、社会保障制度と併せて見直しを進めることが求められる」と述べていたが、結局、前に言ったように政府は配偶者控除の廃止に踏み切っていない。

なぜ政府は配偶者控除を廃止できないか

なぜ、政府というより政治家は配偶者控除を廃止できないのか。実は民主党が政権を取った2009年の衆院選マニフェスト(政権公約)では「配偶者控除を廃止し、子ども手当の財源に充てる」と明記していた。それに伴い2011年度税制改正では縮小も検討されたが、主婦層の反発が予想されるという委員の意見がまとまらず、引き続き検討課題とされた。2012年5月には、当時の民主党の小宮山洋子厚生労働大臣が国会で「働き方や生き方に中立でない制度は改めようと言っている。検討を急ぐべきだ」と発言。配偶者控除の廃止を見直しの議論を加速させる考えを示していた。

だが、その年の総選挙で政権は自民党に交代。第二次安倍政権が発足したが、自民党の「J-ファイル2013総合政策集」(2013年6月)では、配偶者控除を維持すると明記している。つまり、自民党政権になって配偶者控除の廃止は遠のいたことになる。それでも前述したように安倍首相が女性活躍を掲げて見直しを指示したが、結局、税制改正では微修正に終わっている。

自民党の伝統的家族観が未だになくならない

女性の活躍推進を積極的に提唱しながら、一方では103万円以下に収めることでメリットを生み出す税制を放置しておくことは矛盾以外の何者でもないだろう。

厚生労働省の審議会にも有識者として参加した経験のある大学教授は今後の見通しについてこう指摘する。

「政府は働き方改革や女性の活躍推進の施策を数多く並べていますが、本丸である配偶者控除を廃止しないままであり、安倍政権の政策の整合性がまったく取れてない。

自民党の議員の中にはいまだに妻が家庭を支えるものという伝統的家族観の持ち主も少なくありません。そうした保守的体質は安倍首相が交代しても変わる可能性は低いでしょうし、配偶者控除の廃止は難しいかもしれません」

常に選挙を意識する政治家であれば、本来、専業主婦層よりも共働き世帯に目を向けるべきだろう。しかしそうしないで歴史的役割を終えた配偶者控除が既得権益として残り続けるこの国はどう見てもおかしいと言わざるを得ない。

もちろん女性の就業拡大を阻んでいるのはそれだけではない。年金・医療の社会保険料の支払いを免れ「第3号被保険者」となる「130万円のカベ」と「106万円のカベ」(正社員501人以上等の一定の要件あり)もある。これについては現在、政府が厚生年金適用拡大を検討している最中であり、別の稿に譲りたい。