※本稿は中島 輝『自己肯定感の教科書』(SBクリエイティブ)の一部を再編集しました。
なぜ調子が悪い日があるのか
自己肯定感はあなたをとり巻く環境によって高くもなり、低くもなります。これはどんな人でも変わりません。
たとえば、大切なパートナーと大げんかになった後やお気に入りの洋服に飲みものをこぼしてしまった直後など、どんなに強い自己肯定感を持った人でも一時的に気持ちが落ち込んでしまいます。
大切なのは、「自己肯定感が上下動するものだと知ること」と「今、自分の自己肯定感がどういう状態になっているかに気づくこと」です。
たとえば、
「今朝、夫(妻)と口げんかになったから、今、私は気分が落ち込んでいる」
「自己肯定感が低い状態になっているから、小さな失敗にこんなに動揺しているのだ」
「普段、気にならない同僚の無駄話にイライラするのは、寝不足だから」
「今日、子どもにうるさく言ってしまったのは、私が心配しすぎているからだ」
今の自分は自己肯定感が下がっているのだと知るだけでも、心は楽になるのです。今の自分の状態を自己肯定感を通して知る。それだけで、正体不明の不安や心配から解放されます。
自己認知ができる人はなぜ心が強いのか
「汝自身を知れ」というのはソクラテスの名言ですが、このように「なぜ、自分がこう感じているのか」を客観視し、自覚することを心理学の世界では、「自己認知」と呼びます。
なぜ、自己認知が大切なのかと言うと、私たちの感情はマイナスの状態から一気にプラスに転じることがないからです。必ず一度、フラットな状態になってからプラスないし、マイナスに転じていきます。
自己認知がうまくできていると、調子がいいときも「今は自己肯定感が高い状態だから、小さな失敗があってもすぐに切り替えられるのだな」と自分を客観視することができます。
また、調子が悪いときも「些細な問題が大事のように感じて仕方ないのは、自己肯定感が落ちているからだな」とわかっていれば、消極的なマインドが続く「自動思考の罠」に陥りにくくなります。罠に陥らないので、自分で自分の心を整えることができ、あなたが感情の主導権を握ることができるのです。
つまり、「自己肯定感は揺れ動くものである」と知り、「今、自分の自己肯定感はどういう状態にあるのか」を意識することで、どんな環境下でも自分をフラットな状態に戻すことができます。自分で本来の自分に戻すことができるのです。
本当の自分に戻る言葉
私はよくクライアントや講座の受講生、友人、知人に「一喜一憂しなさんな」というフレーズを投げかけます。
これは相手にフラットな状態を意識してもらうための言葉です。
うれしいことがあって大いに喜ぶのもいい。つらいことがあって、ずんと落ち込むのもいい。でも、喜びすぎたり、落ち込みすぎたりを繰り返していると心が疲れてしまいます。
大きく心を上下動させて、そのギャップで消耗しないための言葉が、「一喜一憂しなさんな」です。この言葉を言うだけで、心にゆとりが生まれます。自己認知を行う時間ができます。そして、本来のあなたに戻るフラットな状態をつくることができるのです。
脳科学も認める「一喜一憂」の弊害
一喜一憂せずに自分の状態を客観視することの効能は、脳科学的にも立証されています。
たとえば、承認欲求はとても強いもので、人から認められたとき、褒めてもらえたとき、課せられた課題をクリアできたとき、人は快楽を感じます。
なぜかと言うと、脳内でドーパミンやオキシトシンといった人を幸せな気分にするホルモンが分泌されるからです。
逆に人から怒られたとき、理不尽なことが起きたとき、課せられた仕事を達成することができなかったとき、脳内では不安を高めるホルモンのノルアドレナリンやストレスホルモンであるコルチゾールが増えていきます。どちらの状態も一方に傾いたまま長期間放置すると、弊害があります。
ポジティブな側に傾きすぎると人は自己愛が強くなり、少しでも批判的なことを言われただけで、怒り、傷つき、反抗します。逆にネガティブな側に傾きすぎると、自己否定の強い状態になってしまいます。
どんな状況にもブレない「自分軸」をもつ
そこで、テンションが高くなっているとき、気分が高揚しているときは、「自分は今、ポジティブになっている」「脳内でドーパミンやオキシトシンが分泌されている」と考えましょう。
逆にテンションが下がっているとき、気分が落ち込んでいるときは、「自分は今、ネガティブになっている」「脳内にストレスホルモンであるコルチゾールや不安を高めるノルアドレナリンが増えている」と受け止めていきましょう。
今のあなたの感情状態から、どのような脳内ホルモンが自分の脳のなかにたくさん分泌しているかを理解するのです。それだけで、感情を感情で処理してエスカレートせずに、自分で冷静に対応できるようになります。
感情はどうしても一喜一憂するものですから、自分でフラットな状態に持っていくよう意識することが必要です。感情はコントロールできる、感情はこのような生きる技術の習得で違う感情に自分で変えることができるのです。
■今、自分の自己肯定感がどういう状態になっているかに気づくこと
この2つの視点を持つことで、しっかりと根を張ったみずみずしい自己肯定感の木をすくすくと育んでいくことができるようになります。しなやかでブレのない、イキイキとしたあなたらしい自分軸を手に入れることができるのです。
自己肯定感の高め方は2つある
もう一つ、知っておいていただきたいポイントは、自己肯定感の高め方には2つのルートがあるという真実です。
1つはすぐに実行することのできる瞬発型の方法です。これは、その場その時の低くなってしまった自己肯定感を高めるテクニックといえます。
たとえばこんな状態にあるとき、瞬発型の対策は役に立ちます。
■これから「初めまして」の人と会う場に行くのに、嫌われてしまったらどうしようと先の不安を考えてしまう。
■人から褒めてもらっても、「ほんとかな?」と信じられず、素直に喜べない。
こんなときは、ほんのちょっとでできる瞬発型の自己肯定感を高める方法が有効です。ちょっと自信がないなと思ったら、セルフハグをしながら、「大丈夫。大丈夫。」と言いましょう。少し嫌なことがあったら手を洗いながら、「ツイてる。ツイてる。」と言いましょう。考えがうまくまとまらないときは、部屋を掃除しながら、「できる。できる。」と言いましょう。
このように日々の生活のなかに簡単にできる自己肯定感を高めるテクニックを使ってみましょう。すると、瞬発型の対策は一瞬にして以下のようにあなたを変化させてくれます。
■「何かあってもなんとかなるよ! 今までも、なんとかなってきた!」と、広い視野と自信を持って会場に行くことができる。
■人から褒めてもらったら素直に「ありがとう」と思える。口に出して「ありがとう」と言える。
このように瞬発型のテクニックを身につけると、日々変動する自己肯定感の上下動にうまく対応できるようになっていきます。
自己肯定感をじわじわ高める方法
もう1つが、自己肯定感を育み、ブレない軸をつくる持続型の「自己肯定感をじわじわと高める方法」です。
筋トレをするとき、たくさん食事をとって体を大きくし、それから本格的なトレーニングに入るバルクアップという手法があります。
バルクアップの特徴は、通常の筋トレよりも太く大きな筋肉をつけられること。同じように、持続型の自己肯定感のトレーニングは効果を実感するまでにある程度の時間が必要になるものの、しっかりと続けることで揺れにくくかつしなやかなブレない自分軸をつくることができるのです。
自己肯定感を高めるには持続型と瞬発型を組み合わせるとより優れた効果を発揮します。
目指す完成形は、しなやかでブレにくい自分軸をつくったうえで、瞬発型のテクニックを組み合わせていくこと。すると、自己肯定感を程よい状態にキープすることができるようになります。仕事、人間関係、恋愛・結婚、子育てが楽しくなり、どんなことが起きても前向きにワクワクと人生を過ごすことができるのです。
瞬発型→持続型の順で身に着けよう
また、先に瞬発型のテクニックを身につけることにも意味があります。というのも、持続型のトレーニングを行うにはそれなりの努力が必要で、精神的な負荷がかかり、すぐやめてしまうおそれがあるのです。自己肯定感が低いままバルクアップに入ろうとすると、「やっぱりできない」とつまずいてしまう可能性が高まるわけです。
そんなとき、瞬発型のテクニックを用いて「今、ここ」の自己肯定感を高めることで持続型のトレーニングに入る準備が整うのです。あなたの自己肯定感は、何歳であっても今からつくることができます。だからこそ、あなたのペースで楽しく自己肯定感を高めてください。
小さな習慣が大きく現実を変えていく
そして、これは瞬発型、持続型どちらにも共通することですが、小さなステップを踏む感覚を大切にしてください。
自己肯定感が高まるというゴールに対してさまざまな手法があります。今の気持ちを掘り下げながらワクワクする気持ちを探し出していくワークや体を動かして楽しむもの、バスタイムにリラックスしながら体を休めるもの。その1つ1つは、自己肯定感が高まるというゴールに向かうためのプロセスを細分化したものです。
そんなそれぞれの手法を実践し、1つの小さなステップを踏めたなと感じたとき、自分に「よくやったね」「できたー」「自分に○!」とご褒美の言葉をかけてあげましょう。
それによって、最終的に自己肯定感を高めることが潜在意識まで根づきます。どんなことがあっても、勝手に自己肯定感という感情が湧き出し、あなたの人生が「自分の人生って楽しい!」と感じるものになっていきます。
「スモールステップの原理」が効果的な理由
これはアメリカの心理学者バラス・スキナーが提唱した、心理学の世界で「スモールステップの原理」と呼ばれる考え方です。
達成したいゴールに向けて行うべきことを小さなステップに分け、1つずつ確実にこなすことで達成率が上昇。1つの小さなステップをクリアするごとに、「よくできた」という報酬を受けとることでモチベーションが持続します。
なぜ、「スモールステップの原理」が効果的かと言うと、人間の脳にやる気を出してもらうためには報酬系と呼ばれる脳の回路を満足させる必要があるからです。
報酬系を満たしやすい条件は、次の2つです。
■課題を達成したという成功体験を得ること
「スモールステップの原理」は、この2つを満たし、報酬系を的確に刺激するので効果的なのです。
実際、私も苦しかった時期にスモールステップを踏むことで自己肯定感を高めていった経験があります。20代半ば、家から外に出ることができなかったころ、私はその原因の1つとして過呼吸の症状に悩んでいました。
過呼吸の症状が出ると息をうまく吐くことができなくなり、死ぬほどの苦しさを味わいます。頭では「過呼吸で死ぬことはない」とわかっていても、苦しさの記憶が強く残っているため、「過呼吸が来そう、来る、来る、来る……」と思ってしまうと恐怖で呼吸が浅くなっていき、体が硬直していくのです。
20代半ばの私にはいつも「過呼吸が起こりそう」という不安がつきまとい、自己肯定感は超低空飛行を続けていました。この不安と恐怖をなんとかしたい。それがそのときの私の目標でした。
不安と恐怖から抜け出せたきっかけ
そんなある日、読んだ本に「柑橘系のアロマオイルは不安を和らげるのにいい」と書かれていました。私はすぐにオレンジ、レモン、グレープフルーツのアロマオイルを購入し、試してみることにしたのです。
「過呼吸になるかも……」と不安を感じたとき、アロマオイルのボトルを開けるとオレンジの香りが溢れてきて、「不安」と「恐怖」に向いていた意識が「オレンジの香り」へと切り替わりました。
そうやって香りを嗅ぐことに集中していると、少しずつ気持ちが落ち着いていったのです。
「これは効果があるかもしれない」と感じた私は、その後も過呼吸への不安が高まったときにオレンジやレモン、グレープフルーツの香りを嗅ぐようにしました。まさに瞬発系のテクニックにも似た対策でした。
そうやって何度か過呼吸にならずに済んだ経験を積むうち、「過呼吸になりそうになっても、この3本のボトルを持っていれば大丈夫」と思えてきたのです。
不安と恐怖をなんとかしたいという目標に対して、アロマオイルを購入し、試すというスモールステップを踏んだことで、状況が変化しました。過呼吸への不安や恐怖は、まだ起こっていない未来に意識を向けることで起きていました。これを乗り越えるためには、未来ではなく「今」に意識を向けることが必要です。
柑橘系の香りが「今」に意識をとどめる手助けとなり、「いい香り」に集中することで気分を不快な感情状態から快の感情状態に変えてくれました。
成功体験の積み重ねで「自己肯定感」は勝手に高まる
スモールステップの成功体験を重ねることによって、自己肯定感は勝手に高まっていくのです。
私の場合、瞬発系のテクニックが心を安定させてくれたことで、最終的に過呼吸の症状が出なくなりました。その後、私は併発していたパニック障害を克服するために行っていた自律訓練法(第3章で紹介する持続型トレーニングの一種です)にもアロマオイルを使ったテクニックを盛り込み、家の外へ出られるようになりました。
つまり、瞬発系のテクニックがもたらした成功体験が土台となり、自己肯定感のしなやかなブレない自分軸をつくる持続型のトレーニングが簡単にできるようになったのです。
持続型と瞬発型は組み合わせるとより優れた効果を発揮します。そして、あなたの自己肯定感を高めてくれます。千里の道も一歩から。楽しみながら、とり組んでみてください。