ドラマ「これは経費で落ちません」をコミュニケーションの専門家はどのように見たのだろうか。ドラマに登場した“社内モンスター”たちを題材に、職場におけるコミュニケーションの極意を解説する。
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“モンスター社員”と対峙する経理部員たち

7月期に放映していたNHKドラマ「これは経費で落ちません」が9月末に最終回を迎えた。青木祐子の原作であり、森さちこにより漫画化された人気の作品をドラマ化したものである。天天コーポレーションという石鹸せっけんメーカーの経理部に勤める森若沙名子(多部未華子)は優秀だが、マイペースを崩さぬよう人と距離を置き、恋には奥手なアラサー独身女子。毎回、「モンスター社員」さながらの自己中心的な人物が登場し職場に波紋を広げるが、森若をはじめとする経理部員によって解決されていく。

NHKホームページより抜粋一部筆者が加筆

さて、ドラマゆえに大げさに表現されてはいるものの、本誌の読者の中には「うちの会社にも似たようなタイプの社員がいるかも……」と思った人もいるのではないだろうか。このようなタイプの人たちにどのように対応すればよいのか? ドラマに登場する個性的な人物の特徴に着目し、各タイプへの対応について考えていきたい。対人対応というと傾聴やプレゼンテーションなど自身のスキルをいかに磨くかというテーマでの記事を多く見かける。しかし、今回は各人が持つ「コミュニケーション前提」にスコープを当てて考えていきたい。

職場トラブルの最大の原因とは

コミュニケーションという言葉はラテン語のcommunis(共有する)が語源になっており、本来はお互いの考えやイメージが共有できてこそ成り立つ。そもそも、コミュニケーションがうまくいかない原因は何であろうか。

我々は誰かとコミュニケーションする際、頭の中にあるイメージを言葉で表現し、相手はその言葉を聞いて解釈することで頭の中にイメージする。ところが、お互いの持っている知識、経験などコミュニケーションの前提に違いがあると、頭の中のイメージに食い違いが発生し対人トラブルを引き起こす。

池田謙一(2000),「社会科学の理論とモデル5 コミュニケーション」東京大学出版会.を参考にした。

ビジネスシーンにおけるトラブルはコミュニケーション前提の違いによるものが多い。例えば、中途社員の受け入れ、他部署との交渉、経営者の交代などの際には、前提としている知識や経験が異なることが多い。すると「前の組織と比べてここは遅れている!」「来たばかりでうちのことを分かっていないんだ!」と反目しあうことになり兼ねない。日常やりとりする相手と自分の前提の違いを意識することこそが重要になる。「これは経費で落ちません」の登場人物を事例にして考えてみよう。

モンスター1
“平等とルール”最優先タイプ

麻吹美華(江口のりこ)―平等とルールを貫く経理部員―
帰国子女で外資系企業に勤めた影響で、時々会話に英語が飛び出す。自分を隠して人に合わせるのが苦痛で、これまでに7度転職している。彼女には「平等とルールが仕事において何よりも重要だ」という前提があった。そのため、特例での非効率な作業など会社の慣習に対してことごとく異議を唱え、部内外に波紋を呼ぶ。しかし、次第に「人は成長し変われる」ということを信じるがゆえの言動であることが周囲に伝わり、彼女自身も会社の慣習に理由があることを理解することで和解していく。

麻吹のケースは転職時に企業カルチャーの違いに悩んだことのある人は身に覚えがあるかもしれない。長期間、組織に属していると知らずしらずのうちに決まった価値観が醸成され、暗黙のルールができあがっていく。実は、ルールの背景を再確認する意味でも他文化を経験してきた人材の中途採用には意味がある。また、新たな組織に参加する側は一見不合理に見えるルールにも前提があるということを意識し、それを知ろうという姿勢が新しい組織に受け入れられるコツにもなる。

モンスターのどこに注目したらいいか

モンスター2
営業はえらい! 自負が強すぎるタイプ

吉村晃広(角田晃広)―屋台骨という自負を持つ管理職―
部下からの申請に大したチェックをせずに承認印を押す営業部長である。社内規定の遵守を求める経理部には「営業が会社の屋台骨であり、多少のことは目をつぶるべきだ」とくってかかる。そこには、「日々、汗を流し、頭を下げながら営業活動を行っている部下が会社のために必死に取り組んでいることを他部門もわかって欲しい」という前提をにじませる。しかし、自身が沖縄支店の経理部長に異動になると、手のひらを返したように社内規定を遵守し、いい加減な経費申請やコスト意識の低い社員を正すようになる。

吉村のケースは一言でいえば「立場変われば……」ということであろう。しかし、組織人事的な観点で捉えると、ジョブローテーションの重要性を示す象徴的な事例である。異動によって今まで気づかなかった課題発見や改善アイデアが生まれる。また、お互いの前提を理解しながらコミュニケーションできるメンバーが増え、部門間の連携が進む。業務が専門化し、ジョブローテーションが難しい組織では部門の異なるメンバーとの交流機会を作ることだけでも効果があるのではないだろうか。

モンスター3
合理主義でからまわるタイプ

円城格馬(橋本淳)―徹底した合理性を重視する経営者―
社長の息子であり、海外から帰国し専務として着任するや否や、徹底した合理化を推し進める。伝統ある販促グッズ提供など、投資対効果が不明確な施策は問答無用で切り捨て、担当部署の声に耳を傾けようとはしない。「現在の会社の仕組みが時代遅れであり、経済合理性が意思決定のすべての基準だ」という彼の前提が社員からの反発を招き社内が騒然となる。ところが、彼の大事にしている前提を知った森若らが売上予測や根拠となる数値を提示すると、今までの反応が嘘のようにスムーズに承認される。

逆から考えると、円城のケースは責任のある立場として着任したリーダーが直面する落とし穴と言えるかもしれない。周囲を牽引し、成果を焦るばかりに自身の基準を周囲に押し付け空回りしてしまうのである。もちろん、数値的な根拠で判断するのは経営者としては正しいはずであり、反発を理由に意思決定の基準を変えれば、これもまた組織が動揺する一因になる。ここで重要なのは、多くの社員の前提が自身と異なることを意識し、急激な変革を求めるだけでなく、自身の前提を丁寧に伝えることであろう。

ドラマの主人公の森若は決して、大きな権限がある訳でも、口が上手い訳でもない。それでも、モンスター社員と思えるような相手に対峙し、周囲の協力を得て難問を解決できたのは、彼女が決して自身の前提を押し付けることなく、社内規定と相手の前提に意識を向けたからであろう。読者の中にも職場のコミュニケーションでストレスを感じている人は少なくないのかもしれない。「あの人に話しても無駄!」と感情的になる気持ちを抑え、冷静な解決策を見出すために各人の前提に注目してはどうだろうか。