※本稿は岩竹美加子『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
フィンランドの徹底した“いじめ対策”
「世界から見た日本の“PTA強制文化”の異常性」で詳しく説明したが、フィンランドには「親達の組織」と呼ばれる保護者組織があり、その上部組織として「親達の同盟」がある。
個人的に、「親達の同盟」に電話をかけてくる場合は、いじめに関する相談が多いという。いじめ予防のための「キヴァ・コウル」のプログラムは、フィンランドで広く使われている。いじめの予防、インターアクションや社会的スキルの発達、誰も仲間外れにならないことが大事という考えは、「キヴァ・コウル」と共有している。さらに、他にもできることがある。いじめ防止の活動は積極的に進めていて、この2~3年のものとして「友達キオスク」と「友達ベンチ」があるという。
友達キオスクは、校庭の一隅に建てられた、キオスクのような小さな小屋である。休み時間に、6年生が交代でそこにいて、遊び相手になってくれる。縄跳びや、棒馬などの遊具を借りることもできる。知らなかった子と出会ったり、挨拶したり、話をしたり、一緒に遊んだりして、一人ぼっちにならない。すべての学校にあるわけではないが、2人の先生のアイデアで始まった試みだという。
友達ベンチは、カナダの学校のケースから得たアイデアである。校庭にベンチを置く。子どもたちが、ペンキでカラフルに塗ったものもある。休み時間、一人ぼっちで遊ぶ相手がいない、することが無い、遊びに入りたいが、入りにくい時などベンチに行く。そこで遊び相手を見つけたり、誰かが声をかけてきたり、誘いにきてくれたりするという。
また、「親達の同盟」には、「学校の平和」というプロジェクトがある。マンネルヘイム子ども保護同盟、警察、教育庁との共同プロジェクトで、30年近く続いているという。
「学校の平和」の目的は、学校全体のウェルビーングを強化し、いじめのない安全な学習環境を作ることである。一人ひとりが大切なメンバーであると、子どもが感じる環境作りをめざして、子どももアイデアを出し、計画に参加、実現している。
教育環境を整えるため、行政に働きかける存在
「親達の組織」は市民団体なので、現在の状況や政策に影響を与えるのは重要な役割である。たとえば、給食に関しては、食材などをチェックし希望を出す。通学路に危険な場所がある場合、車の走行速度をおとしてもらう。校庭の照明を増やすよう求めるなどである。自治体の動きが遅い場合は、照明会社と提携することもある。ランゲージ・シャワーも、よく課題になる。ラングゲージ・シャワーは、歌やゲームで外国語を学ぶこと。フィンランド語を母語とする保育園児・小学校低学年生が、スウェーデン語を学ぶのが普通のケースだが、希望があれば他の言葉の学習を要請する。
また、学校内の空調の問題は、最近の大きな関心事である。こうした課題については、校長や先生、有力な市議会議員、市の委員会役員などをミーティングに呼んで話し合っているという。
“地域”ではなく、専門的な組織と協働する
小中学校では、教科書と教材が無償だが、高校と職業学校では、教科書と教材を自費で買う必要がある。「親達の同盟」は、その無償化を現在求めている。それは、セーブ・ザ・チルドレンをパートナーにして行っているという。セーブ・ザ・チルドレンは、子どもの権利向上のための国際的なNGOで、フィンランドにも支部がある。
「親たちの同盟」は、さまざまな市民団体をパートナーにしている。セーブ・ザ・チルドレンの他、フィンランド家族連合、高校生同盟、マンネルヘイム子ども保護同盟、児童保護中央同盟、職業学校生徒団体、校長同盟、地方自治体同盟、学校心理学者の組織、社会保健関連の組織など幅広い。フィンランドには、市民組織が非常に多いと言われる。政党、職業的集団、さまざまなリクリエーション・趣味・スポーツの組織、文化的、社会的、慈善活動の組織など多様である。「親達の同盟」と「親達の組織」もそれらと同等の立場にある市民組織である。
日本では「学校・家庭・地域」と言われるが、フィンランドで地域という概念は希薄で、教育には関わらない。関わるのは、上記のような専門的な組織や団体で、「親達の同盟」と協働している。
デモの指導もする
「親達の同盟」で20年働いているトゥイヤメッツォさんから、個人的な経験としてヘルシンキ、カッリオ地区での運動の話を聞いた。90年代末から2000年代初め頃、子どもが通う小学校廃止の計画が持ち上がり、「親達の組織」で、複数の討論会を開いた。また、親と子どもが、一緒に反対デモを行なった。その後も廃止計画が浮上したが、学校は現在も続いている。これは、親の活動の典型的な例だという。他のことにはあまり関心のない親も、学校廃止の計画には反対して立ちあがり、行動に加わるという。組織の会員ではなくても、こうした活動をするということである。
2018年2月には、ヘルシンキ近郊エスポー市の小学校廃止に反対する親のデモがニュースで伝えられた。フィンランドでは、市民の権利と活動の一環として、学校に関するデモが普通に行われている。また、付け加えると、デモを行う場合、許可を求める必要なはい。憲法第13条は「すべての人に、許可を得る事なく集会とデモを行う権利、それに参加する権利がある」としている。
「親達の同盟」のホームページには、地元で影響を与えるための方法が次のようにまとめられている。「親達の組織」へのアドバイスである。
・校長、教職員、生徒会に連絡する。
・地方自治体の動きをフォローする。
・学校と地方自治体の質問やアンケートに答える。
・教員、校長、要職にある市の職員や役員を、「親達の組織」の会議に招く。
・学校に関する事柄の決定をしている人にコンタクトをとる。
・他の親や共同で活動している人に状況を知らせる
・ネットワークを作る(生徒会、他の「親達の組織」、市の役員、市民組織、職業的組織、住民組織など)。
・地方自治体の公聴会やフォーラム、ワーキンググループなどに参加する。
・課題について、ワーキンググループ形成を提案する。
・話し合い、交渉、アイデアを出し合う場を作る。
・問題について、アンケートや調査を行う。
・すでに決定されていることが及ぼす影響を評価する。
・公にする(ソーシャルメディア、ブログ。新聞やその他、メディアへの投稿。ネットで公表する。デモを行う。広場でキャンペーンを行う)。
・役所に要求する。
・市の戦略、子どものウェルビーングの計画、地方自治体や学校の教育計画、学校の報告などに対する意見書を公表する。
・地方自治体住民イニシアチブを行う。
・市の決定に不満を表す(訂正を求める、カンテル)。
・学校ストライキを行う。
影響力と問題解決力のない日本のPTA
ここでは、積極的に働きかけ、影響を与えるための方法が、最終的にはデモや学校ストライキに至るまで、細かく示されている。
地方自治体住民イニシアチブは、住民や組織が自治体に発案、議案を提出する権利である。また、カンテル(kantelu)は、市民が、行政機関の手続きや決定に不満や苦情を申し立て、再考を求める制度である。こうした制度は公式なもので、の方法や手順を知ることは容易である。
日本のPTAでは、何か不満があっても、それをどうすればいいのかがよくわからない。どこに責任があるのか、あいまいにされているし、異議申し立てをする方法も教わっていない。その結果、「仕方ないんだ」「こういうものなんだ」「みんな、我慢してるんだ」「日本ってこうなんだ」といったあきらめの心境に落ちていく。問題について話し合う習慣、問題を訴える方法、思考回路がないので、そういう方向に向かわざるをえない。
さらに、「私はしているのに、あなたがしないのはずるい」「私はしたんだから、あなたがしないのは許せない」というように、目の前にいる親に敵意をむき出しにする。PTAを現在のような形に維持させているのは行政の力なのだが、それは完全に透明化していて、怒りが行政には向かわない仕組みになっている。
「親達の同盟」は、上記の学校ストライキに及ぶまでの行動を起こす時の戦略も助言していて、次のことを考慮に入れ、交渉することを勧めている。
「自分の主張を根拠づけて議論することが大切。法の規定(基本教育法、子どもの権利条約、地方自治体法など)、政府のプログラム、地方自治体のプログラム、教育計画、研究成果、学校の保健アンケート、地方自治体の比較の統計、社会的価値、伝統、子どもの利益、専門家の意見、自分の専門的知識、観察、一般的意見、有名人の意見」
ここにも、知識を広く伝えて、市民を啓蒙しようとする啓蒙主義的態度が感じられる。
「子どものため」とは何か
このインタビューで、「子どものため」という言葉を何度か聞いた。それは、日本のPTAでもよく聞く言葉である。でも、同じ子どものためと言っても、2つの国の保護者組織の活動とその背景にある考えは、見事にかけ離れている。逆方向を向いているとも言えるだろう。フィンランドでは、学校生活のウェルビーングを高めようとして、子どものために活動し、行政に影響を及ぼそうとする。日本では子どものためと我慢して、したくもない活動に参加させられる。親同士が「ずるい」などといがみ合い、入会しなければ子どもに不利益があると脅される。
保護者組織のあり方は、学校、またその国の教育のあり方と関連していると思う。日本の保護者組織も学校も教育も、今のようなものでいいのだろうか。日本のPTAの問題を解いていくには、比較や相対化が一つの方法になると思う。外国の保護者組織については、情報がとても少ない。ここで書いたことが、PTAを考える時の参考になれば幸いである。