時間やコスト面など環境が整う今、再び学ぶチャンス

働きながら学ぶというと、主に語学や職務に直結しそうな資格取得を考えるが、あえて少し遠回りして、専門領域を体系的に学べる大学院に通う人が今、増えている。特に管理職世代の女性では、キャリアを中断せずに通える国内の大学院を選ぶのが主流。社会人大学院では実務経験重視で、入試に学科試験がない場合が多く、受験準備のハードルが低いことも人気の理由だろう。社会人が通いやすいように、夜間や土日に開講したり、会社に近い都心にサテライトキャンパスを設置していたりする学校もある。教室以外で学べるようメディア利用も進むなど大人が学べる環境が整ってきた。

イラスト=原 裕菜

大学院をめざす主な目的は、仕事を支える広い視野や、先端の専門知識を得ることだ。社会人の場合、研究テーマと業務の関係が深い場合が多い。現場のケースをアカデミックな視点から捉え直すことで視座が変わり、課題解決に結びつくフィードバックも期待できるという。修士論文を書き上げた頃には、社会経験に専門的な知見が加わり、より本領を発揮できるポジションへの昇進、新たなキャリア形成に結びつく可能性も高い。

政府の方針も追い風だ。働き方改革の進展で長時間労働が是正されると、最大のネックだった勉強時間の確保がしやすくなる。費用面では数百万円を超える場合もあるが、ローンや奨学金のほか、厚生労働省の「専門実践教育訓練給付金」が活用できる。雇用保険の被保険者を対象に、専門職大学院など厚生労働大臣が指定する教育訓練の講座を受け、要件を満たせば費用の最大7割(最長3年間の期間で上限額168万円)が支給される制度だ。離職中も条件を満たせば適用されるので、子育てや介護などで仕事を離れている場合の復職にも利用できる。

経験者が感じるメリットは学位や専門知識だけではなく、学内の人的ネットワークも大きいようだ。社会人大学院の場合、同じ教室で学ぶ学生の経歴や専門領域、役職などが多様で、職場では出会えない人たちと知り合える。授業で議論を重ね、課題などで協力するうちに深いつながりが生まれる。向学心が強く、考えや能力、学びを通して知る仲間の信頼性は高く、その後のキャリアで助け合える貴重な社外ネットワークにもなりうるだろう。

大人の学び直しは、大量のインプットを課して、脳を鍛える好機だ。それは人生の後半戦を乗り切るビジネス戦略であるともいえる。

MBAは異動にも強いことをつくづく実感。先々のどんなオファーにも前向きに挑戦できます
▼MBA 通学中

学び直しの1つのきっかけは子育てが一段落したこと。人それぞれですが、MBAは若すぎると実務経験に乏しく自分事として捉えられないと思います。私のタイミングはキャリア的にも「40代の今」でした。当初から実務で培った経験を学問的に整理したいという気持ちから人事を学びたかった。中央大学ビジネススクール(以下CBSという)にはMBAプログラムの中に人的資源管理のゼミがあったので、入学を決めました。採用や人材育成など、人事の専門理論などに加え、経営全般も学べるため、会社の戦略に合う適切な分析や提案ができるようになる点で、正解だったと思っています。土日開講も選んだ理由の1つですね。会社からのアクセスの良さも重要。2年も働きながら通うのは大変ですから。

株式会社ローソン ラストワンマイル事業本部 部長 山口恭子さん●中央大学ビジネススクール(CBS)のMBAプログラムに在学。人的資源管理をテーマに修士論文作成中。

人事から新規事業戦略部門に。MBAの学びを実践で活用

大学院2年目の19年、人事から新規事業戦略部門に部長として異動になり、新しい仕事を任されることに。幸いMBAでは事業戦略、マーケティング、ファイナンスなど経営に必要なことが学べます。財務諸表が苦手だったのですが、授業で数字からストーリーを読み取る経営分析のスキルを学び、苦手意識がなくなりました。経験で足りないことは知識でカバーすることで、仕事に幅ができ、業務に役立ちました。MBAホルダーは異動にも強い、これは実感です。先々どんなオファーがあっても、前向きに挑戦できる強みになります。

平日通学は周囲の理解が必須。背中を見て後に続く後輩も

平日は想定外なことが起こりがち、余裕をもつことが大事です。職場には事情をよく説明して応援してもらうこと。自分だけの学びにせず、職場や業務に知識をフィードバックすることもコツですね。学ぶ上司を見てMBA取得を考える後輩が出てきたのもプラスの影響だと思います。

週末の勉強は朝から登校したり、放課後に夜遅くまで居残るなど、集中できる学校を利用しています。グループワークもありますが、集まるのは難しいので、メールやチャットを駆使してやりとりする工夫も。クラスメートは経歴が多様でタフ。授業が終わった夜10時から飲みながら議論し、帰宅後夜中の2時まで課題をこなすこともよくあります。彼らとは、卒業後も良い関係が続きそうです。

▼キャリアの変遷
●新卒で株式会社ローソンに入社
●新人時代は経理部などに所属
●20代で結婚・出産、勤務を継続
●人事部に異動。女性リーダー育成研修などに参加部長職昇格
●子どもの高校卒業を機にCBSに入学
●ラストワンマイル事業本部に異動。
●MBA取得に向け、働きながら学業継続中
組織改革、人材育成、リーダー論など……学びが実務に役立っていることが多々あります
▼MBA 通学で卒業

日米の企業に勤め、異なるビジネス文化をもつ人々と働いてきたキャリアのなかで、経験則に頼るだけでなく、系統立った人材育成について学びたいと思いました。しかし当時の職場では仕事と学業の両立は無理。会社を辞めて大学院に通いたいと上司に相談したら「ビジネスの現場で専門知識を生かせる現役をめざすべき」と諭されて。職場にとどまり、人事部門へ異動。人事も専門的に学べるCBSに入学することにしました。

アクセンチュア株式会社人事部 シニア・マネジャー 東 由紀さん●CBSでMBA取得。ダイバーシティ分野での研究を評価され、自治体や企業向けの講演など社外でも活躍中。

すべての面で優先順位を重視。時間を制する者が学びを制す

修士課程の2年目で転職と同時に研究論文に取り組むなか、時間調整が限界に。在宅勤務ができ、働き方がフレキシブルなアクセンチュアだからこそ乗り切れました。忙しい日常に学びの時間を入れるわけですから、完璧をめざさず優先順位に重きを置きました。

私の場合は家事をカット。業者に頼むなどプライオリティーを下げました。さらに重要なのが同期生。時間が重なり取りたい授業が取れないこともあり、履修計画に情報が必須でした。シラバスではわからない、課題の重さなどの詳細を情報交換できていたからこそ、工夫ができた。通信教育やオンラインもありますが、プロフェッショナルで志が高く、問題意識がある社外人脈を持てることが、無理をしてでも通学することの価値ではないでしょうか。

学びと仕事との両立は、相互作用でプラスに働く

授業で、組織改革やリーダーシップ、人材育成の手法と、学術的なモデルを頭で整理できているので、職場では経験則だけではない説得力のある提案ができるようになりました。逆に授業で扱うモデルに実務のケースが合致してハッとすることも多々あります。各自が経験したケースを話したり、議論したりすることで授業がインタラクティブになり、理解が進みました。社会人限定のMBAだからこそ、ここまで学びが深くなったのだと思います。

▼キャリアの変遷
●米ニューヨーク州立大学卒業後(政治学専攻)、8年ぶりに帰国。新卒でブルームバーグに入社。セールスと企画開発を担当
●リーマン・ブラザーズに転職。リサーチ部門でマーケティングを担当
●リーマンショック後、野村證券へ転籍、グローバルリサーチ部門でマーケティングを担当
●人事部門へ異動、グローバル部門の人材育成とダイバーシティ推進を統括
●人事へキャリアチェンジ4年目にCBSへ入学
●アクセンチュアに転職。人材育成を統括
外資畑でキャリアアップ、4社目でまさかの挫折。悩みをバネに大学院に入り学びの縁で予想外のUターン

社会デザイン学でモヤモヤを学術的に解明したい

▼MBA 通学で卒業

能登半島の出身ですが、まさかアラフォーで地元に戻るなんて予想外でした。大学を出て転職し東京の外資系などでキャリアを積んだ後、日本マクドナルドでマーケティング担当としてファミリー向けのプロジェクトを任されました。ところが6年勤めた後、ある日突然関連会社へ転籍に。会社とのつながりは強いと自負していましたし、それまで何でも自分で決断してきたのに、他人に人生の主導権を奪われたようで傷つきました。社会と自分の関係や、自分たち世代の女性が働くことについてもモヤモヤした疑問が湧きました。

志賀町商工観光課地域おこし協力隊 高澤千絵さん●修士号取得後、故郷の能登半島にUターン。知識と経験、人脈を駆使し持続可能な地域振興に携わる。

そんな時、社会課題を研究テーマにしている新しい学問があると知り、立教大学大学院の21世紀社会デザイン研究科に入学。働きながら大学院で学ぶ生活をスタート。授業は社会課題をビジネスで解決するソーシャルビジネスや組織論、ガバナンスなどを中心に広く学べ、学識と実践の両方に精通した先生もそろっていました。同級生は年齢や背景が多様で、それぞれ専門知識が豊富。仲間との対話から学ぶことも多く、課外勉強会をすることもあり、刺激的でした。卒業後は研究会を立ち上げ活動を継続しています。

ポートランド州立大学のプログラムに参加

在学中、恩師の勧めでアメリカ・ポートランド州立大学のまちづくり人材育成プログラムに参加しました。その時の体験がまちづくりに興味をもったきっかけでした。今ならマーケティングや物流で培ったスキルや経験、大学院で学んだ社会デザインの知識を生かした仕事ができる。自分にしかできないことで力を試すチャンスかもしれないと、一大決心して、能登へ移住しました。

卒業後退職し、19年の春から石川県志賀町しかまちで町営の増穂浦ますほがうらキャンプ場や海水浴場の運営、町の情報発信、新事業立ちあげなど、町おこしで飛び回っています。

▼キャリアの変遷
●外資系専門商社などを経て、語学とマーケティングを学ぶため退職
●米カルフォルニア州立大学サンディエゴ校に留学。米国就労ビザ取得
●帰国後、外資系専門商社に転職ブランドマネジャーに
●日本マクドナルドマーケティング本部に転職、ファミリーマーケティング部マネジャーアソシエイトに
●6年後、関連の物流企業に転籍
●立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科でMBA取得
●石川県の志賀町「地球おこし協力隊」に転職