イエバエの力で、有機廃棄物をわずか1週間で高品質な有機肥料と飼料に100%リサイクル――。高い技術力が注目されるスタートアップ・ムスカを率いるのは社内最年少の女性だ。しかも大の虫嫌い。なぜ彼女は、創業者からのバトンを引き継いで社長になる決心がついたのか。

虫が苦手な20代女子がハエの会社の社長に

「人生はコンテンツ。ネタになればなるほど面白いじゃないですか」

柔らかい表情をたたえながら、凛とした口調で話すのは、ムスカ代表取締役CEOの流郷綾乃さんだ。

ムスカ代表取締役CEO 流郷綾乃さん

ムスカという社名は、イエバエの学名である「ムスカ・ドメスティカ」から付けられた。その名の通り、イエバエを利用してバイオマス100%リサイクルを実現したインセクト(昆虫)テックの会社だ。

ハエの会社の社長だというのに、実は虫が大の苦手という流郷さん。そんな会社の代表に就いているのも、「人生はコンテンツ」という、目の前の試練に対して常にポジティブに戦う彼女の強さのあらわれである。

出産後、営業代理店に飛び込むも……

小さい頃からマイペースでのんびり屋だった流郷さんは、他人とつるむことも大嫌いだった。

高校を出たら留学しようと思っていた矢先、大好きだった祖母が逝去。留学の予定は取りやめ、19歳の頃から、地元関西でアロマセラピストの勉強を始め、アロマの販売も始めた。次第に、妊婦の持つ神秘性に惹かれたことや、妊婦の相談相手になりたいと考え、当時は珍しかったマタニティ向けアロマセラピーを専門にしていった。

21歳と23歳の時に出産。子どもたちを育てていくためにしっかり働かなければと、出産後すぐに就職活動を始めた。未経験OKで営業職を募集していた営業代理店の面接で、「業務用のアロマディフューザーを売ってみてはどうか」と提案し、入社していきなり新規事業を始めることになった。

営業が向いていないことを悟る

しかし、採用してもらったものの、まったく売れ行きが伸びず、入社1カ月で「自分は営業には向いていない」と確信することに。そこで、さっそく方向転換を試みる。

自分にできそうなことはないかと、社内では誰もやっていなかったPRや広報業務に目を向ける。広報の勉強会や、プレス向きのネタを集めて、新聞社やテレビ局への持ち込みをしたところ、日経新聞の地方版に掲載された。「新聞を持って社長のところに『載りましたよ!』と駆け込みましたね」と流郷さんはその時の喜びを振り返る。

業務用ディフューザーの事業担当者に新しい人が配属されたのを機に退職した後、スタートアップに転職した。そのスタートアップが東京移転をする際に、関西に残りたかった流郷さんに対して、2社から「うちで広報をやってみないか」と声をかけられた。

「断るのが苦手なので、2社とも業務委託でやってみようと決めました」と、なりゆきでフリーランスの広報として活動することになった流郷さん。当時は珍しい働き方だった「フリーランス広報」に自分がなったのだと気づいたのは、だいぶ後だったそう。

仕事は順調に拡大し、「今よりもずっと稼げていました」と苦笑する。

業務拡大で子どもとの時間がほとんど取れず

一方、契約先を増やしすぎてしまったことで、家庭の状況を思い悩むことになる。

子どもたちは二人とも保育園に通っていたが、育児はほとんど流郷さんの母親任せ。園の行事はもちろん、子どもとの時間はほとんど取れなくなっていた。

代わりになる人がいても、やっぱり子どもたちは自分が行事に来てくれるのを待っている――。仕事を増やしすぎたことを反省し、自分の軸を決めて、業務委託を受ける社数を絞った。さらに、広報業務そのものではなく、受注した企業の社員に対して、広報の仕事を教育するというやり方にシフトした。

そうして仕事のスタイルを変えて、広報として新たな道を進んでいたころだった。

2017年の秋、流郷さんのもとに、ムスカの関係者から「広報を手伝ってほしい」という誘いが舞い込んだ。

“ハエでバイオマスリサイクルをする”という特殊な事業を行う会社ではあるが、もともとニッチな分野の広報の仕事を多く受けていたため、ハードルの高さは感じなかった。

「『誰に伝えたいか』を考えるのはどこも同じですから」

“ハエ職人”の創業者から社長就任の打診

そうして、2017年11月に広報戦略を担当する執行役員として入社したのだが、しばらくして思わぬ展開が生じる。創業者である串間充崇さんから、「社長になってほしい」と言われたのだ。

串間さんは根っからのハエ職人で、ある意味“ハエ業界”ではトップの存在である。バイオマスの分野も、社会的認知が進んできた。ただ、世間一般的に、ムスカという会社の認知度が低いのがビジネス上の難点だった。

あまりの重責に、最初の打診は断った。しかし、串間さんも引かず、説得は続いた。

マネジメントを猛勉強し、腹をくくる

たしかに、PR的な観点からは、女性が代表取締役になるのはプラスに働くだろうし、会社の事業も「ハエ」だとすれば、ギャップも有利に働くだろう。認知度を上げたければ、自分が広告塔になればいい。

思い悩んだ結果、社長就任の話を受けることにした。

ただし「経営者の席は空いています」というメッセージも込めて、“暫定CEO”を名乗ることにした。スティーブ・ジョブズもかつてそう名乗っていた時期もある。それに倣うのも話題になるのではないかとも考えた。

一方で、マネジメントも一から勉強した。自分がやれる最大限のことをやっていきたかったからだ。そして、2019年4月、暫定の文字を取り、正式にCEOを名乗ることになった。投資家から見れば、経営体制が不安定に見えるということもあり、流郷さんは腹をくくった。

社長は社内最年少

ムスカはベテランの技術者や専門家の集団であるため、平均年齢が高く、流郷さんが最年少。父と娘ほどの年齢差がありつつも、誰とでも遠慮なく議論しあうという。

「これからは『インセクトテック』という分野を確立していきたい」という流郷さん。「ゴミの業界も肥料や飼料の業界も、とても古い商習慣を持ち続けています。試練は多いですが、古いがゆえに分断されたサプライチェーンをつなげていきたいんです」。

ムスカは、約45年で1100世代を超える選別交配を経たエリートのイエバエたちを使い、飼料と有機肥料を生み出す100%バイオマスリサイクル処理を可能にした。まだまだプラントも足りないが、総合商社や銀行など戦略的なパートナーシップも結び、ビジネスとしても立ち上げていく。

現在、プライベートではシングルマザーで、母と二人の子どもと暮らしている。「『自分の子どもが80歳になった時に語りたい会社であるか』が仕事を選ぶ基準。ムスカは次世代に伝えていける会社だと思いました」

子どもたちからかけられる「ママならまたいつでも彼氏ができるよ」という温かい(?)言葉に苦笑しつつ、あくまでも流郷さんはマイペースだ。次から次に飛び込んでくる、新しい「コンテンツ」に心を躍らせながら、これからも彼女は彼女の道を行く。