人手不足が続く中、顧客より従業員を守ることを大事に考える企業が増えてきた。アルバイト先を選ぶ若者たちも、ネットの口コミ情報からそうした企業の姿勢をしっかり読みとっている。人手不足にあえぐ企業と、人が集まる企業の明暗が一目瞭然の時代になった――。
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顧客ファーストから従業員ファーストへ

昨年(2018年)は注文方法でビールの値段が変わる居酒屋が話題になったことがあった。「おい、生ビール」と乱暴に注文すれば1000円、「すいません、生一つ下さい」と丁寧に注文すれば本来の価格である380円、といった具合だ。半ば冗談ではあるものの、客は神様ではない、お店にとって大切な従業員はたとえ客が相手であっても傷付けられることを許さない、という意図があったようだ。

「店が客を選ぶ」というと傲慢に聞こえるかもしれないが、人手不足の現在、客よりも従業員を優先すべきと経営者が考えても全く不思議ではない。つまり「顧客ファースト」から「従業員ファースト」へと、人手不足の時代に大きな転換を迎えている。

そして居酒屋がこのような対応で話題になったことは決して偶然ではない。なぜなら人手不足で最も困っているのが飲食業だからだ。若者のアルバイト事情からこの問題を考えてみたい。

ネットの口コミを気にする若者

現在の若者はどのように仕事を選んでいるか。データを見るとお店の評判や口コミを重視していることがわかる。

アルバイト情報誌、anのアンケート調査によれば高校生・大学生・フリーター・主婦・シニアと5つの属性に分けると、高校生や大学生はアルバイトを選ぶ際に「ネットや口コミでの評判が良い」ことを重視するとある。一方でシニアはネットの口コミを気にする人は少ない。

若者がシニアよりネット情報を重視することは年齢も影響していると思われるが、いわゆるブラック企業を避けようとネットで事前に調べていることは間違いない。

企業で起こる不祥事は、セクハラ・パワハラ・マタハラ・サービス残業など多数あるが、問題を抱えた企業は俗にブラック企業と呼ばれる。これらのトラブルが報じられれば客に敬遠されることはもちろん、採用でもマイナスに働く。

2014年、居酒屋のワタミや牛丼チェーンのすき家が人手不足で店舗の閉鎖や営業時間の短縮に追い込まれた。両社は度々雇用に関する問題が発生することでブラック企業として繰り返し報道され、イメージが低下した。そして人手不足が本格化したことにより、アルバイトの退職が多い年度末に採用が追い付かず一時的とは言え店舗閉鎖や時短営業に追い込まれた。

客だけではなくアルバイトもまたブラック企業を避けたということだ。人手不足の現在、他にいくらでも働き口がある状況であえて評判の悪い会社を選ぶ人はいない。

客よりも「希少」な従業員

マーケティングに関するこんな逸話がある。

「ハンバーガー店を開くとしたら、あなたが最も必要だと考えるものは何か?」

この問いに、ある人は質の高い材料と答え、ある人は秘伝のソース、ある人は立地の良いお店と答えた。しかしその問いを出したマーケターは「私が欲しいのは腹をすかせた客だ」と答えたという。

この話の意図するところは商品ではなく顧客にフォーカスしろということなのだろう。マーケットインといった用語もあるが、マーケティング的な発想としては基礎の基礎だ。

初めて読んだ時にはなるほどと感心したものだが、現在は客以上に従業員が必要という企業は決して少なくない。人手不足倒産と言われる状況はまさにこれにあたる。もちろん客がゼロではそもそもビジネスは成り立たないが、最優先すべきは従業員の確保ということで顧客ファーストが崩れかかっている。

従業員が働きやすいか? 楽しく働けるか? 誇りを持って働けるか? この仕事をやることで成長できるか?

企業によってはこれらを顧客満足以上に優先して商品・サービスを提供する必要がある。経済学や経営学では最も希少なモノ(リソース・資源)を最も有効に利用できるように最適な行動を決めるべきであると考える。希少なモノが顧客から従業員へと変われば、おのずと最適な行動も変わる。つまり従来の常識が大きく変わる、ということになる。

客にもアルバイトにも大人気のスタバ

当然のことながら従業員に楽な仕事を与えれば人が集って繁盛するといった単純な話ではない。従業員が仕事で手を抜いたり偉そうにふんぞり返っているようなお店で働きたいとは誰も思わないだろう。従業員満足度と顧客満足度は表裏一体、車の両輪である。

過剰に利便性を追求し、顧客ファーストであることによって従業員が負担を被ったり、長時間労働になったり、あるいは高品質で低価格の商品を提供するために極端な低賃金で働いている……。インターネットの普及で従来は目に入らなかったそんな部分まで目に入るようになった。顧客だけを優先して従業員を犠牲にするようなビジネスモデルは人手不足の時代に到底受け入れられない。

不人気で慢性的に人手不足の飲食業でありながら、別格と言われるスターバックスコーヒーはアルバイトでも高い人気を誇る。anのアンケートでも、2015、16、17と人気のアルバイトランキングで3年連続で1位となっている。

カフェが若者に人気であることは当然影響しているが、カフェチェーンは他にいくつもある。そんな中でスターバックスが突出している理由はイメージの良さに尽きる。

店舗で提供される商品、接客、居心地の良さなど、顧客体験の質の高さが「ここで働きたい」と思わせる要因だ。つまり顧客満足度が採用に極めて強く影響している。

人手不足でも採用に困らない企業

スターバックスコーヒーは研修に力を入れていることでも知られるが、客の支持が高く、コストをかけなくても採用が容易、つまり採用コストが低ければその分だけ研修にコストをかけることも可能だ。顧客満足度の高さが採用コストを下げ、そして従業員満足度を高める。

先のアンケートでは、高校生・大学生はアルバイトを選ぶ際に「資格や技術が身につく」ことも上位に挙げており、現在の若者は仕事を通した成長を志向していることが分かる。つまり顧客満足度と従業員満足度は相互に高め合っている。

その真逆にあるのがブラック企業で、待遇が悪く従業員が定着しなければ商品・サービスの水準が向上せず、顧客満足度も高まらない。結果的にそんなお店で働きたい人が多いはずもなく、採用コストは高まり、ろくに研修もできず顧客満足度は下がり続ける。

そのような状況では従業員の満足度が高まらず、離職率も高止まりする。結果的にデフレスパイラルのように従業員満足度も顧客満足度も相互に影響し合って下がり続ける。

仕事を通じて成長し、やりがいを得て従業員満足度が高まり、それが顧客満足につながる。飲食業に限らず、そして業種を問わず、人手不足でも採用に困らず高い業績を上げるのはそんな企業であることは間違いない。