※本稿はボンベイ著「家事なんて適当でいい!」(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
子育てに自信のあるお母さんなんていない
これは、『ママの心がふわりと軽くなる子育てサプリ』(主婦の友社)に書いてあった精神科の医師である佐々木正美さんの言葉です。母親自身が「私は私のままでいい」と思えることで、子どものことも「この子はこの子のままでいい」と肯定的に受け止められるというくだりに、とても納得しました。「完璧に育児しなきゃ!」とガチガチに自分を締めつけていたときは、子どもにも私のがんばりに応えた態度を求めてしまい、それができないと本当に腹が立って仕方がありませんでした。自分がこんなにがんばって教えているんだから早く覚えて! 自分がこんなにがんばって作ったんだから全部食べて! というように……。でも、そもそも私の努力と同じだけの見返りを子どもに求めるのは単なる押しつけでしかなく、自分が「完璧であること」、子どもたちが「できて当たり前だと思うこと」にとらわれすぎていたのだと思います。私にとって佐々木さんの本は、育児に疲れているママの心を解きほぐしてくれる、まさにサプリメントです。
大切なのは過ごす時間の長さよりも「関わり方」
働くお母さんあるあるですが、今でもたまに「保育園に行ってると、お母さんと一緒にいられなくてさみしいねぇ?」と思わず罪悪感を感じてしまうような言葉をかけられてしまうことがあります。相手がどんなに低年齢だとしても、人と人との関わり方の根本は同じだと思っています。親子も、兄弟も、恋人も、友達も。相手を一人の人間として扱うならば、支配してはいけないし、束縛してもいけない。いろいろな人や環境との関わりの中で成長するのは、大人も子どもも同じこと。
親からの愛情をしっかり感じているならば、保育所に預けられても、一緒に過ごす時間が短かったとしても、かわいそうとは思いません。
自分らしい生き方を、限られた時間の中でも子どもに伝えられること。子どもが親と離れている時間に、多くの人と関わりたくさんの学びを得ること。親子がともに過ごす時間や関わり方は、家庭ごとにそれぞれ違っていいはずです。それについて文句を言う権利は誰にもありません。
私は双子が産まれて、仕事をしているからこそ、子どもの人数が多いからこそ、逆に力を抜いて家事や育児ができているんじゃないかと思えるようになりました。子ども一人ひとりと向き合う時間が少ないから、時短家電や外部のサービスを上手に使い、夫としっかり役割分担して完璧を求めずにやっていこう、と。長女のときは「楽をする」という発想さえなかったし、家事を完璧にやろう、食事バランスに気をつけよう、しつけもしっかりしなくちゃいけない……と完璧を追い求めすぎていました。けれど結局、理想どおりにはできなくて、不安な気持ちを押し殺しながらイライラし続けていたあの頃。完璧な理想なんかさっさと手放して、もっともっと笑いかけてあげればよかったな。だから、「保育園に預けられて子どもがかわいそう」だなんて、知らない人に言われても、気にすることなんてないんです。
家族が笑顔でいられることが一番大切
親と一緒にいる時間が短いから不幸なんてことはない。親と一緒にいることだけが愛情のバロメーターでもない。ただし誤解してほしくないのですが、家でいつも子どもをしっかり見ているお母さんを否定したり、保育園に入れる方が子どもにとって良い、と言いたいわけではありません。親子での時間の過ごし方は家族それぞれだし、保育所に入れたって、入れなくたって、その家族がその状況に納得して、子どももしっかり愛情を感じられて、家族が幸せでいるなら誰も文句を言う権利はないし、お母さんが罪悪感を感じる必要なんてない。子どもとの関わり方を常に考えている、愛情あふれるお母さんたちの家庭の事情に口を出すなんて野暮なんじゃないの!? と思うわけです。