残業なし、メイドに子供を預けるのが普通……。女性が働きやすい環境が整うシンガポール。富裕層もひしめく金融都市で成功している女性たちが、さらなる野望を語ります。

子育てのため専業主婦になるも、挫折。母やメイドの力を借りて念願のスパオーナーに

とても40代には見えない張りのある肌と、柔らかい雰囲気のローラ・キーさん。スタイリッシュなブティックが立ち並ぶタングリンモールの近くで、スパサロンを開く経営者だが、20代のときは金融業界でバリバリ働いていた。

ローラ・キーさん。グリーンを基調とした静かなサロンは、ローラさんにとっても居心地のいい空間。

「大学を卒業してから約7年、銀行員として働いていたのですが、次第に情熱を失ってしまいました。常に疲労感があり、それ以上長く勤めるイメージが持てなかった。出産したら子育てに集中したかったので、一時期ほぼ専業主婦になったのです」

31歳で出産した長男は未熟児で生まれ、話し始めるのも遅かった。学校の勉強についていけるかとても心配したそう。というのも、シンガポールの教育システムでは、小学校卒業時の試験の結果でその後のコースが決まることもあるから。就学前から英語、中国語、算数などの教室に通わせる親が多い。

おまけに銀行員をやめて専業主婦になったものの「ほかのどんな仕事よりもきつかった。24時間休みがないうえに無償ですからね!(苦笑)」。

そこで、フィリピンやインドネシアからの住み込みのメイドを雇うことに。彼女たちや母の助けを借りて子育てが順調になったころ、もともと好きだったスパを開業することに決めた。銀行からの借り入れなどで資金を調達し、40歳で経営者となる。

人生のモットーは「Be True To Yourself(自分に忠実であれ)」。嫌なことを仕事にするのは辛いが、毎日アロマオイルに囲まれ、好きなことを仕事にできれば、きっと幸せでいられるはずだと奮起した。もちろん仕事は楽しいことばかりではない。大事な常連客を怒らせてしまうなど“事件”は日々起こる。経営者として対応に追われることが多く、ストレスフルだ。

自分の健康がおろそかになってしまった時期もあった

自分の健康がおろそかになってしまった時期もあった。起業してから次男を妊娠し、妊娠高血圧腎症になってしまったにもかかわらず、出産して10日で仕事に復帰した。

「体にとても負担をかけてしまって。それ以来、何よりも健康が一番だと反省しています」

今はできるだけ睡眠をとり、必ず日中に自由時間を捻出して、ネイルサロンに行ったり、マッサージを受けたりする時間をつくっている。また、1日30分程度はウオーキングをするようにもしている。

長男と次男の年の差は11歳。年が離れているので“一からやり直し”の子育てだ。掃除や食事の支度はメイドにお願いし、絵本を読んだり、一緒に遊んだりといった子どもとの時間はしっかり確保している。

共同経営者でもある夫との関係については「以前はよく口論をしていました。でもお互い短気だと家庭がピリピリするので、夫が怒っているときは自分が落ち着いて聞く耳を持ち、自分が悪いと思えば謝るし、自分が悪くないと思えば説明します」といたって冷静だ。

将来はスパの支店を海外で展開するのが夢。ローラさんの野望は続く。

(写真左)ブルガリアンローズなどをブレンドしたオイルが入ったポット。(同右上)サロンは山荘のような外観。(同右下)女性に癒やしを与えるオイル。
▼1日のスケジュール
8:00 起床。その後メールチェック。
8:30 フルーツサラダやオートミールなどの朝食。
9:00 出勤のための準備をする。
10:00 出勤。施術。スタッフとミーティングなど。
20:00 仕事が終わる。
20:30 メイドが作った料理で家族で夕食。
22:00 読書をしたり、マインドフルネスを行ったりする。
24:00 就寝。
▼my favorite
●好きな映画→エディ・レッドメイン主演『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』 ●愛読書→S・R・ガンドリー著『The Plant Paradox
ローラ・キー(Laura Kee)
エステティックサロン経営
1975年、シンガポール生まれ。オーストラリアの大学を卒業。銀行勤務を経て、2014年にスパサロン「TudorLaurel」を起業。13歳と2歳の男の子の母親でもある。

管理職で昇進するよりも、顧客に寄り添う営業の現場を究めたい

マレーシア出身のイザベル・オー・チン・イアンさんは、生命保険・金融プロフェッショナルの権威・MDRT(Million Dollar Round Table)会員に選ばれ、保険会社AIAのなかでもトップ1割に入る営業担当者だ。シンガポールに来たのは15歳のとき。高倍率の奨学金を勝ち取り、親元を離れ外国で暮らし始めた。「小さな村の出身なので、シンガポールのような大都会への奨学生は珍しく、とても名誉でした」

(写真左)イザベル・オー・チン・イアンさん。仕事のときはパリッとスーツ姿で。(同中上)仕事を始めたときに母からもらった時計。(同右上)スケジュール帳。(同右下)毎月営業成績が発表されイザベルさんが1位に。

最初は英語がわからず苦労したが、友人に恵まれ、持ち前のガッツで習得。そのままシンガポールで大学に進み、シンガポール人の夫と結婚。2018年、自身も同国の国籍を取得した。

大学の専攻の延長で新卒で半導体業界でエンジニアとして6カ月働いたものの、「自分の性格に合っていない」と気づき、すぐに保険会社にキャリアチェンジした。「人に会うのが好きだし、もっと外に出ていきたいタイプなんです」

以来、毎年150人もの新規顧客をとる敏腕保険営業担当者になる。「お客さまが体調がすぐれないときや、予期しない事故にあったときに、寄り添うことが仕事。退職後のプランを顧客に提示したときなど、彼らの顔が輝く瞬間が好きです」

シンガポールの保険業界では管理職になるルートと、顧客のケアを専門的に行うルートの2種類のキャリアパスがある。「私は営業の専門職として究めていきたいので、管理職として昇進するルートに切り替えるつもりはありません」と言い切る。

働き方は個人事業主に近く、固定された勤務時間がないため、空いた時間や勤務後に、週3回程度はジム、週1回はスパに行く。「オフィスに来るのは週1回で、ほかは在宅で働くことが多いです。反対に週末も働きたければ働けます」と柔軟性のあるワークスタイルが気に入っている。

夫とは大学時代からの付き合いで、同じ会社での仕事のパートナー。これから子どもを持ってもいいと考え始めている。「子どもができたら子育てに時間を割きたいので、事務の仕事はサポートチームに任せて営業に集中したい。家庭では住み込みのメイドさんを雇って、家事や料理をお願いするのが理想ですね」

▼1日のスケジュール
9:00 起床。
10:00 午後のミーティングの準備をする。
11:00 朝食と昼食を兼ねたブランチ。
14:00 顧客のアポを取ったり、要望に対応するなど、さまざまな仕事をこなす。
16:00 アポがないときは、ジムやスパへ。
19:00 夕食。
20:00 アポが入っているときは顧客のところに向かう場合も。
23:00 明日やるべきことのチェックをする。
23:30 1日の緊張をほぐすため、映画鑑賞。
24:30 就寝。
▼my favorite
●美容と健康→朝食の時間を遅くして、間欠的ファスティング。正しいホルモンバランスに調整できる
イザベル・オー・チン・イアン(Isabelle Oh Chin Ian)
保険会社アドバイザー
1981年、マレーシア生まれ。大学を卒業後、半導体業界を経て、2006年にアジアとオセアニアで展開する保険会社「AIA」に入社。その後現職に。

自分が稼ぐだけじゃ満足できない! 1億人に経済的自立を

金融業界でキャリアを重ね、20代で1千万円プレーヤーとなったが、起業家へと転身したアンナ・ハオタントさん。転身のきっかけは、大学時代に金融機関でインターンをした経験だ。

(写真左)アンナ・ハオタントさん。自宅で1人暮らし。(同右上)デスクには大切な家族と友人の写真。(同右下)読書は経営や金融などのビジネス書が中心だ。建国の父、リー・クアンユーも尊敬する人物。

「そこではお金がお金を生むことを学びました。たとえば銀行は安く調達した資金を投資して、高くなったら売却して利益を得るなど。真面目に働いても得られる収入は限られていますが、正しく投資をすれば、お金がお金を給与以上に増やしてくれることを知りました」

インターン後、21歳から株式投資を始め、29歳のときに資産は100万ドル(約1億円)を超え、若き女性ミリオネアとしてメディアでも取り上げられるようになった。

「でも、単にお金を稼ぐだけでは満足できない自分に気づきました。そこで、若い女性にお金の仕組みを伝えようと思ったのです」

その根底には、お金の仕組みを知ったときの驚きが忘れられず、もっと早く知りたかったと悔やんだ経緯がある。そこで2015年に金融ウェブメディア『The New Savvy』を立ち上げると、瞬く間に人気に。シンガポールに女性向けの同様のメディアがなかったことも追い風となった。ミッションは1億人の女性をお金の不安から解放し、彼女たちが今より幸せになるのを応援すること。メディア運営のほか、定期的に読者とつながるイベントを企画している。「学生を対象としたイベントで、参加者の女子学生から『人生が変わった!』と言われたときは体が震えるほどうれしかったです」

現在はシンガポール、香港、インド、フィリピンの4カ国で運営を展開しているが、今後もっと多くの国に広げたいという希望がある。

起業したばかりなので、フリータイムはほとんどない。朝からミーティングの連続、夜中まで仕事のことを考える。「アイスクリームが好き」と女子っぽい部分をのぞかせるが、現在は仕事に没頭する毎日だ。

好きな言葉の「If you going to dance, make the world spin(ただ踊るより世界を踊らせよう)」のとおり、持ち前のリーダーシップでアジアの女性たちを輝かせている。

▼1日のスケジュール
7:30 起床。さゆを飲んでエクササイズ。
9:00 出社。
10:00 投資家とミーティング。
12:00 昼食。
13:00 クライアントとミーティング。
14:30 別のクライアントとミーティング。
16:00 社内チームとミーティング。
17:30 別のチームとミーティング。
19:00 女性向けイベントを開催。
21:00 帰宅。
22:30 メール・パソコン業務。
1:00 就寝。遅いときは2時か3時になる。
▼my favorite
●好きな映画→グレッグ・キニア主演『リトル・ミス・サンシャイン』 ●愛読書→レイ・ダリオ著『Principles
アンナ・ハオタント(Anna Haotant)
金融メディア経営
1984年、シンガポール生まれ。シンガポール経営大学卒業後、金融機関などを経て、2015年に起業。テレビ番組のホステスを務めるなど、国内を代表する若手女性起業家。