最近、オフィス街の一角に並ぶおしゃれなフードトラック(キッチンカー)に、ランチを買い求める会社員が行列を作る風景をよく見かける。「1台で1日60食売れれば合格点」とされる業界で、200~300食を売り上げるという都内で大人気のフードトラックがある。ハワイのローカルフード「モチコチキン」を販売するMOCHIKO Chicken Factoryだ。14年前の、「全然売れず、カップラーメン1個を2人で半分ずつ食べていた」という苦難の時期を、どのように乗り越えたのか。MOCHIKO Chicken Factoryを運営するFLAPPERの共同代表、清 裕美子さんと国弘友さんに聞いた。
国弘 友さん(左)と清 裕美子さん(右)

15秒で対応、貴重な昼休みを無駄にさせない

FLAPPERでは現在、清さんと国弘さんの2人に加え、社員1人、アルバイト4人で6台のフードトラックを展開し、曜日替わりで都内15カ所に出店している。スタッフは全員女性だ。

モチコチキンは、ハワイのローカルフードで、もち米でできたもち粉を使った唐揚げ。その場で揚げるので、周りにはいいにおいがただよう。MOCHIKO Chicken Factoryのフードトラックには長い行列ができるが、その列はどんどん進む。「オーダーを受けてから15秒くらいでお出ししています。1時間しかない貴重な昼休みを、15分も並んで買ってくださるわけですから、お待たせするのは申し訳ない。おいしいものを、どれだけ速くお出しできるかが勝負です」と清さん。

カップラーメンを半分ずつ食べた“マラサダ”時代

国弘さんは「右肩上がりで伸びてきました」とさらりと話すが、それは最初に大変な苦戦をしたからこその右肩上がり。道のりは平坦ではなかった。

同じペットショップで働く同僚で、ルームシェアもしていたという清さんと国弘さんが、仕事を辞めてフードトラックで起業したのは2005年のこと。清さんは「以前、ハワイに住んでいたのですが、そこで食べたマラサダの魅力に取りつかれたんです。こんなにおいしいマラサダを、どうしたら広められるか。その一念で起業しました」と話す。

マラサダもハワイのローカルフード。発酵させたパン生地を油で揚げる揚げパンだ。レトロな雰囲気に惹かれて決めた、「ワーゲンバス」と呼ばれるフォルクスワーゲンのワゴンを改造して営業を始めたが、何しろ飲食店の経験なし、マラサダのレシピもわからないという状態で、「ぜんっぜん売れなかった」(清さん)。発酵がうまくいかず、せっかくお客さんが来ても売るマラサダがなかったこともあったし、車を停めて営業する場所も確保できず、「勝手に駐車場に停めては、すぐ怒られて追い出される」(清さん)始末。

その後、神奈川県川崎市にあるショッピングモールに場所を確保したものの、相変わらず売れ行きは芳しくなく、売り上げは1日1万円がやっと。その売り上げも、しょっちゅう故障するワーゲンバスの修理であっという間に飛んでいった。「貯金を切り崩す生活。まさにマラサダを食べて生きていました」(清さん)、「カップラーメンを2人で半分こして食べたこともありました」(国弘さん)と2人は振り返る。

唯一の武器でランチに挑戦

そのころ出会ったのが、フードトラック事業者と出店スペースをマッチングする事業を行うMellowの石澤正芳社長だった。「それまで、『ランチ』という発想はまったくなかったのですが、石澤さんに『ランチをやってみたら?』と言われ、ランチ向けのメニューに変えることにしました」(清さん)。

しかし、新たに機材を買うお金はない。マラサダをつくるのに使っていたフライヤーでつくれるハワイのローカルフードで、競合がいないものを……と考えて行き着いたのがモチコチキンだった。

モチコチキン700円。

とはいえ、現物を研究するためにハワイに行くお金もない。清さんは、「昔食べた時の遠い記憶を手繰り寄せて」レシピを工夫。Mellowにオフィス街の営業場所を紹介してもらい、2006年12月からランチの営業を開始したところ、これが大当たり。「正直、モチコチキンがこんなに売れるとは思っていませんでした」(清さん)というほど、行列ができるようになった。

しかし、清さんと国弘さんの2人で1台のフードトラックを使っての営業では、売れる数にも限界がある。「鶏肉を一つひとつキッチンペーパーで拭いて、筋をピンセットで取って……と時間をかけていたので、1日100~120食分を仕込むので精一杯。作った分はすべて売り切れるのですが、それ以上にお客さんはたくさんいます。『もっとたくさん用意できれば』とくやしい思いをしていました」(清さん)。

指示がなくても自走する組織

モチコチキンを売るようになって5、6年ほど経ったころからようやく、人を増やし、車を増やして事業を拡大し始めた。

12:00ころから並ぶ人が20人を超えた。
行列はだんだん長くなり、道のほうにはみ出すことも。
 

「スタッフを増やしたら、『こうしたらもっと早く仕込みができる』『こうしたらもっと売れる』とアイデアがどんどんあがるようになって、1台で1日に200~300食売れるようになったんです。私たち2人の5、6年間のノウハウなんて、一瞬で超えられてしまいました」と清さんは笑う。

「私たちは『ああしろ、こうしろ』と何も言わないのに、なぜみんな、いろいろ考えて工夫し、それを教えてくれるんでしょうね?」と、2人は本気で首をかしげる。

ただ、「みんなものすごくほめ合う」(清さん)という。全員で行う仕込みの時間は、とてもにぎやか。「『このあいだこんなお客さんがいて、こんな風にしたらこんな風に言われた』『こんな風にしたら、すごく速く商品を出せた』など、とにかくずーっとしゃべっています」と国弘さん。細かいことでもみんなに報告し、「いいね!」「それはすごい」とほめ合って、良い工夫はみんながまねをするのだそう。

チキンを揚げるときのトングの持ち方、お釣りの準備の仕方など、少しでもお客さんを待たせないためのアイデアが次々と出てはみんなでまねをして、オペレーションがどんどん効率化していった。「自分のやり方が正しいとは全然思っていないので、スタッフがいろんなアイデアを提案してくれるのが本当にありがたい。スタッフには感謝しかありません」と清さんは話す。

女性だけでオペレーションを回す

大きなフードトラックを運転し、力仕事も多く、雨の日も風の日も、接客しながらチキンを揚げて盛り付けをし、大行列のお客さんをさばくのは重労働だ。しかし男性が多いフードトラック業界では珍しく、現在のFLAPPERのスタッフは全員女性。「面接には男性も来ますが、今のスタッフが全員女性だと言うと辞退しちゃうんですよ」と国弘さんは言う。

忙しくても、接客中は笑顔を絶やさない。

社名のFLAPPERは、古い価値観を嫌って自由に生きていた女性を指すアメリカのスラングだ。社名を地でいく自由でフラットな社風で、代表の清さん、国弘さんも「『代表』というよりも同じスタッフとして扱われています。誰も敬語を使ってこないし、みんな厳しい意見もどんどん言ってくる(笑)」(清さん)。

スタッフ一人ひとりに任される裁量の範囲も広く、通常1人か2人で現場に向かうが、一人で行くかどうかは自分で決める。またそれぞれが現場に持っていく米の量、モチコチキンをPRするPOPの書き方、細かいオペレーションの仕方など、すべて現場のスタッフに任せている。「スタッフはみんな、びっくりするぐらい負けず嫌い。200食売っても、『もっと売れたはずなのに』と反省しているんですよ」と清さんは話す。

1日で辞めてしまう人もいる

裁量の範囲が広いうえ、売った分だけの歩合が給料に上乗せされるので、頑張れば頑張っただけ見返りがある。そんな働き方が好きな人にはぴったりの職場だ。しかし「合う、合わないがあるようで、採用して1日2日で辞めてしまう人も多い」と清さん。さらにペーパードライバーの場合は、一人前に育てるのに1年はかける。事業が拡大している今、最大の課題は、「人を増やすこと」と2人は声を揃える。

人を増やして、「モチコチキンといえばFLAPPER」と言われるくらいにしていきたいと語る2人。

清さんは、将来も路面店を出すことはまったく考えていないと言う。「フードトラックの飲食業には、メリットしかありません。土地に縛られないので、売れなかったら違う場所に行けばいいだけですし」。そして将来は、「『モチコチキンといえばFLAPPER』と言われるくらいになりたいです。そのためには、もっとフードトラックを増やして、いろんな場所で食べてもらえるようにしないと」(清さん)と夢は膨らむ。