※本稿は著者・白河桃子『ハラスメントの境界線』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
◦佐々木さん(20代後半・食品会社勤務)
◦羽田さん(30代前半・生命保険会社勤務)
◦近藤さん(30代後半・メーカー勤務)
◦中野さん(40代前半・コンサルティングファーム勤務)
両脇に女性営業が座らされる不愉快な「当たり前」
【白河】今日は、さまざまな企業で営業として働く女性の方に集まってもらいました。営業職は、クライアントとのお付き合いがあってこそ。そのためか、「女性営業でセクハラにあったことのない人はいない」という話を聞いたりもします。皆さんには、その実態についてお話しいただければと思います。
【羽田】私は生命保険会社で個人向けの営業をしています。お客さんでそれほどひどい人はいないんですが、「どうせ枕営業やってるんでしょ」と言われたことがありますね。そういう業界イメージのようです。そのお客さんとは、契約してくれるといっても、もう関わらないようにしています。
【中野】私の職場でも、接待で先方の部長と同席すると両脇に女性営業が座らされるのは、私が入社した頃から変わりませんね。太ももに手を置かれたりして、本当に嫌でした。
【佐々木】新入社員の頃は、どうしていいかわからない。その手を払って何か言われても嫌だし、他の人の担当だったらなおさら何もできない。その得意先の担当じゃなくても、営業だからって女性社員が接待要員として連れて行かれたりするじゃないですか。
【羽田】仕事のできる先輩女性に「うまくあしらうのがスキルの一つ」と言われたことがあります。でも、もうそういう時代でもないでしょう。私もずっと我慢していたし、もっと若い世代は明らかに嫌がっています。
取引とは無関係の若い女性が接待に呼ばれる不思議
男女雇用機会均等法におけるセクハラでは、職場とは会社内だけではありません。打ち合わせ(接待も含む)のために行く飲食店や、相手の自宅なども入ります。
また、企業は社内だけでなく、取引先などのセクハラなどからも従業員を守らなければなりません。
【白河】百十四銀行の元会長は、接待に自社の女性を連れて行って、その女性が取引先からセクハラにあった。でも元会長はセクハラを止めなかった。それが告発されて辞任していますよね。営業担当でもなんでもない取引とは無関係の若い女性をそもそも接待の席に同席させることがおかしい。昔はよくあることだったかもしれませんが、もう許されないとはっきりわかる事件だったと思います。
【中野】うちの社長はわかっていないのかもしれません。今でもうちの社長、得意先との電話で「うちの女の子連れていくんで」って平気で言いますよ。
【羽田】「クライアントなんだから」って半ば強制ですよね。残業代の出ない仕事です。
個人営業で気をつけるべき、枕営業の提案
【白河】ところで、生命保険というと個人営業ですよね。かつては、男性のお客さんと飲みに行ったり、合コンをセッティングしたりということもあったと思いますが。今は?
【羽田】男性のお客さんから二人きりの飲みに誘われることは、必ずあります。保険の場合、そうした会食は個人間のやり取りで接待ではないんですが。好きで行く人もいるし、契約欲しさに嫌々行く人もいます。「合コンに誰か連れてきて」と言われたり、お客さんと同僚との飲み会に呼ばれたりもしますね。
【佐々木】危なくないんですか?
【羽田】私は手が伸びてきても「何やってるんですか」って冗談交じりに払えるタイプですけど、それができない子は悩みますよね。露骨に「枕営業」と言う人もいます。
【白河】どうあしらうんですか?
【羽田】低レベルな人だなと思いつつ、「そういう人もいるんですかね、他社はよく聞きますけど」って。
セクハラの元凶は40代後半以上のバブル世代
【羽田】でも、セクハラがひどかったのは、前職の大手金融系生命保険時代の社内の上司なんです。生保って2、3年で定期的に支社長が変わるんですが、入社後、すぐに異動してきた支社長がセクハラ上司だったんです。親近感が湧くからって名前をちゃん付け、呼び捨てで呼んだり、「頑張れよ」みたいな感じで手を握ったり、頭をポンポンしてきたり、肩をもんできたり。
【近藤】その人、バブル世代じゃないですか? 飲み会はカラオケが定番で、デュエットで肩を組んだり腰に手を回したり……。
【羽田】そうそう、そうです! 営業所には100人近い営業がいますが、その全員が被害に遭っていました。
【近藤】40代後半以上のバブル世代は、セクハラの元凶ですよね? 私はメーカーで働いているのですが、50代のワンマン社長のセクハラに社内が辟易しています。
【中野】うちは上層部の数人が50代なんですが、飲み会の席で酔っぱらうと服を脱ぎだすんですよ。彼ら的には定番の盛り上げ方らしくて、セクハラだなんて気づきもしない。クライアントの担当者として同世代が出てくると、懇親会の席でみんなで脱ぐんだそうですよ。
【近藤】最悪……。うちの社長は言葉のセクハラがエグくて、昼間の職場で彼氏がいないことにツッコんだり、彼氏がいればいたで「結婚する前に子どもとかつくんなよ」、結婚していれば「そんなに遅く帰って大丈夫なの? 子どもつくらなくていいの?」なんて言ったり。「最近、お尻大きくなったんじゃない?」なんて体形をいじってくることも普通です。
環境型セクハラの典型的な例ですね。服を脱ぐ、言葉でセクハラをする、なども「触らなければいい」ではなく、立派にセクハラです。
【羽田】「結婚してすぐ子どもとかつくっちゃわないでね。スタッフ職は別にいいんだよ、続けられるから」みたいなセリフを言われるのって、女性営業あるあるですよね。
【佐々木】ですよね。私は食品会社で主に個人商店向けの営業をしているんですが、社内的に禁止の接待も「お客さんが言うんだから仕方ない」と上司が言いますし、その席ではセクハラもあります。飲み会の席で体を触られたり、下品な言葉でからかわれたり。同世代の女性営業はみんな陰で泣いてます。
「通報がない=良い会社」は間違いである
【白河】同じ職場の女性営業の方々は、皆さんセクハラに耐えているんですか?
【近藤】そうですね。うちの場合、セクハラ上司と話をすることすら嫌だって鬱に近い状態になった人、それで退職した人、コンプライアンス部門に匿名で相談した人もいます。しかも、何人も。でも「匿名だから実在しないんじゃないか」と言われてしまうみたいで……。会社が動かないんですよね。
【白河】それは通報窓口が機能していないですよね。報復が怖くて実名でなんて絶対通報できない。本来は通報したら調査が入るべきだし、報復禁止措置があるべきですが。
【佐々木】うちも社内外にホットラインがあって、先輩で通報した人もいたんですが、話にならないと言っていました。コンプライアンス室に50代男性しかいないから、仕方ないって。
【中野】うちみたいな40人規模ぐらいの企業なんて、コンプライアンス室もホットラインもありませんよ。
【白河】それは措置義務違反! セクハラ対策については、大企業ではかなり整備されているのですが、窓口はあっても機能していない。また中小企業ですと、窓口や研修がない場合も多いです。
企業には措置義務があります。防止のために相談窓口を設置する、研修を行うなどです。しかし「窓口がある」=「法的にOK」ではセクハラ・パワハラは防げないことがわかります。窓口があっても「通報しにくい」なら、それは機能していないのです。法的にはOKかもしれませんが、放置しておくと、生産性が落ち、退職者が出るなど、職場にとっては大きなマイナスになります。まったく「通報がない」のが良い会社ではなく、「ちゃんと通報があり、調査し、対応し、懲戒がある」のが良い会社です。
セクハラを受けた女性が上司に謝る、不可思議な縦社会
【羽田】前職は大手金融系なので、本社は整備されていたのかもしれません。ただ、現場レベルで適用されていたかと言うと疑問です。私、2016年末に前職を辞めた理由がセクハラなんですよ。
【白河】そうなんですか?
【羽田】毎日毎日セクハラを繰り返されて、仕事を続ける気力がなくなってしまったんです。決定的だったのは、心底嫌になっていた時期に、「肩ももうか」って支社長に手を置かれた日の出来事でした。私は「やめてください」って手を振り払ったんですが、その日の夜、上司にあたる同じ年の男性に「謝りに行こう」と諭されて。彼のさらに上司から「あの態度は何だ」と怒られた、と。その話を聞いて、私はもうこの会社にはいられないと辞める決意をしたんですよね。
【中野】それで、謝りに行った?
【羽田】はい。
【白河】ひどいですね。支社長はどんな反応だったんですか?
【羽田】わかったならいいよ、みたいな。立場的な部分も含めて、上司の気持ちもわかるんですよ。上司ももっと上の人に気遣って、部下を守れない。ただ、これを耐え忍ぶ意味ってなんだろう、と。実は、それまでも匿名でコンプライアンス室に通報したり、本社宛てで手紙を出したりしたことはあるんです。でも、会社は絶対に動かなかった。本社としては、支社長をそこに配属すると決めた役員の名前にも傷がつくからという事情もあったらしくて……。
人材不足や社内政治で、セクハラは繰り返される
【羽田】結局、社内政治が優先されるんですよね。でも、辞める前にどうにかしたいなと思ってて。
【近藤】どうしたんですか?
【羽田】初めは実名でコンプライアンス室に言おうかとも思ったんですが、会社が動かないなら社長を動かそうという発想になったんです。社長宛てに抗議文を送っても秘書止まりになる。だから、社長の自宅を調べて。辞職願を出し、休職中に社長の個人宅宛てで手紙を出しました。支社でセクハラが多発していて、本社に掛け合ってもこういう対応ですって。
【白河】英断ですね。支社長は?
【羽田】それからは人事異動が早かったようです。支社長は降格して本社のどこかに飛ばされ、営業所には新しい支社長がきて雰囲気がガラリと変わったと聞きました。
【佐々木】結局、そこまでやらないと会社は動かないんですね。
【白河】#MeTooのムーブメント以前に……。勇気がいりましたよね。報復が怖いから、辞めるときに思いきったんですね。
【羽田】ただ絶望的なことに、その支社長は以前も別の営業所でセクハラで降格になっているんだそうです。そこからまた昇格して支社長になっているので、今回もまたほとぼりが冷めたら、役員の誰かにひっぱりあげられて出てくるのかなって。会社としては人材不足もあるんでしょうし、社内政治もあるんでしょうし、セクハラ対策だけでケアできる話ではないなと感じます。
視野の狭い女性が、堅実で実直な女性を追い込む
【中野】セクハラに苦しめられる一方で、セクハラを助長したのは女性側でもあるかもしれない、と思わされることもあります。同時期に入社してきた20代半ばの女性営業が、女を武器にするタイプだったんですよ。
【佐々木】いますよね。飲み会に行くときも、露出の多い服で行っちゃったり、飲み会の席でお客さんにベタベタ触ったり。
【中野】お客さんと二人でタクシー乗っていなくなっちゃったり、平気でする人。彼女はやっぱり業績がよかったんですよ。それで役員たちは、「女はかわいくてきれいなほうが営業成績がいい」みたいなことを言いだして。
【羽田】そう、数字がいいんですよね。
【近藤】同期の女の子が病みませんか? 「自分もやらなきゃ」って思うけど、できない。上手にお酌もできないし、触られたりなんて嫌だし。
【中野】そうなんです。女性は、不快だし自分たちもやらされて嫌だしで、彼女のことを好きになれない。でも役員たちは、「若くないからやっかんで」と彼女をかばうんです。結果、彼女は寵愛を受けて職位もどんどん上がっていきました。
【白河】でもそれって、たまたまのサンプル1ですよね。そういう人が一人いると、その人の売り上げは高いけど周りのモチベーションはすごく下がるから、逆に全体としてはマイナスになるぐらいだったりするかもしれないのにね。
【中野】しかも、彼女が辞めた後に担当についた女性営業は、得意先に目の前で「前の担当者の子のほうがいいんだけど、なんで替わっちゃったの?」と言われたそうです。ため息が出ますよね。
セクハラ会社から新入社員が消えるワケ
【近藤】女性営業の先輩後輩の関係だと、セクハラに関する相談も多いですね。
【羽田】保険営業の場合、40代後半以上のベテラン女性営業だと、「しょうがないよね、ああいう世代だから」「任期が終わったらすぐ異動するから」っていう感覚なんですよね。でも20代ではそうはいかない。若手が定着しないですよね。
【佐々木】若いと得意先にも付け込まれやすいですからね。個人商店相手だとお店に行くことになるので、入社直後、まず女性上司に「密室状態で危険そうなときは一緒に行くから言って」と言われました。ああいうこともある、こういうこともあると具体的な話をしつつ、いつでも相談してと言ってくれた先輩もいました。
【羽田】私も、後輩が入ってきたら「何でも相談して」「飲みに誘われたら、私がついていってもいいよ」という話をしますね。私自身は、契約の話をする際、特に男性一人の場合は自宅には行きません。極力、職場の待合ブースや職場近くの喫茶店を指定するようにしています。
【中野】私は部下に、得意先と二人きりで食事に行かないように指導しています。誘われたら「上司も連れていきます」と言わせたり。危険なのは地方出張なんですよね。地方はセクハラ色の強い企業も多いですし、私がついていくこともできませんから。嫌だったら夜の席は「別の打ち合わせがある」と断ってもいいんです、と。その食事会は、業務とは関係ありませんから。