4月、書店にはたくさんの英語学習本が並んでいます。テレビやラジオの講座も新しくスタートし、今年こそは! と考えている人も多いのではないでしょうか。とくに何度もトライしては挫折しているという人に朗報。「三日坊主」を研究する脳科学の専門家が、英語が続く秘策を伝授します。

なぜ英語ができるようにならないのか?

※写真はイメージです(写真=iStock.com/itakayuki)

今度こそ英語の勉強をしよう。そう思うたび、新しい教材や“英語が上達する科学的手法”を謳った書籍を買う。そのくせあっという間にやめてしまい、気がつけば全く英語ができるようになっていない。そんな経験を持つ人は意外と多いのではないでしょうか。

なぜ英語ができるようにならないのか?

「だって大人になってからだと、英語を使えるような脳にはもうならないのでしょ?」などとよく聞かれますが、答えは“NO”です。

イチローも練習が好きなわけではない

答えはごくシンプルで、“できるようになるまで、忍耐強く継続してやっていないから”。

つまり、“あなたの脳は、『努力を継続できる脳』ではない(かもしれない)から”。

先日引退したイチロー選手の言葉の中にこんなものがあります。

「僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。でも、僕は子供のころから、目標を持って努力するのが好きなんです」

英語学習も、「つらい」を乗り越えて努力することが大事なのです。

学習によって「英語が得意な脳」はつくられる

私たちの研究チームは、137人の日本人を対象に実験を実施。まず英語能力が高い人で発達している脳の場所を調べました(【図表1】の赤い部分。緑の○部分は図内下の英語能力との相関をプロットした部分)。

出典:Hosoda et al., Journal of Neuroscience, 2013

続いて英語ができない人に、4カ月間、毎日、1日約1時間ずつ英単語や英文和訳、英作文などの勉強を行ってもらいました。その結果、英語の能力が約30%アップし、さらに、英語能力が高い人で発達していた右下前頭回が、約6%程度大きくなっていました(【図表2】)。

出典:Hosoda et al., Journal of Neuroscience, 2013

ところが学習終了1年後、大半の人は英語能力が低下しており、それに伴い、一度学習後に発達した右下前頭回も学習開始前と同じ程度の状態に戻っていたのです。一方で、訓練実験終了後も自発的に英語学習を続けていた少数の参加者では、英語能力も、大きくなった脳の体積も維持されていました。

ここで重要なのは、生まれ持った脳がその人の英語能力を決めるのではなく、成人を過ぎても学習によって脳が変化し、英語が得意な人の脳に近づくことができるということです。

「続けられる脳」も後天的につくることができる

学習によって「英語が得意な脳」に変化させたいと考えたとき、学習を続けられるかどうか、努力できるかどうかが重要なポイントになってきます。実は、上述した英語の実験では、全員、学習スケジュールや内容も確認し、「やりきります」という強い意志を持った人たちでした。ところが開始1週間以内に、約半数の人がドロップアウトしました。この「ドロップアウト現象」、その後の私の研究によって、英語に限らず、様々な学習や課題においても同様に起こることが明らかになりました。

実際、英語だけでなく、様々なプロフェッショナルスキルの獲得、あるいは、禁煙やダイエットで成功をするために必要なのは、才能の有無ではなく、努力を続けられる力“persistence”であることが最近の研究で示されてきています。

そして、私達の研究チームでは、このpersistenceを司る脳の場所(前頭前皮質の一部)があることを明らかにし、その人が努力を継続できる人なのかそうでないのかを予測できるAIを開発し特許を取得しました。この脳の場所は前述の英語が得意な人が発達している右下前頭回とは違った場所ですが、同様に後天的に鍛えられる、つまり、「努力できない脳」も「努力できる脳」に変えられることがわかってきています。

英語の勉強(努力)を「続けられる脳」をつくるには?

多くの人は、地道な努力を何とか減らして、英語力をつける方法を探そうとします。そして、検索して見つけたその方法で勉強すれば、今度こそ(ある程度つらい努力を回避して)英語ができるようになる、と思いがち。その結果、「それなりに頑張ったのに、やっぱり全然できるようにならない。だからもういい、やめる」となるのです。

とくに、学習をしてこなかった人のほうが、より、努力の見積もりが甘くなり、このような流れに陥る傾向にあります。さぼっていた仕事や宿題に手をつける前は1日あれば終わると高をくくっていたのに、実際手をつけ始めると、1日では到底終わらないことに気がついて愕然とした経験があるのではないでしょうか。それと同じです。今まで英語をやってこなかった分、できるようになるまでの見積もりが甘いのです。

大人の学習は、子供の習得と違い、文法含め理論的に理解をしながら、多量の語彙や文法、音のインプットと実践的アウトプットを繰り返すことが必須です。我々大人にとっては、少しの努力で、英語が自在に操れるようになるなんて夢の世界です。子供でも言葉を覚え、使いこなすようになるのに生まれてから3、4年かかるのです。大人が新しい言語(英語)を自在に操るようになるにも年単位の努力が必要、とまず覚悟することが大事です。

そうすれば、思ったような成果がすぐに出ないことで、自分には英語なんて所詮無理、と投げ出したい気持ちは減ります。まずは、成果がでるのにどのくらいの時間と勉強が必要なのか、その「努力の見積もり」を修正するところから始めましょう。

英語勉強法は好きなものを選んでよい

正しい努力の見積もりができれば、効果がすぐにみえないことを受け入れ、辞めたい欲求も抑えることができ、継続力がついてきます。そして、継続できない脳から継続できる脳に変化していくのです。そうすれば、英語力も着々と身についていくはずです。結局のところ、巷にあふれている様々な英語勉強法、好きなものを選んでどれをやってもいいのです。大事なのは、それを長く続けることです。

細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
博士(医学)。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員/科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員/帝京大学医学部生理学講座助教を兼任。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知行動医学系を卒業後、英語学習による脳構造の変化について研究を行い、研究成果は多数メディアでも紹介される。その後、「三日坊主タイプの人かどうか」を脳から予測するAIを作成し特許取得。現在は、大型の科学研究予算支援(JSTさきがけ・JST クレスト)のもと、プログラミング能力獲得と脳、 VRを利用した学習、様々な個人特性と脳についての研究をしている。