マイノリティになる可能性は誰にでもある
freeeでは月に2度、中途採用の社員が数人~十数人単位で入社。事業が拡大し従業員が急速に増えている。新入社員たちは、入社日に必ずダイバーシティ研修を受けることになる。
「自分には偏見があると思う人、手を挙げてください」。
研修の冒頭、講師を務める吉村美音さんがこう問いかけた。この日、研修に参加したのは男女約10人。ストレートな問いに少しドキッとしたのか、しばらく間があってから4、5人ほどが手を挙げる。
「手を挙げてくれてうれしいです。freeeでは、ダイバーシティは『偏見はあって当たり前』『あなたと私は違う』と認めることから始まると考えています。ダイバーシティは女性や外国人、障がい者、LGBTといったマイノリティの活用を指すことが多いのですが、違いを認めない世界では誰もがマイノリティになり得ます」と、吉村さん。
次に「居心地の悪い思いをした体験は?」と問いかけがあり、何人かが前の職場での体験談を発表。同僚の会話に共感できなくてその場にいづらかった、大事な情報が自分には知らされず疎外感を味わった……。話を聞くうち、彼らが居心地の悪さを感じたのは、自分がマイノリティだと気づいた瞬間だったことがわかる。
実際にはただ意見や情報量が違うだけなのに、その違いが人をマイノリティ側に振り分けて居心地の悪さをつくり出す。吉村さんは、これを解消する手立てとして、freeeの企業理念のひとつ「あえて、共有する」という言葉を紹介した。言いづらいことや聞きづらいこともあえてオープンにしあって一緒に成長していこう、という思いが込められているのだという。
少し言い換えてもらうだけで生き方が楽に
さらに、freeeのダイバーシティの例として全盲のエンジニアやトランスジェンダーの社員を紹介し、自身もレズビアンであることを打ちあける。パートナーとのツーショット写真も公開し、同僚にどう接してほしいかは人によって違うが、できれば性別にとらわれない言葉を使ってほしいと話した。
例えば、「彼氏・彼女」は「パートナー」、「男らしさ・女らしさ」は「あなたらしさ」。特にトランスジェンダーを除くLGBは、本人がカミングアウトしない限り見た目だけではわからない。吉村さんが「少し意識して言い換えてくれるだけで、生き方が楽になる人がいる」と伝えると、参加者たちは大きくうなずいていた。
研修の最後には、LGBTの理解者・支援者を意味する「アライ」という言葉を説明し、アライであることを示すステッカーを配布。だが、これを貼る必要はまったくないという。そして吉村さんは、「今日の研修内容を受け入れる必要も一切ありません。ただ『こういう考え方があるんだ』と知ってほしいんです」と言い、研修を締めくくった。
研修の内容を受け入れられなくてもいい
研修後、締めくくりの言葉の意図を吉村さんに聞いてみた。企業研修は、聞いた内容を実践や成果につなげるために行われることがほとんどだ。それなのに、freeeでは研修内容を受け入れることすら求めない。
「研修の目的は『あなたと私は違う』という価値観を伝えることにあります。もちろん受け入れてもらえたらうれしいですが、一定の行動や価値観を強要するのは違いを認めないのと同じ。特にLGBTに関しては、飲み込むまでに時間がかかる人もいると思うので、すぐ理解してもらおうとは考えていません」
吉村さんが室長を務めるダイバーシティ推進室は、2018年2月に設置された。もともと、同性パートナーも配偶者と同等に扱うなど、ダイバーシティに関してはかなり進んでいたfreee。だが、社員が急速に増えたため、マイノリティにあたる人の声が埋もれてしまわないようにと同室が設けられた。
入社時の自己紹介でカミングアウト
業務内容は、LGBT研修や「ダイバーシティよろず相談窓口」の運営、LGBTイベントでの発信活動など多岐にわたる。その成果は大きく、最近では入社志望者やユーザーにも、ダイバーシティへの取り組みに共感してfreeeを選ぶ人が増えているという。
「取り組みの成果は社内でも感じます。以前、研修後にLGBTではない社員が『うちのパートナーが~』とサラッと話していて、なんてアライなんだろうと感動しました。研修ではいつも、どう言えば誤解なく伝わるんだろうと試行錯誤しているので、手応えがあるととてもうれしいですね」
吉村さんは、freeeの「あえて、共有する」という価値観に共感して入社。この共感を行動で示したいと考え、入社初日に全社員に送る自己紹介メールでレズビアンだとカミングアウトした。前の職場では言えなかった事実。パートナーも「無理に言わなくても」という考えだったが、24時間悩んだ後、思い切って送信ボタンを押した。
自分を全開にしてこそ100%の力を発揮できる
「今は、行動に移してよかったと思っています。ただ、カミングアウトしたからといって特別扱いしてほしいわけではないし、受け入れてくれなくてもいい。この2点は研修でもしっかり伝えていくつもりです。いつか、研修なんていらないほど、LGBTがいて当たり前の社会になったらうれしいですね」
カルチャー推進の部署で働くローラ・ウェイクフィールドさんも、同じ思いを抱くLGBTの一人だ。前の職場では隠していたが、転職後は女性として生きていこうと決意し、LGBT向けの転職サイトでfreeeに出合った。そして、採用面接でトランスジェンダーであることをカミングアウト。入社後しばらくして、男性から女性へと移行した。
毎日出社しながらの移行には、かなりの勇気が必要だっただろう。心の準備が追いつかずに悩むローラさんを、同僚たちは「いつ移行しても私たちはウェルカムだよ」と励ました。その言葉に支えられ、ある日ついに女性の姿で出社。かつてないほど緊張していたが、待っていたのは想像以上の好反応だった。
「人生最良の日でした。あれから考え方も働き方も変わって、『これが私』と言える強さが身についたように思います。本当の自分を全開にしたことで、仕事へのモチベーションも上がり、100%の力を発揮できるようになりました」
「息子がLGBTだったら」と想像する姿勢を
自分らしく働ける環境は、誰にとってもメリットが大きい。2019年3月から法務チームで働く林慶彦さんは、「自分だけでなく3人の息子にも働いてほしいと思える組織だから」とfreeeを選んだ。息子たちが社会に出るころには病気を抱えているかもしれない。LGBTの可能性もある。それでも多様性を重視するfreeeなら、さまざまな活躍の場が待っているはずだと考えた。
研修後、林さんは「あなたと私は違う、という言葉が印象的だった。意見の違いは怒りにもつながりやすいが、違いを認めることができればケンカも起きないはず。子どもたちにも伝えてあげたい」と語った。LGBTについても、息子が当事者だったらと想像する姿勢を大切にしていきたいという。
違いを共有し、認めあい、ともに成長していく──。freeeのLGBT研修は、各企業のみならず、社会全体が進むべき方向を示しているように思った。