以前は絵に描いたような“日本の会社”でしたが、外資系企業とのアライアンス提携をきっかけにガラッと社風が変わった「中外製薬」。ダイバーシティ施策がマストになり、女性社員が結婚・出産後も長く働ける環境づくりに取り組んできました。実際に女性たちはどんなふうに働き、どのようなキャリアプランを描いているのか。これから多様なライフステージを迎える若手女性社員と、子育てに奮闘する研究員の2人に取材しました。
山崎梨渚さん 中外製薬本社営業部オンコロ ジー製品政策部第4グループ所属

激務のMRを継続できるか一抹の不安が……

中外製薬オンコロジー製品政策部第4グループに所属する山崎梨渚(りさ)さんは、入社6年目の31歳だ。入社当初は愛知県の岡崎市でがん専門のMR(医療情報提供者)として4年間活動していた。

「営業の仕事は楽しかったし、数字に反映されるのでやり甲斐もありました。でもそのうち、数字だけを追うのではなく医療従事者の方々に喜んでもらえるようなイベントなどを考案し、それが結果として薬の売り上げに反映されるような仕事がしたくなったのです。そのためには、社内にどんな仕事があって、自分の強みを生かせる部署はどこだろう? と考え始めて。というのも、MRは医師や病院の都合に合わせ、昼夜を問わず営業に出向かなくてはなりません。非常に忙しいので、結婚や出産をしてもずっと続けていけるのか不安もありました。わが社でも育児中の女性の営業が増えてはいますが、決して多いとは言えない。私がこの先長く働き続けていくためには、会社でどんな仕事があるのかを知りたかったのです」

部署や業務は社内のイントラにも公開されているが、いまいち具体的につかめない。そこで社内の「キャリア相談室」で会社の全体像や、各部署の業務の詳細な内容を教えてもらうことにした山崎さん。さらに自分のテクニカルスキルやヒューマンスキルなどを相談員と一緒に分析。その結果、営業だからコミュニケーション能力や交渉力はあるけれど、下を育てる力がまだない、などといったことが判明した。

次のキャリアを待たない、自ら探る“攻め”の姿勢

彼女は将来のキャリアを見据え、自ら社内の部署を探し、自分ができること、反対にまだ足りないことを模索。受け身ではない。相談室にも相談したおかげで、自分のキャリアを客観的に正確に整理することができたそう。その後山崎さんは医薬品の適正使用推進と市場浸透を目的とした戦略を立案・実行・検証するオンコロジー製品政策部に異動した。戦略に沿った製品情報をMRがドクター等の顧客に伝えるためのパンフレットや動画の作成、またそれらの資材の活用方法などを伝える研修など、業務は多岐にわたる。山崎さんは血液がんの抗がん剤の営業戦略を担当しているが、この分野は特に専門性が高く、難しいと捉えるMRが多い。

「私も血液がんが難しいと感じる一人だったので、苦手のツボがわかっています(笑)。昨年血液がんの新製品が出たので、かなり勉強しました。それこそイロハのイから始めて。また、MRがドクターに説明するときに、人によって言うことが違うといけないので、研修ではわかりやすく、相手が納得できるような伝え方を意識しました。激務に追われる彼らにとって、わざわざ時間を割いて参加したくなる工夫も必要ですね」と、MR経験者ならではの知見を生かしている。

山崎さんの現在の部署は出張が多く、常に社内外の打ち合わせがあるため多忙であることに変わりない。安全性、臨床開発、MA(メディカルアフェーズ)、LCM(ライフサイクルマネージメント)部など各部署の考えも常に確認しながら施策を打ち出すことが、社内全体の意識統一につながる。発売後は、多くの患者さんに医薬品を安全に投与してもらうため、全社一丸となって薬を育てていかなくてはならない。

温泉やダイビングで疲れをリフレッシュ

前部署の業務では英語がそれほど必要ではなかったが、現在はロシュ社との会議があったり、海外の学会に参加したりするためにも必須となった。会社が福利厚生で半分費用を持ってくれるので、英語のグループレッスンにも参加している。「普通の英会話なのですが、やるとやらないのとでは、全然違いますよね」と山崎さん。

そんな多忙な彼女のプライベートは?

「新製品発売前などは、かなり忙しいし残業もします。そういうときもメリハリをつけて、仕事を切り上げ友人とお酒を飲みに行ったりも。本社がある日本橋界隈は素敵なお店が多いので、ずいぶん開拓しました。それにきっちり休みも取りますよ。温泉やダイビングが好きなので、旅行で日頃の疲れをリフレッシュして、また仕事に専念できるように工夫しています」

“まだまだ修行中”といった感じだが、MR時代の先輩社員は「明るく、前向きで粘り強いタイプ」と山崎さんを評価する。伸び代大のホープに期待したい。

研究者としては道の途中で、第一子妊娠

中外製薬の製薬会社としての強みは「技術力」にある。「薬」は大きく分けて、化学合成により製造される低分子薬、バイオテクノロジーを駆使した高分子薬、そして中外製薬が“新たな創薬の柱”としてオリジナル技術開発中の「中分子薬」がある。

その研究者の一人が、小嶋美樹さん。入社11年目の38歳で、現在第二子出産後の育休を取得中。彼女は大学院でタンパク質工学の博士課程を修了して入社、中分子技術の立ち上げに携わる。簡単に説明すると、中分子薬のおおもととなるものを、偶然ではなく、いかに効率よく見つけるかいう技術だ。長い地道な研究の末、“薬になるかもしれない”という製品化に向けたチームのリーダーになった矢先の第一子妊娠がわかった。

「妊娠したのが30代半ば。ここで産んでおかないと、との気持ちがある半面、研究者としてまだまだこれからだったので、気持ちはやや複雑でした。けれど同じチームに子育ての先輩がいて悩みを共有できたし、上司と相談して違うリーダーに業務を引き継いでもらいました」

出産した長男が保育園に入れない、いわゆる“待機児童”になってしまったので、1年半育休を取ることになる。小嶋さんの妹がパートタイムの薬剤師で、子育ての先輩ということもあり、育児をずいぶん助けてもらった。夫も“イクメン”で、家事と育児を協力してくれる。ママ友もできた。住んでいる地域のサポートで、地元のおじいちゃんやおばあちゃんが子供の面倒を見てくれたり、赤ちゃんのためのコンサートなどにも参加した。

子どもとの陽だまりのような生活の誘惑

働いている頃は、チーム内で喧々囂々の意見を飛ばし合い、ピリピリとしたムードになることもあったし、深夜まで研究に没頭することもザラ。なんというギャップ! 子供との生活はあったかくてのんびりとして、平和だった……。

「このまま、息子と一緒に陽だまりのような生活を送りたい、と思ったこともあります。でも、それは子供に依存しそうで怖かったのです。保育園に預けると、寂しい思いをさせるかもしれないけれど、親が頑張っている姿を見せたかった」と小嶋さんは振り返る。

その後時短勤務で職場復帰。しかし自分がいなくても仕事は回っていくのだと、少し疎外感に陥ったそうだ。しかし組織とは本来そういうもの。誰かがいなくなれば他の誰かがその役割を担い、業務が継続される。そうでなくては組織として成立しない。たとえスペシャリストの研究職であっても、だ。

「以前は、この機械はこの人じゃないと使えない、みたいな職人気質な面がありました。でも、技術は日進月歩だし、誰もが使えるような仕組じゃないと効率が悪いのです。技術を早く特許化して、がんなどの病気に合わせて薬の元をデザインしていくスピード感が必要。だから私は、働き方をシフトチェンジしないといけないなと」

海外の学会に母親を同伴する先輩育児社員も

根っからの“リケジョ”である小嶋さんだが、研究に邁進し国内外の学会に頻繁に出席するステージから、業務全体を俯瞰するマネジャー的なステージに移行しようと決意する。

「夜遅くまで研究する生活はもうできないし、最先端技術を学べる海外の学会に当分行けそうもありません。子供の面倒を見てもらうために親の旅行費用を自分で出して、海外の学会に一家で参加する先輩社員もいるそうですが。研究結果を自分で出したい欲もありますが、それはある程度若手に任せたほうがいい。出産と子育てによって、私は私で、会社でやるべきことがあるはずだとリセットできました」

復帰後は朝8時45分に仕事を始め、午後4時30分に仕事を終える。保育園に子供を迎えに行き、買い物をして、夕飯を作って食べ、子供を寝かしつけて夜10時にはフリーになる。12時ごろまで論文を読もうとするが、疲れがたまって、子供と一緒に寝落ちすることも多い。

職場復帰後、こういう生活と時短勤務から“居場所がない”と感じることもあった。しかしすぐに技術開発のリーダーを任されることになる。その上司からのオファーも「子供が小さいからやれないよね?」でなく、「どうする?」と小嶋さんに判断を託された。そして第二子を妊娠。去年の12月から2度目の産休と育休を迎えた。自分自身が妹に助けられたということもあり、やはり兄弟はいたほうがいいと思っているし、40歳手前というタイミングもある。夫がいくら協力的であっても、子供を産むことは女性にしかできないのだ。

2度目の育休は気楽に構えて

「でも一度経験したので、今回はあまり不安がありません。2度目の育休明けにも、またなんらかの仕事があるだろうと楽観視しています。同じグループに、5歳年下の後輩がいて、先に出産しているので、彼女とはお互いに助け合いながら仕事をしています。部署全体としては程よいサポートをしてくれています。『どうぞ休んで!』という感じだと、自分なんかいなくてもいいのかなと思っちゃいますが、そうでもなく。『また、休むの?』という冷たい視線で見られることもない。いい塩梅です(笑)」

研究者の場合、全国転勤をするMRと比べると転勤の問題はそれほどない。子育て中の女性ラインマネジャーもいるが、人数はまだまだ少ない。

育休明けの女性社員には、職場復帰後の働き方について上司と話し合うための面談シートを準備するなどしてサポート。その上司には、性別を問わない育児休職への対応など、多様なマネジメントについたハンドブックを配布している。“子育て”は当事者だけが抱えることではなく、部署や会社全体の課題だとの意識が高まっている。

そのなかで、小嶋さんは、きっと次世代の女性たちのロールモデルになるはずだ。

小嶋美樹さん 中外製薬鎌倉研究所 創薬基盤研究部中分子創薬グループ所属