私たちが、人生の中でも特に多くの時間を費やす「労働」。労働経済学では、その市場がどうなっているのか、どう変化しているのかを考えます。働き方を客観的に見つめるうえで役立つ知識が満載!

「働く」に対する広い視野を手に入れて

労働は、私たちの暮らしととても密接な関わりがあります。現代社会では、学校を卒業してから65歳ぐらいまで、40年以上も働く人がたくさんいます。私たちが人生の大半を過ごす市場がどうなっているのか。これを理解することは、働く人皆にとって非常に重要なことだと思っています。

イラスト=岡田 丈

市場には、大きく分けて(1)財・サービス市場、(2)金融市場、(3)労働市場の3つがありますが、労働経済学はこのうち(3)を専門に考える学問です。雇用や賃金、労働時間、働き方など、多様な問題を経済学の視点から研究し、どうすれば人々や社会の幸福をより高められるかを考えていくのです。

ただし、労働市場は(1)や(2)で起こったことが波及して変化することも少なくありません。そのため、労働経済学では、生きもののように日々動き続ける対象を、俯瞰(ふかん)する視点が大切です。鳥の目で地上を見下ろすように、高い所から広く市場を観察・分析する。これこそ労働経済学が最も得意な点と言えるでしょう。

「働くってなぜこんなに大変なんだろう」

例えば、働いている人なら誰しも「働くってなぜこんなに大変なんだろう」「なぜ給料が上がらないんだろう」と思ったことがあるのではないでしょうか。こうした疑問に対しても、労働経済学の視点から分析することで、答えや解決策を見いだしていくことが可能になります。

毎日働いていると、目の前の仕事をこなすのに精一杯で、市場を俯瞰する目を失ってしまいがち。しかし、労働経済学の視点が身につけば、いま自分がプレーしているのはどんな仕組みの市場なのか、この現状は何の影響で起きているのか、といったことが客観的に見えてくるようになるでしょう。「なんで」「どうして」という疑問が解消される分、いま抱えているストレスの軽減にもつながるかもしれません。

皆さんには、労働経済学を通して、働くことにまつわる諸問題を俯瞰する力を身につけていただきたいと思います。

イラスト=岡田 丈

Q 人手不足なのに、なぜ失業率はゼロにならないの?
【KEY WORD】ミスマッチ失業
A やりたい仕事に出合えない人が減っていないから
近年は人手不足が叫ばれているが、労働力人口のうち職がなく求職活動をしている人の割合を示す「完全失業率」は依然2%台。仕事はあるはずなのに、職に就けない人がいるのはなぜだろうか。

答えは、完全失業率を「均衡失業率」と「需要不足失業率」に分解すると見えてくる。均衡失業率は「ミスマッチ失業率」とも呼ばれ、仕事はあるが内容や地域、待遇などが合わないため職に就けない人の割合を指す。

一方、需要不足失業率は、どんな仕事でもいいと思っているのに職に就けない人の割合。ここ数年の推移を見ると、後者は下降しているが前者は引き続き高い。働く人と仕事とのミスマッチがなくならない限り、失業率がゼロになることはなさそうだ。

イラスト=岡田 丈

Q 固定給vs.ボーナス、上がりやすいのはどっち?
【KEY WORD】賃金の下方硬直性
A 日本の企業は固定給を変えない傾向にある
通常、社員のモチベーションは固定給が下がると大きく下がるが、日本ではボーナスが下がっても影響は少ないとされる。ボーナスを臨時収入と考える人も多く、「不景気だから下がっても仕方ない」と受け入れられやすいのだという。そのため企業は、景気が上下したとき、人件費を社員数や固定給ではなくボーナスで調整する傾向がある。

一方、固定給は景気がよくなっても上がりにくいが、逆に景気が悪くなっても簡単には下がらない。この、景気が悪化しても賃金が下がらない状態は「賃金の下方硬直性」と呼ばれ、多くの国で観察されている。

日本の企業は、景気の上下に、固定給ではなくボーナスで対応することで雇用を守ってきたと言える。

黒田祥子(くろだ・さちこ)
早稲田大学教育・総合科学学術院 教授
日本銀行、一橋大学、東京大学を経て現職。慶應義塾大学にて博士号取得。共著に『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(第5章、慶應義塾大学出版会)など。