以前にくらべて元気がない。雑談をしていてもどこか上の空。「最近、何か変だな」と思う人はいませんか? 心の病の見分け方、対処法を3人の精神科医に聞きました。

正しく知って対策を。メンタルヘルス疾患のキホン

「メンタルヘルスの不調を感じたことがある」と答えた人は、4人に1人――。これは、労働政策研究・研修機構が2016年の11月に発表した調査結果だ。

写真=iStock.com/Carlo107

働く人のメンタルヘルス対策は、近年、急速に進んでいる。2015年から、50人以上の常勤労働者を抱える事業所に対して、年1回のストレスチェックが義務付けられるようになった。

「よい取り組みだと思いますが、実効性のある制度とするには、まだ課題もあります。現状では、調査票に自分のストレス状況を正直に答える人ばかりではないでしょう」と話すのは、神戸親和女子大学大学院教授で精神科医の丸山総一郎先生。

厚生労働省が5年おきに行っている「労働者健康状況調査」を見ると、「職業生活で悩みやストレスがある」と回答した人の割合は、男女ともに増えている。

「その最新版(12年)に興味深い結果が出ていました。これまでは、男性の割合のほうが高かったのですが、女性が初めて男性の数値を上回ったのです」(丸山先生)

男性労働者は60.1%。女性労働者は61.9%。わずかな差だが、働く女性にかかるストレスは以前より増えつつあるのかもしれない。「そもそも、女性は4~10人に1人が一生のうちに1回うつ病にかかるといわれ、その比率は男性の2倍という報告があります」と解説するのは、女性のメンタルヘルスに詳しい野田順子先生。

その理由としてまず考えられるのは、女性ホルモン。エストロゲン(卵胞ホルモン)やプロゲステロン(黄体ホルモン)などの働きが、うつ病と大きく関係しているというのだ。

女性ホルモンは、妊娠と出産時のほか、月経周期によっても分泌量が変わり、閉経を機に急速に減る。その変化にともない、女性特有の疾患にかかりやすくなる。月経前症候群(PMS)、乳がん、子宮がんなどがよく知られている。

「働く女性は、こうした体の不調に加え、職場でのストレスが加わることで、うつ病などを発症するリスクが高くなると思います。結婚や出産などのライフイベントも仕事に大きく影響します。ワーク・ライフ・バランスという概念が、仕事も家庭も完璧にこなさなくてはと、自分を追い詰める要因になっている人もいます。40代後半からは、親の介護や老後の生活不安なども出てきます」

女性の体と心にのしかかる重圧は、ほぼ全年齢にわたり途切れることがない。

※日本産科婦人科学会HP「女性の月経周期やライフステージに関する病気」および野田順子先生への取材をもとに作成

「心の不調に早めに気づいて、僕のところに診察を受けにくるのは、年代を問わず女性のほうが多いですね」と話すのは、お悩み相談のブログが大人気のTomy先生。

「でも、気分が落ち込む“うつ状態”だからといって、うつ病とは限りません。患者さんにとって何がストレスの元なのか、明確にわかっている場合は、“適応障害”といって、うつ病とは別の疾患ということもあります。職場では気持ちが沈んでも、プライベートでは元気に活動できている状態ですね」

適応障害は、ストレス源を取り除くことが治療の早道。苦手な上司が配置転換になったり、席が離れることで解決することもあるという。

「ちなみに男性は、同僚から『病院に行ったら?』と指摘されてやっと受診するので、すでに重症になっていることも多いですね」とTomy先生。

精神科や心療内科に行くことに抵抗があって踏み出せずにいる、というわけではなく、自身の不調にまったく気づいていない人もいるという。

「精神疾患は、気の持ちようでどうにかなるものではなく、脳の機能障害と考えられています。うつ病は、脳を使いすぎてフリーズした状態。自分を客観視できなくなっている場合もあるので、治療を受けるきっかけを、身近な人がつくっていくことも大切です」

あてはまったら要注意。心の病の前兆かもしれません

人の心=感情や思考を支配しているのは脳。その脳が何らかの理由で機能不全を起こし、不安、無気力、ネガティブな考え、幻覚や妄想にとりつかれ、日常生活が立ち行かない状態を、医学的に「精神障害」と呼んでいる。

「職場でよく見られるのは、適応障害やうつ病、不安障害です」と丸山先生。不安障害には、パニック障害(激しい動悸(どうき)やめまいなどが起きる)、社交不安障害(人前で注目されたり、他人からの否定的評価を恐れる)、PTSD(災害や犯罪被害などの記憶がフラッシュバックする)などがあるが、うつ病を併発するケースも多いという。

「うつ病の代表的な症状は、抑うつ(気分の落ち込み)、意欲の低下、喜びを感じにくくなることです。家族や職場の人がサインをキャッチすることが、早期発見・早期治療につながります」と野田先生。

※『女性のうつ病』(野田順子著)のチェックリストをもとに作成(イラスト=MAIKO SEMBOKUYA)

チェックリストは、うつ病の患者によく見られる特徴。多くあてはまるほど危険と考えられる。

「何個以上あてはまったら病気」といった明確な基準はないが、医師はこうした項目と、本人への問診をあわせて診断している。

仕事では、以前にくらべ意欲がなくなり、集中できず、パフォーマンスが落ちてしまう。人間関係を避けるようになるのも、うつ病によくある症状。「電話が鳴ってもすぐに出ない」「ランチや飲みに誘っても来ない」。そんな出来事が続いていないだろうか。

女性の場合は、おしゃれや身だしなみに関心がなくなるという、明確な変化が見られることも。「フルメイクだったのに、最近は眉とリップだけ」「ネイルアートをしなくなった」「髪がはねていても平気」など。

食事の量や睡眠時間が極端に増減するのも、重要なサイン。食欲がなくなり、体重が減っていくケースと、食べ過ぎて体重が増えていくケースの両方がある。睡眠は、なかなか眠れず、夜中に何度も目を覚ます不眠が多いが、10時間以上寝てしまう過眠になる人も。

「うつ病の人は職場とプライベートの両方で活動レベルが落ちていきます。家での食事、睡眠、休日の過ごし方について、さりげなく聞いてみてください」と野田先生。

心の病気を疑われている――と思われないよう、雑談をよそおって聞くのがポイント。

「最近、暑くて寝苦しいよね。よく眠れてる?」「週末は何してた?」「昨日の夜は何を食べたの?」などと聞いてみて、「あまり眠れてなくて」「家でずっと寝てました」「昨夜は食べてません」と返ってきたり、言葉につまったりしたら要注意。

とはいえ、「うつ病なんじゃない?」と安易に口にすると、相手を深く傷つけることがある。とくに男性は、「メンタルに問題が見つかったら、評価に響く」と警戒する人も多い。「眠れてないなら、睡眠外来に行ってみたら?」などの助言にとどめよう。

こんな要素がメンタルヘルス不調の引き金に……

脳の機能障害が起こるしくみは、残念ながらまだ解明されていない。だが、医師から見ると、うつ病の診断が下りる人には、一定の共通点があるようだ。

「まじめで几帳面(きちょうめん)で完璧主義、負けず嫌いで自分に厳しい。そういう性格の人が多いと思います」と野田先生。ものの考え方や職業観は、肉親からの影響も大きいと考えられる。そこで野田先生は、初診の患者に両親がどんな人か、どんな育てられ方をしたかをヒアリングしているという。

ただ、性格は「心の不調を引き起こす要因のひとつ」に過ぎず、職場の環境によるところも大きい。セクハラやパワハラはもちろんだが、上司から「期待してるよ」と言われて断れず、許容量を超えた仕事を抱えている人も、うつ病になるリスクが高い。職場の人間関係も、ストレス要因として無視できない。

「女性が多い職場では仲のいいグループごとに休憩や食事に行ったりしますが、その輪に入っていけない人は孤立して、心に問題を抱えやすくなります」と野田先生。

心理的なストレスが原因で精神障害になったり、過労自殺で労災認定されたケースは、年に500件近くにのぼる。

「男女別のデータを見ると、男性は製造業、女性は医療や福祉関係の仕事についている人が最多という結果でした」と丸山先生は話す。

「医療や福祉の仕事を選ぶ女性の多くは、人を助けたいという理想をもっています。ところが、いざ現場に出ると、患者さんやお年寄りへの接し方に問題がある上司や同僚もいる。そのギャップに悩み、無力な自分を責めてしまうのでしょう」

私生活では、家族に問題があったり、一見ハッピーに見える結婚や出産が強いストレスを抱えるきっかけになるケースもある。

「カサンドラ症候群といって、女性のうつ病の原因が実は夫のアスペルガー症候群だったとわかることがあります」と野田先生。

アスペルガー症候群も精神障害のひとつで、他人の気持ちが理解できず、対人関係でトラブルを起こしやすい。こういった家庭や家族の問題は、職場では話題にしにくいもの。家族や当事者が病気を疑い、医療機関に行くしかない。

イラスト=MAIKO SEMBOKUYA

(1)まじめで几帳面な性格
完璧主義で責任感が強い。仕事を人に任せられず、自分ひとりで抱え込んでしまう。


(2)職場の人間関係と過重労働
グループ内で孤立している。仕事量が多すぎる。セクハラやパワハラにあっているなど。
(3)家族との不仲や病気
夫、子ども、父母、義父母など、家族とのいさかいや価値観の不一致、病気で悩む人も。
(4)大きなライフイベント
周囲からは祝福されるような出来事でも、環境の変化についていけず苦しむ人がいる。

この医師で大丈夫? 同業者が教える精神科医の選び方

いざ精神科にかかろうと思っても、どこに行けばいいかわからないという人も多いだろう。医師選びで失敗しないためには、どうすればよいのだろうか。

「おすすめはかかりつけ医に相談することですが、勤め先の産業医や役所の保健師など、地域の精神科医とネットワークを持っている専門家に評判を聞くのもよいでしょう」と丸山先生。インターネットの口コミを見るのは手軽だが、患者の主観に左右されるため、確実な情報は得にくいという。

Tomy先生は、「同業者の立場から、私がおすすめできないのはこんなクリニック」と、4つの特徴を紹介してくれた。

まず、複数の診療科の中に精神科や心療内科が含まれるところ。

「ドクターの経歴に『精神保健指定医』や『日本精神神経学会認定専門医』の資格がなければ、精神科も“ついでに”診ている可能性があります。精神科の薬に詳しくなく、依存性のある薬を安易に出してしまうドクターもいます」

2つめは、薬をむやみに出すか、まったく出さないドクター。

「精神科では、抗うつ薬、抗精神病薬、気分安定薬、抗不安薬、睡眠薬の5種類を組み合わせるのが基本ですが、同種の薬がいっぺんに複数出ていたら不自然。一方、『薬を使わずに治します』というドクターは、カウンセリングなどの精神療法が中心になりますが、時間がかかり、確実に効果が出るわけでもありません」

3つめは、カウンセリングと検査が多いドクター。「検査は保険がきくものが多いですが、結果レポートの作成は自費になることも。カウンセリングは保険適用外で、高額に設定しているクリニックもあります。患者さんの同意も得ずに押し付けてくるところは、お金もうけ優先かもしれません」

4つめは、一方的に自分の考えを話し、困っていることを訴えても取り合わないドクター。

診療時間もひとつの目安。初診は30分くらいかけるのが一般的だが、10分ほどで終了したり、再診は5分未満というドクターもいる。「患者さんの表情やしぐさを観察して、症状の変化を読み取るためには、再診でも15分は必要ではないでしょうか」と野田先生。「信頼関係が築けないと感じたら、転院してもいいと思います。ただし、薬を独断で中止すると症状が悪化することがあります。服薬を続けながら、新しいクリニックに行くようにしてください」

転院するには紹介状が必須、と思い込んでいる人もいるが、紹介状なしでも受け付けている病院はある。頼みにくいドクターなら、黙って病院を変えてしまおう。

イラスト=MAIKO SEMBOKUYA

(1)薬が多すぎるか、まったく使わない
初診から6種類以上の精神薬を出されたら、ドクターに説明を求めよう。まったく使わない場合は、通院が長期化するリスクがある。


(2)複数の診療科を同時に掲げている
診療科の最後に「心療内科」や「精神科」と書いてあるクリニック。精神科の専門医でない場合は、処方する薬の選択肢が少なくなる。
(3)カウンセリングと検査の回数が多い
再診以降でひんぱんに検査を行ったり、保険適用外のカウンセリングを半強制的に組み込もうとする。治療に必須でないなら断ろう。
(4)患者の話をあまり聞こうとしない
「あなたは○○だから」と一方的に決めつけたり、患者の訴えに耳を貸さない。初診では親身でも、徐々に態度が変わることがある。

メンタルヘルスの治療は、薬+認知行動療法が主流

あるテレビ番組で、うつ病を経験したフリーアナウンサーの丸岡いずみさんが、「精神科の薬を飲むと人格が変わってしまうのではと不安になり、薬をこっそり捨てていた」と告白した。しかし、入院して薬を規則的に飲むようになると、つらい症状がウソのようにおさまっていったという。

「精神科の薬をこわがる人が多いのですが、脳内物質のバランスを整えて、脳の機能を正常にするなら、やはり薬物療法が基本。うつ病の場合、脳内の神経伝達物質にピンポイントで作用するSSRI、SNRIと呼ばれる薬が主流です」とTomy先生。少量から始めて、1~2週間様子を見るのが一般的だという。

薬である程度の効果が出てきたら、精神療法(精神科医や臨床心理士によるカウンセリング)を並行して行うことが多い。「現在、有効だと実証されているのは、認知行動療法です」と野田先生は解説する。

「簡単にいうと、マイナス思考のクセを変えていくものです。『仕事を完璧にこなせないといけない』『こんなこともできない私はダメな人間』。そうした考え方が偏っていることに気づいてもらい、修正していく。うつ病の再発防止に効果があるといわれています」

薬が効かないか、副作用が深刻で薬が使えない場合は、麻酔下で脳に微弱な電流を流す「修正型電気けいれん療法(mECT)」を実施することも。電極をつけることに抵抗をおぼえる人もいるが、即効性があり、自殺するリスクが高い重度のうつ病に有効だという。

このほかに、磁気を出すコイル装置を頭部に近づけて、脳の神経細胞に刺激を与える「反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS)」というものがある。こちらは麻酔の必要がなく、2018年内に保険適用される見込みだ。

うつ病は再発しやすく、長期休職すると復職が難しいというイメージもあるが、近年は復職支援(リワーク)プログラムに力を入れる医療機関が増えている。認知行動療法で考え方のクセを修正するほか、対人関係をスムーズに行うためのグループワークや、規則的な生活を送り、きちんと休息を取るよう指導を行う。

職場に戻れば再びストレスにさらされるが、「悲観的な考え方」を修正できれば、心のダメージは軽減される。また、生活のリズムを整え、仕事以外に楽しむ時間をもつようにすれば、ネガティブな感情をひきずらずにすむ。

「大事なのは、ストレスとのつきあい方を変えていくことだと思います」と丸山先生は話す。「パワハラやセクハラなどのストレスは取り除く必要がありますが、管理職への昇進や、未経験の仕事などは、長い目で見れば人を成長させてくれる“よいストレス”。すべて悪いものだと決めつけず、上手に楽しくつきあっていくという発想を取り入れてほしいです」

イラスト=MAIKO SEMBOKUYA

(1)投薬
脳の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリンなど)に作用する抗うつ剤は、SSRI、SNRIと呼ばれる薬が主流。不安障害や強迫性障害などにも処方される。


(2)認知行動療法
特別な訓練を受けた精神科医や臨床心理士が行う精神療法。ものごとを悲観的・否定的にとらえるクセ(認知のゆがみ)を患者に自覚させ、修正していく。
(3)修正型電気けいれん療法
麻酔下で、頭の表面から電流を2~3秒通し、軽いショックを与えてうつ病の症状を改善する。即効性があり、自殺する危険がある重症な患者に適用される。
(4)復職支援プログラム
産業医や臨床心理士などの有資格者が、精神障害で長期休業している患者の復職をサポート。日常生活の改善指導や対人交流を学ぶグループワークもある。
丸山総一郎(まるやま・そういちろう)
神戸親和女子大学教授・同大学院教授
大阪大学医学部卒業。専門はストレス科学、産業精神医学。日本産業ストレス学会常任理事、日本産業精神保健学会理事などを務める。主な編著書に『働く女性のストレスとメンタルヘルスケア』(創元社)。
 

野田順子(のだ・じゅんこ)
野の花メンタルクリニック精神科医師
三重大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経科・精神科、松沢病院で研修。産業医などを経て、2001年より開業。主に女性のうつ病、統合失調症、不眠症などの治療にあたる。著書に『女性のうつ病』(主婦の友社)。
 

Tomy(トミー)
1978年生まれ。某国立大学医学部卒業。大学病院の精神科医局、精神病院の勤務医を経て、2013年にクリニックを開業。常勤医の傍ら「ゲイの精神科医」としてメディアに出演。『失敗しない“心のお医者さん”の選び方 かかり方』(主婦の友社)ほか著書多数。