その人の振る舞いが、そのまま会社の評価になる

日本では当たり前のビジネスマナーが海外で通用するとは限らない。何げない言動が先方の気分を害し、商談が立ち消えに……というケースもある。海外出張や外国人の接待で失礼にならないよう、国際基準のマナーを心得ておこう。

ベースとなるのは、プロトコール(国際儀礼)。プロトコールに基づいて行動すれば、大きなトラブルは回避できる。「郷に入れば郷に従え」で、その国の文化や慣習を十分に調べて実践し、相手を尊重する姿勢を正しく伝え、信頼関係を築くことが大前提となる。

「日本企業と仕事をする欧米のエリートは、日本のことをよく勉強していらっしゃいます。日本の文化や歴史を敬い、訪日前に十分に準備をしているので、多くの場合、お箸の使い方も見事です。挨拶の際に、日本式のお辞儀をなさることも少なくありません」(日本プロトコール&マナーズ協会理事長の上月マリアさん)

日本のビジネスでは会社同士が取引をしているという概念が強いが、特に欧米のビジネスでは「人対人」を重視。会社の代表として来ているその人の振る舞いが、そのまま会社の評価になるという認識を持とう。

イラスト=なかのりか

manner 1
挨拶をしたらまず握手を。名刺交換はその後に

握手の原則は、「上位者から下位者」に

日本では、初対面の挨拶を名刺交換から始める人が多いが、国際社会では握手が一般的な挨拶だ。まず笑顔でアイコンタクトをし、名前を名乗り、右手で握手をする。この間、必ず目を合わせて、相手に心を向けよう。気恥ずかしさから視線をそらしてしまうと、「敬意がない」「やる気がない」などの不快感をあたえてしまうので注意したい。

プロトコールでは握手は「上位者から下位者に手を差し出す」のが原則だが、ビジネスでは互いが同時に手を差し出すのが実情。

名刺交換をする習慣は少ないが、日本のように交換した名刺を机に並べることは避けたい。「取引相手の名前も覚えられない記憶力の悪い人」と思われかねないのだ。名刺が欲しい場合は、商談後に秘書に打診してみよう。

海外では日本式のお辞儀は行わない。訪問国の挨拶のマナーを守り、実践することが敬意表現となる。

イラスト=なかのりか

manner 2
レディファーストを、スマートに受ける

ドアの開閉、エレベーターの乗降であわてない

現代では、レディファーストは国際慣例として定着している。しかし、ビジネスシーンではそれを適用せず、あくまでも社会的な地位に基づいて行動することが原則となる。

欧米人はもとより、アジア圏でも欧米の教育を受けて育って来たエグゼクティブたちは、幼い頃からレディファーストが身についているのでごく自然に行っている。これを断ることは失礼にあたるので、躊躇せずに受けよう。

たとえば、エレベーターの乗り降りでは先に通していただく、男性が開けたドアを先に通らせていただく、席につくときに椅子を引いていただくなど。必ず「Thank you」とお礼を言うことを忘れずに。また、レディファーストができないことがビジネスにおける評価を下げる場合もあるため、男性上司に同行する際には、重たい荷物を率先して持つよりも、分担して持つほうが賢明だ。

▼column
プライベートでは、女性が上位。女性から握手を求める
国際的なビジネスでは、原則としてレディファーストを適用しないことは述べた。しかし、ビジネスを離れたプライベートなシーンでは女性が上位者となる。初対面において、男性から握手を求めることは女性に対して失礼にあたるため、女性から男性に手を差し出すことを覚えておこう。

manner 3
エレベーターや車でも、席次のマナーを心得る

和室では左上位だが、国際儀礼では右上位

クライアントを接待するときに心得ておきたいことが席次のマナー。自分勝手に行うとゲストに不愉快な思いをさせてしまうため、大切なビジネスマナーの1つだ。

プロトコールにおける上位席の1つはマントルピースの前だが、その席がその人にとって本当に良い席かを考え、最善を尽くすのが本物のマナー。「本来ならこちらにお座りいただくべきですが」とひと言添えて、「美しい庭園をご覧いただけます、こちらの席はいかがですか」などと伺うのも敬意の表し方だ。

エレベーターや車の中でも序列によって一定の位置が決められている。右上位の原則から、タクシーやハイヤーでは後部座席の右側が上位席となり、ホストが自分で車を運転する場合は、助手席が上位席となる。エレベーターにも定位置があるので覚えておこう。

イラスト=なかのりか

(左)エレベーターの立ち位置/原則として、操作ボタンの前には最下位者の(4)が立つ。エレベーターは危険物とみなすため、最上位者の(1)は、最後に乗り、最初に降りるのが原則。
(右)車の席次/車の場合は誰が運転手かによって2通りの席次がある。基本をふまえて柔軟に対応しよう。

manner 4
海外では日本以上に、手紙を重視する

メールでのお礼は略式。上位者には直筆の手紙を

初対面、年長者、取引先の役員など、上位者に対してはメールではなく手紙が正式。特に欧米では日本以上に直筆の手紙を重視する傾向にある。

伝統的なプロトコールでは、お礼状は当日、遅くとも翌日に送ることが望ましいとしている。便せんと封筒は揃いのもので、100%コットンで厚みがあるほど上質。色は白が最上格で、国際ビジネスでは淡い水色も可。プロトコールでは、便せんは無地が正式で、罫線や絵柄が入ると格下となる。

文字は黒かミッドナイトブルーで、万年筆がベスト。もっとも、先方がメールでのやりとりを了解している場合はメールでよいが、その間柄でも、用件に応じて手紙とメールを使い分ける必要がある。

manner 5
装いで、敬意を表現する

相手国の国旗の色を、服装に取り入れても

服装は、パブリックウエアとプライベートウエアとに大別される。パブリックウエアは目的にかなう装いであることからドレスコード(服装規定)を厳守することが求められる。もちろん、ビジネスウエアもその1つで、肌を隠す部分が多いほど格上の装いとなる。そして、男女ともにジャケットを着用することが敬意表現であるという基本を覚えておこう。

日本ではクールビズの習慣があるが、ワイシャツはもともと下着なので、取引先への訪問や来客の際にはジャケットを着用する。ハワイなどの常夏の地域ではアロハシャツが公用着として公認されており、ゲストも襟のあるシャツを着用することが正式だ。

いずれも、身だしなみを整え、清潔感があることが世界共通のマナー。装いに自国の伝統文化を品よく取り入れることや、相手国の国旗や国花の、色やデザインを用いた装いで、敬意や友好を表す服装術も心得ておきたい。

manner 6
会食やパーティーに招かれたら、具体的な感謝を伝える

具体的な言葉が心に響く。食事のマナーにも十分な配慮を

ビジネスランチやパーティーに招かれたときにはテーブルマナーだけでなく、周囲に不快な思いをさせない配慮も必要となる。一般的に、ナイフやフォークの刃先を相手に向けることは、敵意を向ける意味を含むため、相手の気分を害してしまうことも。皿にナイフを置くときには、刃先を自分側に向けること。

招待を受けたパーティーの帰り際に、主催者にお礼を伝える際には「料理だけを褒める」のは良くないとされている。それしか良いところがなかったのかと落胆させてしまうためだ。必ず、演出や楽しい会話、素敵なゲストとの出会いなど、主催者の心配りに対する感謝の気持ちも具体的に言葉に出して伝えよう。日頃から、感謝の気持ちを表現豊かに伝えられるよう、言葉のセンスを磨いておきたい。

manner 7
贈り物は、先方の文化的背景に配慮して

高価な贈り物は、賄賂と受け取られる可能性も

海外でのビジネスで贈り物を考える場合には、まず取引先の贈答慣習を確認することが必要だ。特に取引前の贈答は賄賂だと思われることがある。コンプライアンスの問題から、組織のルールとして授受を禁じている企業もある。贈答をしてよい場合でも、受け取った人に気持ちの負担をかけてしまう高価な贈答品などは避けよう。

前もって先方の好みや宗教上のタブーを調べることは必須。アルコールを禁じられている人には、酒類はもちろん、アルコールが入った菓子や香水も避けなければいけない。一方、茶道を好む人なら、日本の懐紙や干菓子などは季節感もあり話題も広がりやすく、負担にもならない。花を贈る場合には花にまつわる意味を調べよう。国によっても花言葉が異なるので注意が必要だ。

日本でも海外でも、大切なのは気配りの心

7つのマナーを挙げたが、基本となるのはプロトコールの5原則だ。そのなかの「序列に配慮」にあるように、上位者と下位者を明確にして行動することが求められる。一般的にはビジネスでは年功序列やレディファーストは適用されず、あくまでも立場や役職で上位・下位が決まるため、27歳の社長と40歳の部長なら、27歳の社長が上位。握手の手を差し出すのも、会話を提供するのも、上位者から行うのが原則である。

また、正式なパーティーや会議を主催するときは、その国の象徴である国旗を正しく取り扱うこと。国旗の汚損や大きさの違い、掲揚の高さの違いは、その国への侮辱や蔑視となり、トラブルに発展する場合もあるので正しく取り扱うことが重要だ。

「国旗は、プロトコールのなかでも最も重要な敬意表現として位置づけられており、厳格なルールが定められています。言い換えれば、国旗を大切に扱うことで相手国への敬意や親しみを表現できるのです。服装の一部にゲストの国旗の色を取り入れる、卓上に国旗の色のお花を生けるなどのおもてなしは、ぜひ取り入れたいものです」(上月さん)

▼column
海外ではひんしゅくかも? 気をつけたいNGマナー
(1)女性秘書だけが、ボスの荷物を持つ
男性が上位者であっても、女性だけに重い荷物を持たせることは慎みたい。男性上位者が「レディファーストも知らない人」だと思われてしまうので、このことを念頭に入れて女性も行動しよう。
(2)初対面の取引先に、菓子折りを持参する
特に欧米のビジネスでは、日本のように、初対面でお土産を渡す習慣はまずない。贈り物をする場合は、取引先の贈答ルールを確認したうえで、負担にならないものを適切な場面で贈ろう。
(3)ひと目でわかるブランド品を、上位者が持つ
高位者(皇族や王族)や社会的な上位者が身につけるものは、人々から注目され、商品の宣伝にもなってしまう。このことから一流のエグゼクティブはひと目でわかるブランド品を公では持たない。
上月マリア(こうづき・まりあ)
一般社団法人日本プロトコール&マナーズ協会理事長
校長を務める「ノブレス・オブリージュアカデミー」には活躍中のマナー講師らがさらなる研鑽を積むために全国から訪れる。「JOC国際人養成アカデミー」等のプロトコール講師を務める。