「言い出しっぺ精神」でキャリアを築いていった
千林紀子さんが社長を務めるアサヒカルピスウェルネスは、カルピスが2012年にアサヒグループに加わった後、グループ内の3つの事業を分割して16年に生まれた。その事業とは、健康食品の通販事業、サプリメント会社に原料を納める機能性素材事業、飼料類を販売する飼料事業。会社設立のきっかけは千林さんの提案だった。
「当時、私のミッションは通販事業を成長させること。買収も含めて検討する中、よくよくグループ内を見るとカルピスの健康食品通販事業がありました。規模は小さいけれど、他社が手掛けていない良質のサプリメントを持っている。そこで、乳酸菌、酵母、微生物とコア技術が共通する2つの事業も合わせ別会社をつくり投資したらどうかと提案したのです」
上司から「言い出しっぺなんだから、自分でやれ」と言われた。この「言い出しっぺ精神」が千林さんのキャリアを決めてきた。
千林さんがアサヒビールに入社したのは、同社が女性の事務系総合職を採用し始めて2年目。最初の配属は大阪支社の営業だった。当時、業界で女性営業は極めてまれ。営業に回ると「女性で本当に大丈夫なの?」と言われた。
「とにかく頻繁に通い男性のダイナミックな営業とは違う女性らしい気配りの営業を心がけました」
大阪支店の気風もよかった。
「女性もドンとやれと、市場をまるっと任されました」
しかし中には、口も利いてくれない酒販店の社長もいる。千林さんは、社長が新しい取引先を開拓する先々に付いて回って、信頼を勝ち取っていった。
期待されなかった新商品が、新市場をつくる大ヒットに
営業が楽しくなり、成績も出せるようになった3年後、本社のマーケティング部門に異動。女性総合職初の商品開発担当者だった。
「営業と違って本社のほうが女性の扱いに慣れていなかったのかな? 同期の男性には初めから商品開発のアイテムがあるのに私は補助的な書類作成の仕事ばかり」
それでも「今やれることをやろう」と気持ちを切り替えた。半年後、「スーパードライの市場を食わない新商品を開発しなさい」というテーマが与えられ、開発したのが「アサヒ黒生」だ。
「色が違うからという安直な発想です(笑)。当時、家庭用の黒ビールは見かけませんでした」
家庭に浸透させるため「アフター9のビール」をうたった。広告もなく、上司から「とりあえず、やってみろ」と言われてコンビニに置いてもらった期待されない新商品。ところが発売初日、コンビニから「これはすごい!」と連絡が入る。急きょ広告を準備し、1年後には800万ケースという大ヒット。家庭用濃色ビールという新市場が生まれた。
2000年にブランドマネージャー(管理職)に昇進したのも自身の提案から。スーパードライを担当し、専任のブランドマネージャーを置くべきと思った。それを企画書にして上司に出すと、「提案したんだからおまえがやれ」。
仕事は面白かった。だが周りとのあつれきに悩んだ。言いたいことを言い、やりたいことは提案する姿勢をよしとしない人もいた。
「ブランドを考えるのは社長の仕事と考える人もいます。とんがっている、生意気な女だと思われていたでしょうね。自分の考え方を変えるべきかと悩みました」
任せる気持ちが強まった、出向直後のある事件
葛藤を抱いていたころ、上司から「気分を変えてみたらどうか」と言われ、流通政策部に異動。ちょうど取引先が酒販店中心からコンビニやドラッグストアなどに多様化しつつある時代だった。
「30代半ばの私が一から流通を学べるか不安はありました。でも会社生活の中でアウトプットばかりだと疲弊してしまいます」
流通政策部に在籍した8カ月間は貴重なインプットの時代となり、直後にアサヒ飲料に出向したときは仕事に自信が持てた。出向先は2期連続赤字の1番厳しい時代。商品開発の課長として着任した千林さんは、ここでのテーマは部下に任せることだと考えた。
「任せることは相手を信頼すること。信頼することは相手のアイデンティティーを認めること。今まで自分しか見えてなかった私にとって、部下のアイデンティティーを引き出し、組織力に変えて成果を出していくことが求められました。でも、任せるのは怖い」
躊躇(ちゅうちょ)する背中を押したのが着任早々の事件。パッケージに表示ミスがあり商品を一部回収。
「組織を挙げて処理に当たったとき、怖くても部下を信じ、任せなければと思いました。部下と率直に議論しました。聞く努力をすごくしましたね」
組織力が上がると新商品も当たり、V字回復を果たす。いつしか「自分がとがる」から「チームを光らせる」人に変わっていた。
Q. 好きなことば
「なせば成る、なさねば成らぬ何事も、成らぬは人のなさぬなりけり」(上杉鷹山)
Q. ストレス発散
ショッピング、飲むこと
Q. 趣味
飲むこと、読書、旅行
Q. 愛読書
『陰翳礼賛』(谷崎潤一郎著)
『コトラー マーケティングの未来と日本』(フィリップ・コトラー著)