周りの人に「好印象」をもってもらうにはどうすればいいか。スピーチコンサルタントの矢野香さんは「手っ取り早い方法は、『声』を変えること」と言います。シーンに応じて「声」を使い分けるには、どうすればいいのか。雑誌「プレジデント ウーマン」の好評連載から紹介します――。

いちばん信頼される声は「地声」

自分の表現力を手っ取り早く磨きたかったら“声”を変えることです。この連載でもこれまでに、一般的に女性の高い声は、感情的に話しているように聞こえてしまうため、ビジネスの場では低めの声で話してみること、またその人の身体にふさわしい声が出ているかが重要、というお話をしました。これは、いわば初級編。今回は、さらにもうワンランク上をお伝えします。

中級編として目指したいのは、シーンにふさわしい声を使い分けようということです。初級編では、ビジネスにおいて信頼される声は、その人の身体を自然に使ったときの“地声”がいちばんいいとお伝えしました。

この地声が周りの人にも認知されてきたら、声にバリエーションを持たせるようにしましょう。メイクや服をシーンによって変えるように、声も変えるのです。心理学の研究では、その人と知り合ってからおよそ10カ月で、“この人はこういう人”というイメージがつくられるとされています。10カ月は同じ声で覚えてもらい、それ以降は声を使い分けるとよいでしょう。

高さ・大きさ・速度でバリエーションが生まれる

そもそも声の要素をつくっているのは、“高さ”“大きさ”“速度”の3つ。“高さ”は声が高いか低いか、“大きさ”は声が大きいか小さいか、“速度”は話すスピードが速いか遅いか、この組み合わせによって話し方にバリエーションが生まれます。

イラスト=米山夏子

どんなにいい声で、どんなに心地よいボリュームであっても、ずっと同じ話し方だと眠くなります。単調で飽きてくるのです。

ですから、話の中で、途中で声を高くしたり低くしたり、大きくしたり小さくしたり、速くしたりゆっくりしたり、と変化をつけた方が豊かな話し方と言えます。話しているときに表情が変わる人の方が思わず引きつけられるように、声も変化した方が相手にとっては魅力的に伝わるのです。

声を変えるタイミングには2つあります。1つ目は“場面転換”で声を変える方法です。たとえば、お客様と最初は世間話をしていて、途中から「来月、新作が出る」という情報を伝えたい、としましょう。新作の話に場面を変えるときに、声を変えるのです。「実はここだけの話ですが、来月新作が出ます」というセリフを言おうとした場合、場面の切り替えになる言葉は「実は」です。

「実は…」というセンテンスだけ、より大きい声で話す。逆にあえて小さくしてコソコソ話に持っていく方法もあります。

大きな「実は」と、小さな「実は」

大きな声の「実は」は“大ニュースです”というニュアンスで伝わりますし、小さな声の「実は」は“内緒にしてくださいね”と言わんばかりで“貴重な情報です”というニュアンスを伝えます。さらにピッチを速くして興奮気味にしたり、トーンを落として深刻気味にしたり、声を高くして雰囲気を盛り上げることもできます。

大切なことは、話している途中で“ここから大事な話ですよ”と場面が転換するときに変化をつけることです。原稿用紙に文章を書くときも、場面を変えるときには改行しますよね。それと同じイメージです。声を変えると、相手は話が変わったことを理解します。

もう1つのテクニックは、その言葉を“強調したい”ときに声を変えるという方法です。想像してほしいのがパソコンでの文書作成です。目立たせたい部分は、赤字にしたり、網掛けにしたり、太字にしたりしますよね。それを声で表現するには、高さや大きさ、速さを変えるということなのです。

たとえば、営業先で「今月中は値段を2割下げることが可能です」という話をするとします。特に強調したいのが「2割下げる」という部分だった場合、「2割下げる」で声を急に大きくしたり、ゆっくりしたりして変化をつけて、「ことが可能です」で「今月中は」と同じトーンに戻す。何を強調しているのかがわからなくならないように、元に戻すことが重要です。もちろん強調する部分が「今月中は」や「可能です」になることもあるでしょう。どこを強調するかを工夫することで、自分らしさが表現できるでしょう。

声を“見える化”するとより伝わる表現に

プレゼンやロールプレイの前には、ぜひ話す内容を書き出して原稿にしてみてください。この作業は、文字にして内容を覚えるのが目的ではありません。声を「見える化」するのが目的です。まずは話の内容に合わせて、どこで改行するか、どこに色をつけて強調するかを考えます。

つぎに改行したところや、色をつけたところを声ではどう表現するのか、大きさや速さは……と具体的に書き込んでいきます。この作業を私は“話し方の楽譜を書く”と呼んでいます。楽譜には、クレッシェンドやデクレッシェンド、スタッカートなど、歌い方や演奏の仕方について印があります。話すときも同じです。ここはゆっくりとしゃべろう、ここは大きくはっきりと、とイメージを持ちましょう。

目標とする人のスピーチを「楽譜」にする

どうしても声は見えないので、粗雑に扱いがちです。しかし、今回ご紹介したような方法で一度、自分の声を意識して「見える化」すると、伝わる表現になります。これを繰り返すうちに、自分の得意なパターンがいくつかできてきます。最後のシメは大きな声で堂々と話すパターン、ゆっくりとした口調でアイコンタクトをとりながら優しくまとめるパターンなど、場面によって使い分けることができるようになるでしょう。

時間によって、10分ぐらいならこのパターン、初対面の人とならこのパターンと、話す長さや相手によって自分に合った組み合わせが見つかれば鬼に金棒ですね。

声に変化をつけたい方のトレーニングとしておススメなのは、自分が目標とする人の話し方を分析することです。“こんな風に話したい”というお手本となるスピーチやプレゼンを実際に聞いたり、映像を見たりしながら楽譜にしてみましょう。「この言葉をゆっくりめの低い声で話している」「今、声の大きさが変わった」など、声の高さや大きさ、速さの特徴をつかみ分析するのです。

一度自分の基本パターンができてしまえば、あとはそれを繰り返せばOK。毎回話し方を変えないとワンパターンになるのでは、という心配は不要です。ほとんどの場合、聞き手は毎回違います。仮に社内プレゼンなど聞き手が同じ人たちの場合でも、同じパターンが逆に安心感・安定感を与えますので、変える必要はありません。ぜひ試してみてください。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号を取得。国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。