デキる営業はすぐには売らない
「営業力とは、『あなたから買いたい』と言わせる人間力」と定義するのは、営業力強化事業などを手がけるプラウド代表取締役社長の山本幸美さん。商品情報はインターネットなどで簡単に手に入る時代。優れた商品やサービスを提供する同業他社が多いうえに、顧客の目も肥えてきている。「だからこそ、誰が話を聞いてくれるのか、誰が契約後に相談に乗ってくれるのかが重視されるようになっています。お客さまから『よい未来を一緒につくってくれそう』と思ってもらえるかどうかが、営業トークのポイントです」
営業トークでベースになるのは、相手に「1人の人間として大事にされている」と感じさせること。「この『自己重要感』を感じてもらえる会話をいかにちりばめられるかが大切です」
今、営業に求められているのは、顧客に寄り添い、悩みを一緒に解決していけるスキル。“自分が主役”では相手の心をつかめない。「すごく饒舌(じょうぜつ)なのに全然成績が上がらない人にもたくさん会ってきました」という山本さんは、「デキる営業はすぐには売りません」と言い切る。
「まず、お客さまの課題や不安、その商品に興味を持った背景を把握します。聞く力がとても大切。“2対8の法則”というものがありますが、営業が2割、お客さまが8割くらいの配分でトークを組み立てると、満足度が高いという傾向があります。会話というのは、話しているほうに主導権があると思われがちですが、営業のシーンでは聞き手に移ってくることがよくあります。お客さまが心を委ねるようになり、『聞いてもらって良かった』という気持ちになる。『また相談に乗ってもらえますか』と言われるようになれば、どんどんご縁がつながっていきます」
Case 1:初対面で信頼を獲得する
▼営業色は封印!お客さま目線で緊張を解きほぐす
新規開拓の場合、第一印象がその後の顧客との関係を大きく左右する。「お客さまは初対面の営業がやって来たとき、必要ないものを売りつけられたくないので、すごく警戒しています」と山本幸美さん(以下、山本さん)は忠告する。その警戒心を解くために、「“まず自分はこういう人間です”ということを伝えます」と言うのは野村證券の樋口さんだ。「こちらが心を開かないと、先方が先に開いてくれることはありません。私は野村證券に入った経緯や、お客さまからより多くのことを学びたいと思って訪問したことなどをお話ししています」
三井不動産の山本由佳子さん(以下、山本由さん)も、まず自社を知ってもらうことからスタートする。初対面の相手方には、「三井不動産」といえばオフィスビルというイメージを持たれていることが多いという。「ららぽーとからアウトレット、東京ミッドタウンまで、実は30年以上にわたり商業施設の分野で実績があるということを積極的にお話ししていますね」
特徴が異なるのは、電話営業のプロであるWEICの所剛さん。「まず、スパッとこちらがお電話した理由を伝えます。相手の顔が見えない分、『あのー』『そのー』などダラダラとしゃべらず、とにかく言葉づかいは丁寧に、良い印象を与える話し方を心がけます」
3人に共通しているのは、営業色を出しすぎないこと。「相手の目線で、『お客さまのため』という気持ちでどんなメリットがあるのか具体的にお話ししています」(所さん)
「営業トークはアポをとるときの『お目にかかれることを心より楽しみにしております』からすでに始まっています。商談の際には、『◯◯さまとお約束ができてから、ずっと楽しみにしていました。お会いできてうれしいです』から始めると、『この前、電話で楽しみだと言ってくれたのはウソじゃなかったんだな』と感じてもらえ、緊張も解きほぐれる。相手への興味を表すことのできる人が、商談も人間関係も制します」(山本さん)
Case 2:相手のニーズを引き出す傾聴する力
▼情報を与えることで本音を語りたい状況をつくる
「営業の仕事の半分は、お客さまの悩みや課題の共有が占めています」と山本さん。悩みや課題を解決するために、本当に必要なものは何なのか? それを一緒に考えていくため、営業にとって欠かせないのは、相手のニーズを引き出す傾聴力だ。
3人に共通しているのは、情報を「もらう」だけではなく、進んで情報を「提供」していくという姿勢。
「ご自分のニーズに気づいていないお客さまが結構いらっしゃるんです」と言うのは樋口さん。金融商品の営業にとって、お客さまのライフイベントや家族構成の変化はキャッチしておきたい大事な要素。「例えば20代、30代の方だと、『これから結婚、出産などでお金がかかってきますよね』というふうに、まずはキーワードを投げかけ、これから実現したいことや心配に思っていることなど、お客さまの中のニーズに気づいてもらいます」
同じく、山本由さんも自分から質問を投げかけるタイプだという。「相手のビジネスのスキームを勉強させていただく気持ちで、どういう収支構造になっているのかなど、イメージを一緒につかめるようにいろいろとお聞きします。同時に、情報を聞くばかりでなく、先方にも社内の意見をまとめ上げるために必要な材料をお渡しするよう心がけています。三井不動産や施設の実績など、出店した先に開ける未来図を示して、期待感を持てるようなお話をします」
所さんもまた、「相手から聞き取る前に情報を提供することを心がけている」という。「ただ単純に『ご予算はありますか?』ではなく、『◯◯万円の商品なら、こういう効果があって、もう少し上の価格帯だとこうなります』と具体的な情報を提供することで、相手の予算や導入時期を引き出しやすくなります」
「丁寧に聞くスキルは営業の絶対条件」と山本さん。「黙っているだけでなく、相づちにバリエーションを持たせて聞いている姿勢を示すことで、さらに安心感を持ってもらえる。短い時間でも多くの話を引き出すことが可能になります」
Case 3:展開力を発揮して、ネガティブな反応でも諦めない
▼売れる営業は反論せず、相手も納得する答えを探る
営業をしている以上、避けて通れないのは拒絶されるつらさ。「冷ややかな対応をされることがほとんど」と言う樋口さんだが、意外にもその口調は明るい。「私は断られても引きません。必ず、次に会える口実を探します」。きっかけを見つけることができるのは、樋口さんの営業トークのベースが「人への興味」にあるから。そのうえで、共通の話題を見つけるよう心がけている。「例えば、訪問したい方がお庭に凝ってらっしゃると知ったら、『今度ガーデニングについて教えてください』とお願いする。すごくずうずうしいんですけど(笑)、じゃあ一度会ってみようかとおっしゃってくださる方もいます。興味があるので知りたいと思うんです」
「商業には波があるので、時期によって状況が変わる」という山本由さんは、ダメな場合は深追いしない派。「でも、次のチャンスをうかがって、『こういうところが以前と変わったので、このタイミングでもっと伸ばしませんか』というお話ができるように準備をします」。また、出店できないと考える理由を聞き出して、「私たちで協力できるところは協力していく」姿勢を示すことも。「仕事の半分は社内営業。社内を説得し、つくりたい売り場とお客さまの要望を調整していきます」
お互いの表情が見えない所さんは、「反論しない」ことを第一に掲げている。「自分のルールとしては、こちらから何か言いたくても、相手の話にかぶせず、気持ちよくお話しいただけるように最後まで聞きます。そして相手に同調したうえで、話をつなげられるようなら、相手の考えや関心がない理由などもヒアリングをしていきます」
経験上、「売れる営業は反論しない」と山本さんは断言する。「否定的なことを言われても、『おっしゃるとおりです』と相手の納得感を引き出したうえで、『こういう考え方もトレンドとしてあるんですよ』と提案していくと、意外と前のめりで聞いてもらえる。“知らない間に喜んで買っていた”という流れをつくり出すことができれば超一流です」
Case 4:関係を途切れさせない、ご縁をつなぐ一押し
▼「相手が主役」を徹底し、また会いたい営業になる
「お客さまが主役であると思えば、忙しい時間を使って検討してもらえたことに感謝の気持ちが生まれ、ご縁もつながっていきます」と山本さん。長い時間をかけて営業したのに……と、断られて悔しさを表に出す人は、「自分を基準にものを考えてしまっている売れない営業です」。
電話を置くときは必ず、「忙しいなか自分と話してくれたことに対する感謝を伝える」という所さん。「顔を合わせない分、お客さまがどういう方なのかを想像しながら、気持ちよく話し、気持ちよく終わるトークを心がけています」
たとえ契約に至らなくても、時期が変われば状況は変わる。樋口さんが商談を終えるときに実践しているのは、多忙な相手に都合の良い頃合いを聞き取ったうえで、「◯◯の頃にまたご連絡します」と、相手のストレスにならない大まかな時期を示して再コンタクトの了承をとること。「すべて自分がしてもらってうれしいかどうかを基準に考えます」。
すぐに出店はできないという相手でも、山本由さんは、「一度、店舗を見に来てください」と現場を案内する機会をつくり出す。「いきなり契約は難しい方も、『まずはポップアップから一緒にトライアルしませんか?』などとお声がけします。私が身につけているアクセサリー、これはすごくいいなと思ってアプローチしたとあるテナント企業のものなのですが、先方は当初迷われていたんです。それで三井不動産で社内販売をしたところとても好評で。それが先方のやる気につながって出店いただけました。商品に対する思いをお伝えして、手を替え品を替え(笑)、出店にこぎ着けた例ですね」
「お客さまは、自分の話をよく聞いてくれたり、覚えていてくれる営業を好きになるものです。例えば、雑談のなかで次の休暇に旅行に行くという話が出たら、別れ際に『お気をつけて行ってらっしゃいませ』と一言添えると、また会いたいと思ってもらえますよね。いいときも悪いときも、ご縁はつながっていくということを、トップ営業は絶対に忘れません」(山本さん)
三井不動産 商業施設本部 商業施設営業一部 営業グループ 主事 山本由佳子
2005年入社。三井不動産レジデンシャルで住宅開発事業、秘書部を経験した後、法人ソリューション部で3年間企業向け不動産コンサルティング営業に従事。その後米国の不動産会社で半年間インターンを経験。帰国後16年4月から現職。東京・日本橋を中心とした都心型商業施設のほか、ららぽーと各館のテナントリーシングを担当。
野村證券 渋谷支店 ファイナンシャル・コンサルティング課 課長代理 樋口加奈子
2006年入社。以来、渋谷支店で個人のお客さまを中心に、地域に密着した資産運用のアドバイスを行う。半年に1度、全国のセールスを対象に行われる成績優秀者の表彰を2度受ける。
WEIC SALES BASE事業部 所 剛
大学卒業後、IT系ベンチャーで10年間勤務した後、2016年にWEICに転職。前職で積んだ電話営業のスキルを活かし、WEICが提供する営業支援サービス「SALES BASE」事業部で、サービス利用企業のために、インサイドセールスを実施している。1日のコンタクト顧客数は約100件。
監修 プラウド 代表取締役社長 山本幸美
リクルート、インテリジェンスなどで営業として活躍。まったく売れなかった経験から独自のコミュニケーション術や思考法などを編み出し、営業成績全国4000人中1位や個人売り上げ3億円以上などを達成。マネジメントでも手腕を発揮し、2004年に営業研修やコンサルティングなどを手がけるプラウドを設立。