誰しも、忘れられない本があります。いまでもときどき開いては、心の支えにする本があります。そんな一冊を、3人のトップランナーに紹介してもらいました。当時の体験とともに鮮烈に記憶に刻まれたこととは?
▼フェラガモ・ジャパン 代表取締役社長兼CEO 得能摩利子さんが心の支えにする1冊
『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』
フランス・ドゥ・ヴァール/紀伊國屋書店
「人材管理の観点から、人間に備わっている道徳性がどこからやって来たものなのかを探るテーマは、それだけで興味津々でした」。組織論にも通ずる真理を探究する一冊。霊長類研究の第一人者が、高い知性を持つボノボの生態からその真相に迫る。
ボノボとは、チンパンジー属に分類される霊長類であり、高い知能を持つだけでなく、人間に近いコミュニケーションを行うことで知られている。
得能摩利子さんが今回ピックアップしてくれた『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』は、ボノボの社会的知能をひもとくことで、人間の持つ「道徳性」にアプローチする一冊だ。
「きっかけは、読書好きの夫の薦めでした。『すごく面白かったから読んでごらんよ』と手渡されたのですが、一読してすぐ、私たち人間が持っている道徳性が、進化とともに受け継がれてきたものであるという論説に、大いに驚かされました。何より、道徳性は神様からの授かりものであると説いてきた宗教はどうなってしまうのかなと、興味津々に読み進めましたね(笑)」
人間の道徳性に対して強い関心を持つのは、多くの人材をマネジメントする立場にあることと無関係ではない。
「私はもともと、実務的なノウハウ本やビジネス書の類はほとんど読まないんです。不遜に聞こえてしまうかもしれませんが、他人の成功や他社の成功など過去にうまくいった方法のなかに、未来を切り開くための解があると信じてそれを得ようとする考えにいまひとつ納得できないからです。それより、人間を動かすもの、人間を人間たらしめているものは何だろう、というテーマの本に引かれます」
当然、組織の中にはいい人も悪い人もいる。一人の人間の中にもいい部分と悪い部分があるものだ。そういった視点から、人間の規範やチームとしてのコミュニティーを重ね合わせ、ワクワクしながら読み終えたという。
トップブランドのCEOとして「思いがけないことに直面しても対応できる、しなやかな組織づくり」や、「それを構成しうる部下の育成」は、終わりのないテーマであり、努力目標だ。
「当然のことですが、組織を形成する最小単位は、個々人に内在する特性、つまり道徳性であり本性です。それがこの本のなかでは、非常にシンプルかつ明快に、実例とともに解き明かされています」
読後、夫婦間でこの本に対する感想を活発に語り合うことがしばしばあったそうで、それぞれが異なる角度から道徳性の起源、人間の在り方について考えを巡らせるきっかけになったという。一冊の本を題材に活発なコミュニケーションがはかられる夫婦関係は、いかにも円満でほほ笑ましい。
「夫の実家はお寺なので、こうしたテーマについては、互いに印象深いポイント、考えさせられることが異なっているんです。宗教観を押し付けられるようなことはありませんが、夫はやはり私にはない視点で道徳性についてそしゃくしているので、話していて興味深かったですね」
多忙を極める日々において、読書時間の捻出には苦労している。しかし、「アウトプットばかりの日々ではいけない」と、移動時間などを活用しながら、知的好奇心を満たす日々。近年、かつての子ども部屋を模様替えして自身の書斎にしたのも、インプットが不足しがちな毎日に危機感を覚えたからだという。そんな得能さんには、最近になって自らに課したこだわりがある。
「本は必ず机に座って読もうと決めているんです。1日1時間だけでもいいから、寝転がったりして本を開くのではなく、きちんと座って読む。やはり、幅広い教養の源となるような読書をしようと思ったら、しっかりと系統立てて読む必要があります。その意味で、机に向かうというのは、読んだ本を記録し、次にどのような本を読むかを検討するのにも便利なんですよ」
もっとも、今回挙げた『道徳性の起源 ボノボが教えてくれること』については、主にキッチンでページを繰ったという。伴侶と語らいながら読むのが楽しい一冊であったことがその理由だが、読み始めてからはどのようなかたちであれ、“没頭”に至るまでの過程が大切、ということだ。
▼もうちょっと拝見! 得能さんの本棚
『虚妄の成果主義』 高橋伸夫/日経BP社
ビジネスと無縁ではいられない“成果主義”について、「新たな知見と視点を与えてくれる」という、ヒントに満ちた新感覚の啓発書。
『法と社会』 碧海純一/中公新書
「大学時代に初めて手に取り、今も折に触れ読み返しています」という、法学の入門書。基礎法学分野の初手のガイドブックとして最適!
『ハーヴィー・ペニックのゴルフ・グリーン・ブック』ハーヴィー・ペニック/集英社文庫
アメリカの伝説的レッスンのプロが記したゴルフ入門書。エッセイ調で、「ゴルフのことだけが書かれているのではない」ところがポイント。
『坂の上の雲』 司馬遼太郎/文春文庫
司馬遼太郎の代表作。正岡子規、秋山好古・真之兄弟の生きざまを描く。「心から楽しむ、余暇としての読書を満喫させてくれました」
『海賊とよばれた男』 百田尚樹/講談社文庫
歴史経済小説。「一人の経営者として、大いに刺激を受けると同時に、その器量のあまりの違いに深い絶望感をも感じました」
※掲載の書籍は、得能さんが当時読んだものとは違う版の場合があります。
フェラガモ・ジャパン 代表取締役社長兼CEO。東京大学卒業後、1978年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。結婚に伴い退社、夫とともに赴任先のカナダへ。ブリティッシュコロンビア大学にてMBA取得。帰国後、39歳でルイ・ヴィトン・ジャパンに入社。クリスチャンディオールジャパン代表取締役社長などを経て現職。ハピネットおよび、三菱マテリアル社外取締役も兼務。